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やば、、すご、、ぇ、、?
十五年前の裂け目が残した世界は、今日もざわついていた。
幹部の出現から日が浅い今、街の空気は常に緊張している。
そんな折、僕たちの暮らす区の“町の前”に、魔王軍の影が再び落ちた。
朝焼けが薄く街を染める頃、警報が鳴った。ギルドの掲示板に赤い文字が点り、通りは慌ただしくなる。
「来るね……本当に来る」
凛ちゃんが小さく息を吐く。声に震えはないが、指先が微かに震えている。
「うん。来る。来るって分かってたけど、やっぱり来るんだ」
僕は自分の声が思ったより低く、頼りなく聞こえるのを感じた。
灼は手をぎゅっと握りしめ、唇を噛んでいる。
「……こわい。すごくこわい。けど、逃げない。逃げたら、誰かが――」
言葉が途切れ、目に涙が光る。
「灼、無理しなくていいんだよ」
凛ちゃんがそっと言う。だが灼は首を振る。
「無理なんて言ってられない。私、ここにいる。みんなを守るって決めたから」
その決意は小さくても確かで、僕の胸をぎゅっと掴んだ。
外に出ると、空は黒い雲のように歪み、遠くで巨大な影がゆっくりと降りてくるのが見えた。幹部だ。あのときの笑みを思い出すだけで、体が硬直する。
「見える? あれが幹部だよ」
近くのベテラン冒険者が呟く。声は冷静だが、目は恐怖を隠せない。
「……あの笑み、忘れられない」
凛ちゃんが小声で言う。僕は無意識に拳を握りしめた。
ギルドは即座に周辺パーティーへ支援要請を出した。数分後、複数のパーティーが集結する。顔見知りもいれば、初めて会う者もいる。自然と隊列が組まれ、指揮系統が生まれた。
Aランクのリーダーが短く指示を出す。
「ここで市民を守る。前線は三層に分ける。凛さん、あなたは式神で前衛を削って。凛ちゃん、防御と回復を最優先。灼、火力はあなたに託す。無理はするな。撤退ラインは確保する」
その声に、僕は「了解」とだけ答えた。言葉は少なかったが、心は震えていた。
「みんな、聞いて! 市民を優先して! 建物の陰に避難させて! 子どもを優先して!」
若い冒険者が叫ぶ。誰かが「了解!」と返す。声が連鎖して、緊張の中に一瞬の連帯感が生まれる。
灼は僕の横で小さく呟いた。
「……私、ちゃんとできるかな」
僕は彼女の肩を軽く叩いた。
「できるよ。この前だって、灼がいたから助かったんだ。今日も一緒だ」
灼は目を伏せ、震える声で「うん」とだけ言った。
幹部の一撃は、想像を超えていた。建物が吹き飛び、通りが裂け、人々が悲鳴を上げる。僕たちは盾となって市民を守ろうとしたが、完全には間に合わなかった。
「こっち! こっちに避難して!」
凛ちゃんが光の壁を展開しながら叫ぶ。壁の内側に子どもを押し込み、母親の手を引く。
「走って! 早く!」
僕は式神を飛ばしながら、瓦礫の下から手を伸ばす。誰かの腕を掴み、引き上げる。顔は土と血で汚れている。目は閉じているが、まだ温かい。
「助けてください! 誰か!」
叫び声が胸を締め付ける。僕は叫びに応えようとするが、幹部の圧で足がすくむ。
被害は後に公式発表された通り、死者3名、重症8名。だが現場で見た光景は数字以上に重かった。血の匂い、崩れた瓦礫、泣き叫ぶ声。僕は式神を前に送り出し、凛ちゃんは光で人々をかばい、灼は炎で瓦礫を焼き払って道を作った。だが、助けられなかった人の顔が何度も脳裏に浮かぶ。
「ごめん……ごめん……」
瓦礫の下で小さな声が聞こえ、僕は必死で手を伸ばす。だが、指先に触れたのは冷たくなった手だった。胸が締め付けられ、言葉が出ない。
「凛、無理するな!」
凛ちゃんが僕を引き寄せる。目には涙が溜まっている。
「私たちだけじゃ、全部は救えない……でも、できることはある」
その言葉に、僕は嗚咽をこらえながら頷いた。
戦闘は数時間に及んだ。幹部は単独でありながら、周囲の魔物を操り、地形を変え、僕たちの連携を何度も崩しにかかる。Aランクの攻撃が通じる瞬間もあれば、圧倒的な力で押し返される瞬間もある。仲間の一人が重傷を負い、別のパーティーが撤退を余儀なくされる。疲労と焦燥が隊列を蝕む。
「左側、援護して! 今だ、集中攻撃!」
Aランクの剣士が叫ぶ。剣が閃き、幹部の外套に傷がつくが、すぐに修復されるように魔力が渦巻く。
「くっ……効かない!」
剣士が歯を食いしばる。血が口元に滲む。
「凛さん、式神をもう一体出せる?」
別の魔法使いが叫ぶ。僕は息を整え、詠唱を続ける。手が震えるが、魔導刻印グローブが冷たく支えてくれる。
「いくよ、いくよ、いくよ……!」
僕は声を張り上げ、式神を再展開する。影の狐が再び前線へ飛び出す。
灼は炎を纏い、叫ぶ。
「行くよ! 行くよ! 行くよ! 絶対に、ここで止めるんだから!」
炎が奔流となり、幹部の足元を焼き尽くす。幹部は一瞬だけ後退するが、すぐに冷たい笑みを浮かべる。
「必死だな。勝てると思ってるのか?。愚かな」
幹部の声は冷たく、余裕に満ちている。だが、その余裕を崩すために、僕たちは必死に連携を続ける。
「凛ちゃん、回復を! 右の負傷者が危ない!」
「了解! 光を、光を!」
凛ちゃんの声は震えているが、魔法は確かに人々を包む。傷が塞がり、呼吸が戻る者がいる。
「もう少しだ、みんな! もう少しで援軍が来る!」
誰かが叫ぶ。だが時間は味方しない。疲労が足を重くし、魔力の消耗が体を蝕む。
勝負の転機は、ある瞬間に訪れた。幹部が一瞬だけ魔力の流れを乱し、攻撃のテンポが狂った。その隙を見逃さなかったAランクの剣士が全力の一撃を叩き込み、同時に灼が炎の奔流を放った。僕の式神がその隙に噛みつき、凛ちゃんの光が追い打ちを与える。幹部は呻き、ついに崩れ落ちた。
「今だ! 攻撃!」
剣士の号令に、僕たちは全力を注ぐ。剣、魔法、炎、式神――すべてが一点に集まる。
「やった……やったよ!俺たちで―やったんだ!」
誰かが叫び、歓声が上がる。幹部は闇に溶けるように消え、残されたのは焦げた地面と静寂と、安堵のため息だった。
だが、僕はその場で膝をつき、深く息を吐いた。歓声が耳に入らない。胸の中にぽっかりと穴が開いたような感覚がある。
ニュースは瞬く間に広がった。幹部が町の前で討たれたという事実は、国中に衝撃と希望を与えた。政府は戦果を強調し、メディアは英雄譚を紡ぎ、街は一時的な熱狂に包まれた。人々は僕たちを称え、ギルドは迅速に救援と復旧を手配した。補助金や追加支援の話が持ち上がり、政治家たちは演説で勇気を語った。
「見ろよ、テレビ! あの子たちが戦ったんだって!」
通行人が指を差し、子どもが目を輝かせる。
「すごい……ありがとう!」
見知らぬ老人が僕たちに手を差し伸べ、涙を拭う。
「ありがとう。ありがとう、本当にありがとう」
区長がマイクを握り、演説を始める。群衆は歓声を上げる。
だが、僕たちの胸には違和感が残った。勝利の余韻の中で、何かが引っかかっている。幹部が完全に消滅したわけではなく、どこかへ“戻った”ように見えた。幹部の動き、攻撃の仕方、そして撤退のタイミング――どれもが計算されたように感じられた。
「なんで、完全に消えなかったんだろう」
凛ちゃんが小さく呟く。声には疲労と疑念が混じっている。
「幹部は何かを探していたのかもしれない」
灼が震える声で言う。彼女の手はまだ震えているが、目は真剣だ。
「前回も今回も、灼の炎に反応してた。偶然だろうか?」
僕は式神の残滓を見つめながら言う。言葉に力が入る。
「偶然じゃない。何かが引き寄せられてる。灼の中に、何か特別なものがある」
凛ちゃんの声は低く、確信に満ちている。
夜、瓦礫の片付けを終えた後、三人で静かに座った。街灯の下、被災者の声が遠くで聞こえる。人々は僕たちを英雄扱いするが、僕たちは素直に喜べなかった。
「みんなが喜んでるのに、私たちだけ変な気持ちだね」
灼が小さく笑う。笑顔はぎこちない。
「うん。嬉しいはずなのに、どこかで胸がざわつく」
僕は空を見上げる。星は少なく、空は裂け目の残滓で薄く揺れている。
「幹部が狙ってるのは、力そのものか、ある個体か。どちらにしても、私たちは標的になってる可能性がある」
凛ちゃんが静かに言う。言葉は冷静だが、背後にある危機感は深い。
「もしそうなら、次はもっと狙われる。準備をしないと」
灼が拳を握る。震えは残るが、決意は固い。
僕たちは互いの顔を見た。疲労と安堵の中に、決意が滲む。街の歓声は遠く、僕たちの胸には冷たい予感が残った。