テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

赤いアリア

一覧ページ

「赤いアリア」のメインビジュアル

赤いアリア

4 - 愛は、刃の形をしている

♥

30

2025年07月09日

シェアするシェアする
報告する

「痛かったら、言っていいんだよ」セルジュの声は穏やかだった。

けれど手には、冷たい金の道具が握られていた。

ルネは台座の上に横たわり、腕を拘束されていた。

拘束具は皮革製。傷がつかないように配慮された柔らかい素材。

だが、それは**“逃げられない”ための優しさ**に過ぎなかった。

「はい……わかってます」

白いシャツは外され、肩と腕が露わになっている。

少し前に施された試験的な切開痕が、まだ薄赤く線を描いていた。

カチ、という音。

道具の金属部分が光を受けて鈍く輝く。

「今日は深くは切らない。

 表皮下にある知覚神経の反応を見たいだけだ。

 君のためにも、なるべく綺麗に済ませよう」

(綺麗に……)

ルネはその言葉に、かすかに微笑んだ。

「……それって、僕が“美しく壊れているか”を見るってことですか?」

セルジュは答えなかった。

小さな刃が、ルネの二の腕に滑る。

呼吸が止まりそうになるほどに、静かで、繊細な切断。

ほんの一滴、血が滲んだ。

それはまるで、白磁に垂れた紅の絵の具のようだった。

ルネは目を閉じて、小さく唇を震わせた。

「痛い……です、少し……」

セルジュの指が止まる。

「やめようか?」

柔らかい声。

しかし、どこか試すようでもあった。

ルネはかすかに笑った。

「……やめないでください。

 その方が、“嘘”みたいで綺麗ですから」

セルジュの手が震える。

「嘘?」

「はい。

 本当は痛いけど、あなたに触れてもらってると思うと……

 その痛みまで、愛の一部みたいに思えてしまうんです」

一瞬、空気が揺れる。

セルジュは言葉もなく、もう一度刃を滑らせた。

今度は、少し深く。

ルネの吐息が、かすかに震える。

「……ありがとう、セルジュ様。

 僕の“嘘”を、信じてくれて」

「違う、ルネ。

 僕が信じているのは――

 君が“壊れていく美しさ”だけだ」

その声は、どこまでも優しく、

けれど狂気と紙一重の温度を帯びていた。

夜、部屋に戻ったルネの腕には、薄く包帯が巻かれていた。

その中にある白い傷は、翌日には赤くなり、

やがてまた、次の嘘を誘うだろう。

彼の中では、もう痛みは「嫌なもの」ではなかった。

むしろ、

“触れてくれる証拠”として、誇らしい痛みだった。

そうやって、ルネは――

本物の愛が何だったか、少しずつ思い出せなくなっていった。

銀の器具が、蝋燭の灯りを受けてゆらりと光る。

その形は、手のひらに収まるほど小さい。

だが、先端は鋭く、まるで宝石のように美しい刃を持っていた。

「…..これは、神経を切る道具だ。ほんの浅く、皮膚の下を滑らせるだけで……痛みは、深く長く続く」セルジュは、ルネの胸元に刃をかざしたまま、囁くように言った。

その声に、甘さと哀しさと、狂気が混じる。

ルネは身を横たえたまま、浅く息を吸い込む。

手足は固定されている。けれど、逃げる意思はなかった。

「痛くしてください、セルジュ様…..。あなたが望むなら、僕は、壊れてみせます……」その言葉を聞いて、セルジュの目が細く揺れた。

そして静かに、刃が肌へ触れる。

ーー「ッあ……ッ…….!」

小さな声が漏れる。

それは甘い喘ぎにも似て、けれどはっきりとした「痛みの声」だった。

刃は、鎖骨の下をゆっくりと滑った。

血がすぐに流れることはない。

だが、神経が焼けるような刺激に、ルネの身体は震えた。

「この線を、二本。交差させて…….君の名のように、胸元に残そう」

セルジュの指先が、刃と共にルネの皮膚をなぞる。

切り込みが浅く重なり、やがてひとつの”十字”にな

る。

じわり、と赤が滲みーー汗と熱と涙が、混ざる。

「ッあ、あぁ……く……う……!」

痛みで涙を流すルネの顔を、セルジュは見つめていた。

まるで、最高傑作の完成を目撃する画家のように。

「…..その顔、だ」

「…..その声、その震え。美しい。たまらない……」

そのまま、彼は刃を置いた。

そして一ー口づけた。

血の滲んだ傷口に。

傷の中に唇を落とし、舌を這わせる。

「あっ……セルジュ、さま……!」

熱と痛みが、快楽のように混ざる。

ルネの目が潤み、絶頂の一歩手前のような喘ぎを漏らす。

「愛しているよ、ルネ。だから、もっと見せてくれ。君の“痛み”を」

囁く声が耳に落ちたとき、ルネの涙が一筋、頬を流れ落ちた。

それは、痛みの涙か、幸福の涙かーー

彼自身にも、もうわからなかった。


深夜。

セルジュは傷の手当てをしながら、うっとりとした顔で呟いた。

「君は…..僕がこの手で創った”芸術”だ。最も美しい、血の楽譜だよ」

ルネは、ぼんやりと微笑んだ。

「なら、もっと…..もっとあなたに、演奏してほしいです……」

蝋燭の火が消えるころ、室内には血の香と、熱い愛撫の余韻だけが残っていた。

痛みと楽と、赦しの混じった、狂気の夜だった。

この作品はいかがでしたか?

30

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚