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「……おじさん、あのね。今度、運動会があるの」
ひまりが、ちょっと遠慮がちにプリントを出してきた。
聞けば、親が参加する競技もいくつかあるらしい。
俺はプリントの「保護者リレー」という文字をじっと見つめ、それから自分の腕を見た。
「……リレー、か。ひまり、ワシに出てほしいんか?」
「…う、うん。でも、時間取れる……?」
気を使わせとる。
ガキにこんな顔をさせるんは、極道の親分として失格や。
「心配せんでも、予定空けて行くで」
「…!ほ、本当?」
「おう」
俺は和幸を呼びつけ、目の前で宣言した。
「和幸。…今度の土曜日、全予定をキャンセルや。組員数人私服で小学校に集合させろ」
「えっ!?兄貴……まさかカチコミですか!?」
「アホか。……運動会の場所取りと、応援や。重箱三つ分の弁当もしっかり仕込め。ひまりの好きなもん詰め込むんや!」
◆◇◆◇
当日
朝の4時
小学校の校門前には、どこか殺気立った「お父さん」たちが列を作っとった。
その先頭を陣取っとるんは、うちの若頭の長治。
「……兄貴、一番乗りです!最高の観覧席、確保いたしました!」
「おう。……目立ちすぎんように言うたやろ、サングラス外せボケ」
開会式の音楽が流れる中
ひまりは「あ! おじさん!」と、最前列で仁王立ちする俺を見つけて手を振った。
◆◇◆◇
少しして
ひまりの徒競走が始まった。
「ひまりお嬢!行けぇーッ!!」「根性見せんかいッ!!」
後方で、私服に着替えたはずの組員たちが、地鳴りのような声援を送りおる。
ひまりは一瞬戸惑った顔をしたが、俺がグッと拳を握って見せると、必死に足を動かして3位に食い込みおった。
「……よっしゃあ!!」
思わず叫ぶ。
1位やなくてもええ。
ひまりが一生懸命走っとる姿を見られただけで、ワシの心は満員御礼や。
やが、問題は次の「保護者リレー」や。
俺が立ち上がると、和幸が震える手でタスキを渡してきた。
「兄貴、他校の親父たち、本気ですよ。……特にあの3組の父親、元陸上部らしいっす」
俺は眼鏡を外し、戦闘用の細身のフレームに掛け替えた。
シャツのボタンを一番上まで閉め、刺青が1ミリも漏れんように確認する。
「……上等やないか」
俺はひまりの方を見た。
ひまりは、期待と不安が入り混じった瞳で、俺を見つめとる。
「……ひまり。ワシが、この世で一番速いってことを、見せたるわ」
俺はスタートラインに立った。
周囲の父親たちが、俺の放つ尋常ならざる「圧」に、次々と視線を逸らしていく。
ワシが走るんは、ひまりの笑顔のため。
そのための「加速」なら、どんなエンジンよりも熱い火を吹かせてやる。
「……位置について」
合図の音が鳴る直前、俺の視界から雑音が消えた。
あるんは、ひまりへの道一本だけや。
#シリアス
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