テラーノベル
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パァン、と乾いたピストルの音が響いた瞬間、ワシの体は勝手に跳ねとった。
「兄貴ィーッ!行けぇーーッ!!」
「ひまりお嬢が見てはりますぞッ!!」
後方から飛んでくる、およそ運動会には不似合いな野太い怒号。
それを背中に浴びながら、俺はアスファルト……やなくて、校庭の砂を蹴り上げた。
前を走る三組の父親。
元陸上部やかなんか知らんが、確かに速い。
やが、ワシが潜り抜けてきた修羅場の「逃げ」と「追い」に比べれば、こんなもんは遊びや。
コーナーに差し掛かったところで、俺は重心を内側に沈めた。
刺青が漏れんよう、ボタンをきっちり閉めたシャツが汗で張り付くが、構うもんか。
直線に入った瞬間、俺はリミッターを外した。
風の音が耳元で轟音に変わる。
隣を走る男が、信じられんもんを見るような顔をして俺の背中を見送りおった。
「…ハァッ、ハァッ……!」
最後の一人、アンカーのワシがゴールテープを切った瞬間、会場が一瞬、静まり返りおった。
あまりの速さに、実況の先生も言葉を失くしとる。
「……よっしゃあッ!!」
和幸たちがフェンスにしがみついて狂喜乱舞しとるが
俺が真っ先に向かったんは、救護テントの横でポカンとしとるひまりのところや。
「……ひまり。…どや、ワシの走り」
俺は膝をつき、肩で息をしながら眼鏡の奥で笑ってみせた。
ひまりは一瞬、目を丸くしとったが
次の瞬間、満開の笑顔で俺の胸に飛び込んできた。
「おじさん、すごいよ!!風みたいだった!すごくかっこよかった!!」
「……ふっ…そら、最高の褒め言葉やな」
俺はひまりの小さな体を抱き上げた。
汗だくのワシを嫌がりもせんと、ひまりは俺の首にぎゅっと抱きついた。
その腕の温かさだけで、心臓のバクバクが心地いいリズムに変わっていく。
その後、閉会式
ひまりが「頑張ったで賞」のメダルを首にかけて戻ってくると、和幸が重箱の弁当を広げおった。
「兄貴、ひまりお嬢!特製エビフライと唐揚げ、山盛りですわ!」
「わあ、美味しそう!みんなで食べよ!」
俺たちの周りだけ、やけにスーツ姿の男が多い奇妙なピクニック。
やが、ひまりが楽しそうに唐揚げを頬張る姿を見て
他の保護者たちも少しずつ「……あの、お父さん、すごく足速かったですね」と声をかけてきおった。
「……ハハッ、おおきに」
冗談めかして言うと、周囲にドッと笑いが起きた。
極道として生きてきて、カタギの連中とこんな風に笑い合ったんは、生まれて初めてかもしれん。
夕暮れ時、片付けを終えてひまりと手を繋いで歩く帰り道。
「おじさん、来年も…来てくれる?」
「当たり前や。……来年は、和幸をリレーの予備で特訓させとくわ」
「ええっ!?勘弁してくださいよ兄貴ィー!」
和幸の悲鳴が夕焼け空に響く。
首にかけられたひまりのプラスチックのメダルが、夕日に反射して、どんな金塊よりも眩しく輝いとった。
「……ひまり。今日は、ええ日やったな」
「うん!」
夕日のせいやろうか、眼鏡の奥が、少しだけ熱くなった気がした。
#シリアス
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