「なんでこんなこともできないの?」
遅れてやって来た元貴が合流して全体の練習が開始される。
けれど、どうやら元貴の機嫌はよろしくないようで、涼ちゃんの小さなミスを執拗に責め始めた。
「涼ちゃんさぁ、ちゃんと練習してよね。」
「・・・・ごめんなさい・・・・。」
「謝るんじゃなくてちゃんとしてって言ってんの。」
「・・・・。」
流石に言いすぎだと思い何か言おうとしたが、夏彦さんから腕を掴まれ止められた。
分かってる。ここで元貴に反論すれば、涼ちゃんへの叱責が長引くだけだ。
矛先が俺に向けばいいけど、俺の思惑なんて元貴にはバレバレで、より涼ちゃんを責め続けるだろう。
嵐が過ぎ去るのを待つしか・・・
なわけなくね?
スピーカーから大音量でギターの音が流れた。
俺がストロークしたからなんだけど。
「・・・何?若井。」
矛先がこちらへ向いた。
「元貴、そろそろ遅れた分取り戻そ。」
「俺が悪いって言いたいの?遅れたの仕事だからしょうがないじゃん。」
「悪いとは言ってないって。時間も限られてるから練習しようって言ってんの。」
「ちっ。」
舌打ちされたが、元貴はペットボトルの水を飲み喉を潤す。
これで全体練習に戻る流れになった。
夏彦さんが俺の肩をポンポンと叩いてポジションに戻って行く。
涼ちゃんの方を見ると青ざめていたが、俺の視線に気づくと泣きそうになりながら小さく手を合わせていた。だから、俺は自分が持ってるピックを見せニコッと笑った。
『チケット。』
声に出さずに口だけ動かせば、涼ちゃんは一瞬びっくりしたような表情になった後、嬉しそうにほほ笑んでくれた。
空気最悪のままリミットが来てしまい、全体練習は終了した。
「お疲れー・・・。」
荷物をまとめると元貴はさっさと帰って行った。
「元貴!」
涼ちゃんが慌てて元貴を追いかけていく。心配だったのでなんとなく俺も後を追ってみた。
建物の入り口で二人が話していたので、少し離れたところで様子を窺う。
「元貴、あの・・・。」
「何?疲れてるから早く帰りたいんだけど。」
「今日はごめん。次の全体練習までに絶対モノにしておくから!」
笑顔で力強く言う涼ちゃんに、トゲトゲしていた元貴の空気も若干丸くなった気がした。
「涼ちゃん・・・。」
「なに?」
「・・・・。」
「元貴?」
「・・・なんでもない。またね。」
「うん!またね。」
元貴は帰っていき、涼ちゃんがこちらへやって来るので声をかける。
「涼ちゃん。」
「若井。いたの。」
「心配で様子見てた。」
「今日は僕のせいで空気悪くしてごめんね。」
「涼ちゃんのせいじゃないよ。元貴今日ちょっと虫の居所悪かったみたいだし。」
「僕らの知らないところで色んなものと戦ってるんだろうね。すごいよ本当に。」
「涼ちゃんもすごいよ。あの元貴に歩み寄れるなんて。俺ならほとぼり冷めるまで近づかないけど。」
「若井と元貴はそれでいいよ。何もしなくても元に戻れる。でも僕は違う。ちゃんと言葉にして気持ちを伝えないと縁は切れてしまうんだよ。」
「はぁ?そんなわけないじゃん。」
ため息をつけば、涼ちゃんはふふふと笑った。
「若井、今日はありがとね。」
「あれは俺が勝手にやったことだから、チケット使用したことにならないからね。」
「そっか。じゃあまだ使えるんだ。」
「もちろん。ご利用お待ちしております。っていや、この場合使う場面が来ないことの方がいいのか・・・。」
「確かに。」
二人して顔を見合わせて笑った。
コメント
8件
若井くんも最高です♡
わぁぁ😳👀✨すごい好きです…!
最高ですぅぅぅ