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空は鈍色に染まり、風は死んでいた。
かつて歌を囁いた木々は焼け落ち
大地は血と灰とにまみれて沈黙していた。
かすかに立ち昇る焔の柱。
その中心に立つのは
もはや〝女王〟ではなかった。
かつて頂点にあった者──
アリア・ミッシェリーナは
ただ立ち尽くしながら、身を抱き
見えぬ沈黙の牢に閉ざされていた。
そんな彼女に、刃のような声が突き刺さる。
「何故ですかっ!!
何故、私達を──裏切ったのですか!!」
声は怒りに震え
魂の奥底から突き上げる絶望を孕んでいた。
焔に焦がされた広場の中央
その影から姿を現したのは──フィン。
擬態の御力を持つ魔女の青年。
幾千の姿を写し、幾万の声を模し
記憶と心すら辿る者。
彼はかつて
アリアの伴侶候補として選ばれた一人だった
その眼差しには敬慕があった。
誰よりも強く
誇り高き女王に、無垢な憧憬を抱いていた
けれど──
「貴女は⋯⋯我々の頂点にして、女皇帝!
何故、人間に加担し
同胞を殺すのですか⋯⋯っ!!」
声はもう、理を問うてはいなかった。
ただ、叫ぶしか術がなかったのだ。
その痛みが
もはや理を超えてしまったから。
そして、フィンは震える両手を前に伸ばし
その身に、別の名を纏った──
黒く、緩やかに編まれた髪。
揺れるたびに蒼の深みを増す
アースブルーの瞳。
細く、慎ましやかな立ち姿。
記憶を司る魔女──ライエル。
青年となったその姿は
心優しき観察者である彼の風貌を
完全に写していた。
そう、フィンは〝彼〟となった。
アリアの心を理解するために。
そして──
彼の能力を借りて
アリアの〝記憶〟を視たのだ。
目を閉じた刹那
奔流のように流れ込んでくる──
アリアの足元に落ちる
幾度もの〝血涙の宝石〟
捕らえられたミッシェリーナの幼子。
救いを求めて叫ぶ母。
その目の前でへし折られる小さな指。
──ローゼリアの絶叫。
毒を含む花を呼び、怒りに燃えながらも
アリアの手を求めて伸ばした少女。
それを、塵へと変えた不死鳥の炎。
焼かれる彼女の香、骨の軋み、魂の悲鳴。
──カイエンの笑顔。
己の命を捧げ、贖罪の焔に抱かれながらも
最後まで穏やかに
アリアを見つめ続けた青年の横顔。
それを
愉悦に包んで燃やす不死鳥の眼差し。
──ティアナの声。
〝拒絶などしたくない〟と叫びながら
伸ばしたその手。
それを取れずにいた
アリアの、あと一歩の手。
その間に降り注ぐ無数の炎の刃。
──取れなかった手。
そして──アリアの中に渦巻く
「救いたい」
「赦してほしい」
「もう殺したくない」
絶望に叫び続ける内なる泣き声。
そのすべてが絶え間なく流れ込んできた。
フィンの中に
アリアの〝絶望〟が刻まれていく。
やがて、擬態は静かに解けた。
黒髪は消え、蒼き瞳は灰色の現実へと戻る。
その場に立ち尽くしていたフィンは
何かを飲み込むように瞳を伏せ
そして──膝から崩れ落ちた。
焔の地面に手をつき、呻くように吐き出す。
「⋯⋯はは⋯⋯
人間が⋯⋯憎いです⋯⋯アリア様⋯⋯」
その声は
悔しさでも、怒りでもなく──
己の〝無力〟に対する告白だった。
「でも⋯⋯私の一族を殺した貴女を⋯⋯
赦せない⋯⋯っ!
だが、憎みたいのに⋯⋯憎めないっ⋯⋯!」
肩が震える。
視界が滲む。
感情が、形をなさずに崩れていく。
「⋯⋯それでも⋯⋯カイエンのように
貴女を〝お慕いしておりました〟とも
言えない⋯⋯!」
崩れ落ちる身体。
握り締めた拳が、地を叩く。
草がその手に絡み、血に濡れる。
「己の⋯⋯この、弱さが⋯⋯っ!
心底、憎い⋯⋯っ⋯⋯!!」
その叫びが、焔に呑まれるその瞬間だった。
──斬撃。
咆哮のように
上空で不死鳥が翼を大きく振るった。
気付いた時には
フィンの身体の半ばが、斜めに裂け
朱が奔った。
横から一閃。
嘴が噛み千切ったのは
感情を膝に込めた彼の上半身。
音を立てて吹き飛ぶ。
血が噴き、腸が千切れ、肉が裂ける。
その残骸は空を舞い
焔の中へと溶けていく。
そこに残ったのは、
悔しさを滲ませて地を掴んだままの両手と
静かに崩れた両脚だけ。
血は止まらず
地を朱に染めながら
噴き上げ広がっていく。
アリアは、それを見ていた。
否、見てしまった。
突き上げる嘔気を飲み込むように
彼女は手を耳に当て
背を丸め、膝を抱える。
咀嚼音が耳を塞いでも聞こえる。
嚙み砕かれる音
焼かれる音
骨が割れる音
肉が弾ける音。
それらすべてが──
〝自分のせい〟だと
身体の芯に刻まれていく。
彼女は、ただ蹲った。
何もできず。
何も選べず。
何も言えず。
今この場所に残されたのは──
殺す者と
死ぬ者と
そして
ただ〝壊れていく〟者だけだった。