次に気が付いたとき、私はどこかの部屋にいた。
その部屋はとても綺麗で、いくつもの扉がある。部屋の中央にあるガラスのテーブルには、金の鍵が置かれていた。
「――何だか、これは記憶にあるなぁ……」
そう思いながら、まずは金の鍵を手に取る。
確かこれ、この部屋のどこかにある小さな扉……の、鍵なんだよね?
『不思議の国のアリス』の話も、何となく思い出してきた。
急には無理だったけど、何かヒントがあれば結構思い出せてしまうものだ。
しかし、小さい扉を探したものの、それらしきものを見つけることは出来なかった。
「……あれ?
でも、普通の扉の方は開けられないんだよね……?」
試しに金の鍵を、適当な扉の鍵穴に差し込んでみる。
開きはしなかったものの、鍵のサイズは合っていることが分かった。
それを踏まえて順番に試していくと――
ガチャッ
5つ目の扉で、鍵が外れる音がした。
「――むむむ、これは予想外」
そう思いながらドアノブを回して、部屋の中へと入ってみる。
その部屋は暗かったが、それに気付いた瞬間――
……床自体が無いことに気付いた。
「の、のわあぁあああぁ!?」
そして再び、落下を始める私の身体。
一体どうなってるんですか、この世界は……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ザッパアアアアアァアアンッ!!
しばらく落下を続けると、強い衝撃とともに水の中に叩き込まれた。
溺れかけはしたものの、何とか水の上に顔を出して息継ぎをする。
「――ぷはぁっ!
……もー、なんなのよーっ」
愚痴が出るのも仕方が無い。
ひとまずは平泳ぎで、近くの陸に向かう。辿り着いたのは、コンクリートっぽい材質でできた陸。
水から上がって辺りを眺めてみると、そこは何というか……綺麗な下水道、みたいな感じの場所だった。
綺麗なら上水道だと思うんだけど、上水道の絵的なイメージが出てこなかったので、ひとまず綺麗な下水道……と言っておこう。
それにしても――
「……はぁ。
せっかくの服が、濡れちゃった……」
そう呟いてから、さてどうしたものかと考えていると、後ろの方から突然声が響いた。
「ほう……、このような場所に人間の少女とは……。
くっくっく、我が生贄にしてくれるぞ……チュウ」
「いやいや、ネズミごときが何を言ってるの……」
そう言いながら振り向くと、視線の先には大きな動物がいて――予想通りネズミだったんだけど、その大ネズミは戦慄していた。
「な、なぜ我がネズミだと……、見る前に分かったのだ……チュウ!」
……語尾。
その語尾が、古典的だから……。
「ふふふ……、さぁて?
ところで、あなたは何をしているの?」
「ふむ……、聡明なる少女よ。生贄にするのは保留にしておいてやるチュウ……。
我は今、濡れてしまった身体をいかに乾かすか……それを四天王と討議をしていたのだチュウ」
四天王……?
よくよく見れば、大ネズミの後ろには何匹かの動物が見えた。
インコ、カニ、アヒル、……えぇっともう1匹、あの特徴的な鳥は何だっけ……。……ああ、そうそう、ドードー鳥! ……だっけ?
さらにその後ろには、ギャラリーのような感じで、それはもう様々な顔ぶれが揃っていた。
鳥やら、動物やら、魚介類やら。
そしてその場にいる全員の身体が、何故かは分からないけど濡れているようだった。
「皆の者、着席チュウ!
それでは改めて、討議を始めるチュウ!」
大ネズミは場を仕切ると、長い演説のような、講演のようなものを始めた。
しばらくは聞いていたものの、それも何だか意味がよく分からなかったので、途中で飽きてきてしまった。
……っていうか、私の身体も冷えてきちゃったし。
このずぶ濡れの状態、魔法で何とかならないのかな。水のことだから、水魔法で何とかなりそうなんだけど……。
しばらく考えていると、装飾魔法には服を乾かす魔法があったことを思い出した。
レオノーラさんに装飾魔法を教わったとき、少しだけ話に上がったような……。
「ドライング・クロース……だっけ?」
自信なく、そんな風に自分に向けて呟いてみると、服を一気に乾かすことが出来た。
「……あ、凄い。できた」
何ということでしょう。
現実では魔法をろくに使えなかった私が、この世界では自由自在に魔法を使うことが出来ているのです!
なるほど、これは夢かもしれないけど、魔法っていうのはやっぱり面白いね。
これからはもう少し、本腰を入れて取り組んでみようかな。
服が乾いたことに満足しながら、大ネズミたちの方を見てみると、彼らはまだ身体を乾かす方法の討議を行っていた。
……ふむ、せっかくだし大ネズミたちも乾かしてあげよう。
「すいませーん」
「何だチュウ。今は討議のまっさいチュウ。
意見があれば挙手の上、発言を許そうチュウ」
「はーい!」
「うむ、そこ」
元気よく挙手すると、思いのほか素直に発言権をくれた。
「身体を乾かす魔法を覚えたので、乾かしてあげます!」
「何と……。何をバカなことを……」
「よろしいカニ。それならまずはワタシを乾かしてみるが良いカニ」
名乗りを上げたのは四天王の一角、カニだった。
「はい! ドライング・クロース!」
私が魔法を使うと、カニの身体が一気に乾いた。
その光景に、周囲からはどよめきが起こる。
「お、おぉ……ワタシの身体が……!」
「何と……! 我が身体もすぐに乾かすのだ……チュウ」
「はいはい。ドライング・クロース!」
魔法を使うと、大ネズミの身体も無事に乾かすことができた。
そのあとも、その場にいる全員をどんどん乾かしていく。
「――聡明な少女よ……今回はとても助かったぞ……。
その礼に、何か褒美を取らせよう……チュウ」
「褒美って、何でもくれるんですか?」
「くくくっ、そうだな……。
お主にはこの、『透色の瞳』をやろう……チュウ」
そう言うと、大ネズミは小さな透明な球体を渡してきた。
選択肢は無いのね……。でもこれ、ただのガラス玉っていう感じがするんだけど。
まぁ、詳しくは鑑定してみようかな。
えいっ、かんてーっ。
……しかし何も起こらなかった。
あ、そうか。今、鑑定スキルは使えないんだった……。
「あのー、『透色の瞳』って何ですか?」
「良くは分からん……が、何だか透明で丸くって綺麗な玉……チュウ」
大層ご立派な名前が付いているようだけど、でも結局のところは、ただのガラス玉なのでは……。
まぁ何かの役に立つかもしれないし、ひとまずは受け取っておこう。
「ありがとうございます、大切にしますね!」
「うむ、それが良かろう――」
そんなとき、暗闇の向こうから怪しげな大声が響いた。
「あばばばば! あーばばば!!」
「――ッ!!!!」
「「「「ッ!!!!」」」」
その声が聞こえた途端、辺りは一気に騒然となった。
「え? え?」
「まずい、白ウサギがくるチュウ! 全員退避!!」
大ネズミの号令が掛かると、その場にいた動物たちは一目散にどこかへ消えてしまった。
「お主も早く逃げるが良い! チュゥー!!」
「えぇ!? ちょ、ちょっと――」
私の呼び掛けも虚しく、大ネズミまでもがどこかに消えていってしまった。
この場に残っているのは既に私だけ……。
「あばばばば! あーばばば!!」
再び、周囲に白ウサギの声が響く。
その声はやたらと反響して、嫌に耳につくのだが――
あ、あれー? 今さらだけど白ウサギって、こんなキャラだったっけー!?