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花宮はぴ
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桃 色 の 誘 い
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#リクエストはリクエスト部屋まで!
白い光が消えた。
「――蓮?」
返事はなかった。
さっきまで確かに握っていた手の感触も。
すぐ隣にいたはずの気配も。
全部、消えていた。
「蓮……?」
私は何度も名前を呼んだ。
地下道の奥。
開きっぱなしになった扉。
何もない床。
どこを見ても、蓮はいなかった。
「待って……」
私は走った。
地下道の奥へ。
何本もの扉を通り過ぎる。
「蓮!」
返事はない。
「蓮!!」
それでも。
何も返ってこない。
ただ、遠くで水が落ちる音だけが聞こえる。
ぽた。
ぽた。
ぽた。
私は立ち止まった。
息が苦しい。
胸の奥が痛い。
でも、それ以上に怖かった。
――また、忘れてしまう。
そう思った。
十年前と同じように。
また、蓮のことを忘れてしまったら。
私はポケットからスマホを取り出した。
画面を見る。
時刻は午前四時十七分。
「……四時?」
さっきまで夜だったはずなのに。
私は地下道に入ってから、どれくらい時間が経ったのか分からなかった。
スマホの電波はない。
通知もない。
ただ一つ。
画面の上に見慣れないアプリが表示されていた。
「……何これ」
黒い背景。
白い時計のマーク。
名前は――
【13:00】
そんなアプリを入れた覚えはない。
私は恐る恐るタップした。
画面が開く。
そこには時計が表示されていた。
現在時刻。
午前四時十七分。
その下に。
小さな文字。
『残り時間 6日23時間43分』
「……」
指が止まる。
七日。
蓮が言っていた。
――七日後、この町から全員消える。
私は画面を見つめた。
残り時間は、確実に減っている。
「……あと七日」
その瞬間。
スマホが震えた。
私は飛び上がりそうになった。
メッセージが一件。
送信者――
雨宮蓮。
「……蓮!?」
急いで開く。
そこには短い文章だけが表示されていた。
『俺を探して』
私は息を止めた。
その下に、もう一行。
『まず時計塔の下を見て』
「時計塔……?」
私は顔を上げた。
地下道の壁を見る。
そこに、いつの間にか一枚の扉があった。
扉には時計の絵。
そして、その下に。
『地上へ』
と書かれていた。
私はドアノブを握った。
回す。
扉が開く。
眩しい光が差し込んだ。
私は目を細めた。
そして。
地上に出た。
「……朝?」
空は明るかった。
鳥が鳴いている。
車も走っている。
昨日までの異常が嘘みたいに。
町は普通だった。
時計塔も。
倒れていない。
私は走った。
昨日、確かに崩れたはずの時計塔へ。
「……嘘」
そこには。
何事もなかったように時計塔が立っていた。
傷一つない。
時計の針も正常。
午前四時三十分。
「どういうこと……?」
私は時計塔の周りを見た。
人が歩いている。
コンビニも開いている。
自転車に乗った学生。
犬の散歩をしているおじさん。
昨日の夜、あれほど町がおかしくなったのに。
誰も何も気にしていない。
まるで。
最初から何も起きていなかったみたいに。
「……蓮」
私はスマホを見る。
メッセージは残っている。
だから。
全部夢だったわけじゃない。
そう思いたかった。
私は家へ戻った。
玄関を開ける。
「ただいま……」
「おかえり」
母がいた。
普通に。
いつものように。
「遅かったじゃない」
「……お母さん」
「何?」
「昨日の夜って……」
母は首を傾げた。
「昨日?」
「うん」
「普通に寝てたじゃない」
「……」
「どうしたの? 顔色悪いよ」
私は何も言えなかった。
母がいる。
父もいる。
家もある。
全部元通り。
でも。
私は知っている。
これは「元通り」なんかじゃない。
何かが変わっている。
私は自分の部屋へ戻った。
机の上に教科書。
ベッド。
ぬいぐるみ。
何も変わっていない。
私はスマホを確認した。
蓮とのメッセージ。
ちゃんと残っている。
私は一番上までスクロールした。
そこには。
十年前の日付のメッセージがあった。
「……え?」
そんなものがあるはずがない。
私は震える指で開く。
『美桜へ』
『十年後、もし俺のことを思い出したら』
『時計塔の下へ来て』
『そこで待ってる』
送信日時。
十年前。
八月七日。
「……今日?」
今日の日付も。
八月七日。
つまり。
十年前の今日に送られたメッセージが。
今になって届いた。
私は画面を見つめた。
そのとき。
新しいメッセージが届いた。
『学校へ行って』
私は眉をひそめる。
蓮からだ。
『そこで君を待ってる』
そして。
もう一件。
『ただし』
少し間を置くように。
メッセージが届いた。
『俺の名前を誰にも言わないで』
「……どうして?」
返信する。
『なんで?』
既読がつかない。
私はしばらく待った。
でも。
返事は来なかった。
私は制服に着替えた。
学校へ向かう。
駅まで歩く。
いつもの道。
いつもの景色。
なのに。
昨日とは何かが違う。
駅前の掲示板を見る。
そこに町のイベント予定が貼られていた。
『八月十四日 時計祭』
「……八月十四日?」
私は立ち止まった。
八月十四日。
蓮が言っていた。
七日後。
町から全員消える。
つまり。
この祭りの日に。
何かが起きる。
私は急いで学校へ向かった。
「おはよー!」
教室に入る。
美咲が手を振った。
「おはよ」
「昨日の夜、何してたの?」
「……え?」
「なんか連絡返ってこなかったじゃん」
「連絡?」
「うん」
美咲がスマホを見せる。
そこには。
『今日、何か変じゃない?』
『今日、私たちって何年生だっけ?』
昨日のメッセージ。
私は背筋が凍った。
「美咲」
「ん?」
「昨日の夜のこと、覚えてる?」
「昨日?」
「時計塔とか……」
「時計塔?」
美咲は不思議そうな顔をした。
「何それ」
「……」
「昨日は普通に家帰ったよ?」
「でも、私にメッセージ送ったよね?」
「送ってないよ」
「……え?」
私はスマホを見せた。
美咲は画面を見て。
「これ、私のアカウントじゃん」
「うん」
「でも、私こんなの送ってない」
「……」
美咲は笑った。
「美桜、疲れてるんじゃない?」
「……そうかも」
私はスマホをしまった。
でも。
美咲の顔を見て分かった。
本当に覚えていない。
昨日のことを。
いや。
昨日だけじゃない。
この町に住む人たちは。
何かを忘れ始めている。
私は席に座った。
すると。
隣の席の男子が話しかけてきた。
「なあ、美桜」
「何?」
「このクラスって、何人だっけ?」
「……?」
「昨日まで、もう一人いた気がするんだけど」
私は息を止めた。
「誰?」
「分かんない」
男子は頭をかく。
「名前が思い出せない」
私は教室を見渡した。
席は全部埋まっている。
人数も。
名簿も。
何もおかしくない。
なのに。
みんなが一人分の「空白」を感じている。
チャイムが鳴った。
先生が入ってくる。
「席についてー」
授業が始まる。
先生が黒板に日付を書く。
八月七日。
そして。
先生が振り返った。
「今日は大事なお知らせがあります」
教室が静かになる。
「来週の八月十四日」
先生は笑った。
「毎年恒例の時計祭があります」
私は黒板を見つめた。
「時計祭?」
「そう。みんな楽しみにしてるでしょう?」
クラスから声が上がる。
「はい!」
「屋台ある?」
「花火は?」
「もちろん」
先生は笑っている。
でも。
私には分かった。
先生の目が。
笑っていない。
授業が終わった。
私はすぐに教室を出た。
廊下。
階段。
誰もいない場所まで来る。
「……蓮」
小さく名前を呼ぶ。
返事はない。
そのとき。
後ろから声がした。
「誰の名前?」
「――っ!」
振り返る。
美咲だった。
「びっくりした……」
「ごめん」
美咲は笑う。
「さっきから気になってたんだけど」
「何?」
「昨日の夜から、ずっと誰かの名前を呼んでない?」
「……」
「誰?」
私は答えられなかった。
蓮に言われた。
名前を誰にも言わないで。
だから。
「……昔の友達」
「昔の?」
「うん」
「どんな子?」
「男の子」
美咲が少し驚いた顔をする。
「へえ」
「でも、もういない」
「転校したの?」
「……そういう感じ」
美咲はそれ以上聞かなかった。
でも。
別れ際。
「ねえ、美桜」
「ん?」
「その子って」
美咲が私を見る。
「本当に、存在してた?」
心臓が跳ねた。
「……どういう意味?」
「分かんない」
美咲は首を傾げた。
「ただ、なんとなく」
そう言って去っていった。
私はその場に立ち尽くした。
放課後。
私は時計塔へ向かった。
蓮のメッセージ。
『時計塔の下を見て』
その意味を確かめるために。
時計塔の周りを調べる。
地下への入口はない。
昨日の地下道も見つからない。
「……どこ?」
私は時計塔の土台に触れた。
すると。
カチッ。
「……?」
何かが動いた。
時計塔の足元。
小さな金属板が開いた。
中には鍵が一つ。
古びた銀色の鍵。
そして。
小さな紙。
『学校の旧校舎、三階』
私は鍵を握った。
「……旧校舎?」
学校には使われていない校舎がある。
昔の火災で一部が壊れたため、今は立入禁止になっている場所。
私は学校へ戻った。
誰もいない。
旧校舎の入口には鎖がかかっている。
でも。
鍵を差し込む。
カチッ。
鎖が外れた。
「……」
中に入る。
埃っぽい。
廊下には古い掲示物。
昔のクラス写真。
私は何気なく一枚の写真を見る。
十年前。
日付は八月。
子供たちが並んでいる。
私は写真に近づいた。
「……え?」
そこに。
私がいた。
八歳の私。
そして。
その隣に。
蓮。
「……どうして」
写真には。
確かに二人が写っている。
でも。
写真の下に書かれた名前は。
『佐藤美桜』
だけだった。
蓮の名前はない。
さらに。
写真の端が不自然に切り取られている。
まるで。
誰かが意図的に蓮だけを消したように。
私は写真を持って三階へ向かった。
階段を上る。
一段。
二段。
三段。
上へ行くほど。
空気が冷たくなる。
三階。
一番奥。
鍵がかかっている部屋があった。
私は銀色の鍵を差し込む。
開く。
中は真っ暗。
私はスマホのライトをつけた。
部屋の壁いっぱいに。
写真が貼られていた。
「……なに、これ」
町の人。
学校の先生。
駅員。
商店街の人。
私の家族。
美咲。
そして。
蓮。
何百枚もの写真。
全部に赤い線が引かれている。
でも。
蓮の写真だけ。
何も書かれていない。
私は一枚を手に取った。
十年前。
神社。
蓮が笑っている。
裏を見る。
そこには。
『記録番号:000』
と書かれていた。
「000……?」
その下。
小さな文字がある。
『忘却対象』
「……忘却?」
突然。
部屋のスピーカーから音がした。
ザーッ。
『確認しました』
「……誰?」
『対象者が記憶を取り戻しています』
「誰なの!?」
『記憶の復元率――』
一秒。
二秒。
『37パーセント』
私は後ずさった。
「何の話?」
『復元率が50パーセントを超えた場合――』
ザーッ。
『町の再構築を開始します』
「再構築?」
返事はない。
スピーカーが切れた。
その瞬間。
部屋の奥で。
カタン。
何かが落ちた。
私は近づく。
床に。
一冊のノートがあった。
表紙には。
『美桜』
と書かれている。
「私の……?」
ページを開く。
最初のページ。
『八月七日』
私の字だった。
『今日は蓮と神社へ行った』
二ページ目。
『蓮は死ぬらしい』
三ページ目。
『私は蓮を助ける』
四ページ目。
『もし私が蓮を忘れたら』
文字が乱れている。
『私を信じて』
五ページ目。
『私は絶対に忘れない』
そして。
最後のページ。
『もしこれを読んでいる私へ』
私は息を止めた。
『蓮を探してはいけない』
「……え?」
その下。
『蓮を探したら』
文字が震えている。
『今度は、私が死ぬ』
私はノートを落とした。
「……嘘」
その瞬間。
後ろから声がした。
「嘘じゃないよ」
「――っ!」
振り返る。
誰もいない。
でも。
窓ガラスに。
人影が映っていた。
黒い髪。
白いシャツ。
見覚えのある姿。
「蓮……?」
窓に映った蓮が。
ゆっくり口を動かした。
「逃げて」
「……え?」
「美桜」
私は窓へ駆け寄った。
「蓮!」
でも。
そこには誰もいない。
窓を開ける。
外は校庭。
誰もいない。
私はもう一度スマホを見る。
メッセージが届いていた。
『今のは俺じゃない』
「……え?」
続けて。
『絶対に信じるな』
私は凍りついた。
すると。
またメッセージ。
『そして』
『旧校舎から出て』
その瞬間。
廊下から。
足音が聞こえた。
コツ。
コツ。
コツ。
「……誰?」
返事はない。
足音だけが近づいてくる。
コツ。
コツ。
コツ。
私はドアの前に立った。
逃げなきゃ。
そう思う。
でも。
ドアノブが。
ゆっくり回った。
「……!」
ドアが開く。
そこに立っていたのは。
蓮だった。
「……蓮?」
「美桜」
彼は笑った。
「やっと見つけた」
私は動けなかった。
さっき。
『今のは俺じゃない』
そうメッセージが来た。
じゃあ。
目の前にいるこれは。
「……あなた、本当に蓮?」
「もちろん」
蓮は手を差し出した。
「帰ろう」
私は一歩下がった。
「……嫌」
「え?」
「あなた、本物じゃない」
蓮の笑顔が消えた。
「どうして?」
「だって……」
私はスマホを見せる。
そこには。
『絶対に信じるな』
というメッセージ。
目の前の蓮は。
しばらく黙っていた。
そして。
笑った。
「……そっか」
声が変わった。
低い。
冷たい。
「もう気づいたんだ」
私は逃げようとした。
でも。
ドアが閉まった。
「――っ!」
部屋の中の写真が。
一斉に床へ落ちる。
そして。
そのすべての写真から。
私の顔だけが消えた。
「なに……これ……」
目の前の「蓮」が近づいてくる。
「君は、思い出しすぎた」
「来ないで!」
「もうすぐ50パーセントを超える」
「何の話!?」
「そうしたら」
彼は笑う。
「この町は、君を忘れる」
「……」
「君の名前も」
「……」
「家族も」
「……」
「美咲も」
私は首を振った。
「やめて」
「そして――」
彼が私の耳元で囁く。
「本物の蓮も」
その瞬間。
窓ガラスが割れた。
ガシャーン!!
「――っ!」
黒い影が飛び込んでくる。
目の前の偽物が吹き飛ぶ。
「逃げろ!」
聞き覚えのある声。
「蓮!?」
窓の向こう。
本物の蓮が立っていた。
「早く!」
私は走った。
蓮の手を掴む。
今度は。
絶対に離さない。
旧校舎を飛び出す。
校庭を走る。
後ろから黒い影が追ってくる。
「何なの、あれ!?」
「俺にも分からない!」
「嘘!」
「本当に分からない!」
「じゃあなんで私のこと知ってるの!?」
「俺は――」
蓮が言葉を止めた。
「……」
「何?」
「俺の記憶も、全部戻ってるわけじゃない」
「え?」
「だから」
彼は私を見る。
「俺自身が、俺じゃない可能性もある」
私は立ち止まった。
「……どういう意味?」
「俺が本当に死んだのか」
「……」
「俺が君を助けたのか」
「……」
「それすら、まだ分からない」
私は何も言えなかった。
そのとき。
時計塔から鐘が鳴った。
一回。
二回。
三回。
昼間なのに。
時計塔の針が。
ゆっくり動く。
十二時。
そして。
十三時。
町中の人が。
一斉に空を見上げた。
蓮が呟く。
「……始まった」
「何が?」
「七日間じゃない」
「え?」
「本当の期限は――」
時計塔の文字盤に。
大きな文字が浮かび上がった。
『残り六日』
そして。
その下に。
『記憶復元率――49%』
私は息を止めた。
あと1%。
たった1%で。
何かが起きる。
その瞬間。
スマホが震えた。
新しいメッセージ。
送信者は。
――私自身。
『美桜へ』
『これを読んでいるなら、もう遅い』
私は震える指で続きを開く。
『蓮を探すなと言った理由を、今から教える』
次のメッセージ。
『あなたが探している「雨宮蓮」は』
そして。
最後の一文。
『十年前に死んだ少年じゃない』
私は画面を見つめた。
隣にいる蓮を見る。
蓮も。
私を見ていた。
そして。
彼の目から。
一筋の涙が落ちた。
「……ごめん」
「……何が?」
「俺」
蓮は震える声で言った。
「たぶん――」
その言葉の続きを。
私は聞けなかった。
時計塔の鐘が。
十三回目を鳴らしたから。
そして町中から。
昨日と同じ声が響いた。
「嘘つき」
「嘘つき」
「嘘つき」
でも。
今回は一つだけ。
違う声が混ざっていた。
私自身の声だった。
『蓮を信じないで』
――そう言っていた。
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みぅです🤍🥀 第2話、読み終わりました。 写真の端が切り取られてたとこ、めっちゃ背筋が冷えた…。蓮だけ消されてる感じ、怖すぎる。それに“自分自身からのメッセージ”が来た瞬間、もう何を信じていいか分からなくなる感覚、すごく伝わってきた。 「本物の蓮も」「私が死ぬ」ってダブルで引っかかる伏線、気になって仕方ないよ…。あと1%ってとこで終わったのも、続きが気になって夜眠れなくなりそう🌙💔 花宮はぴさんの紡ぐ闇、すごく丁寧で、ちゃんと心に残る。次話も静かに待ってます。