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四月二十日……朝……。
巨大な亀型モンスターと合体しているアパートの二階に住んでいるナオトたちは、次の目的地『赤き雪原』を目指していた。(その亀型モンスターがそこまで進んでくれる)
「……な、何よ。あたしに何か言いたいことでもあるの?」
ミノリ(吸血鬼)のことをじーっと見つめているのはコユリ(本物の天使)である。
「いえ、その……昨日のことを覚えているのかと思いまして」
「昨日のこと? あー、そういえば、あんたに服を作るっていう約束をしてたわね。すっかり忘れてたわ」
「そんな大事なことを忘れるなんて、あなたの脳みそはどうなっているのですか?」
「う、うるさいわね。昨日は精神的に疲れてたから、ちょっと記憶が曖昧《あいまい》になってるのよ」
「そうですか……。では、そろそろ始めましょうか」
「えー、もう始めるの? さっき朝ごはん食べたばっかりなのに……」
ミノリ(吸血鬼)がそんなことを言うと、コユリ(本物の天使)は、顔をグイと近づけた。
「はい、そうです。今すぐ始めてください」
「あー、はいはい、やればいいんでしょ? やれば。というか、少し離れてくれない? なんか鬱陶《うっとう》しいから」
「……分かりました」
コユリ(本物の天使)は珍しく、ミノリ(吸血鬼)の言うことを聞いた。
ナオトを含《ふく》めた他のメンバーはお茶の間に集まっている。
そして、この二人は別の部屋にいる。
その部屋がミノリ(吸血鬼)の部屋というわけではないが、主にミノリが服を作る時に使われているため他のメンバーはあまりそこには近づかない。
作業の邪魔になるかもしれないし、見たくないものを見てしまうかもしれないからだ。
「はぁ……それで? あんたはどんな服を作ってほしいの?」
ミノリ(吸血鬼)がそう訊《たず》ねると、コユリ(本物の天使)は早口でこう言った。
「そうですね、私専用の服というと、やはり純粋《じゅんすい》で無垢《むく》な私が纏《まと》うのに相応《ふさわ》しい服ということになりますので、色は白|一択《いったく》に限ります。そして、天使型モンスターチルドレンであるこの私に似合うものがあるとすれば、ドレス以外にありえません。以上より、私が求める私専用の服は、私のためだけに作られた世界に一つしかない『白いドレス』……ということになります。さて、今のを聞いて何か質問はありませんか?」
コユリの要望を聞いている間、ミノリはずっと目を閉じていた。
そして、それが終わると、ミノリ(吸血鬼)は少しの間、腕を組んでいた。
今のコユリ(本物の天使)の発言を元《もと》にどんな服に仕上げようかと必死に考えていたのである。
普段のコユリ(本物の天使)は真顔であるため、顔から感情を読み取りにくいが、この時のコユリはミノリに対して、期待の眼差《まなざ》しを向けていたため、彼女がとてもウキウキしていることは分かった。
「まあ、要するに……。あんたがこれだって思う白いドレスを作ればいいってことよね?」
ミノリ(吸血鬼)はゆっくりと目を開けると、コユリ(本物の天使)の目を見ながら、そう言った。
「はい、その通りです。よく分かりましたね」
「あんた、あたしのことバカにしすぎよ……。あたしを何だと思ってるのよ」
「そうですね。客観的にあなたを見たとしたら、マスターのストッパー係|兼《けん》私たちのリーダー(仮)。そして隙《すき》あらば、マスターの血を独り占めしようとしている本能|剥《む》き出しの吸血鬼ですかね」
「あっ、そう。まあ、最後のは聞かなかったことにするわ。それで? あんた専用の『白いドレス』についての要望はまだあったりするの?」
「いえ、ありません。細かい部分は、あなたにおまかせします」
「はぁ……あのね、そういうのが一番困るのよ」
「はい?」
「あー、なんて言ったらいいか分からないけど、こういうのって職人と依頼人の意見が出るとこまで出て、これだっていうのに行き着くまでやるべきだと、あたしは思うのよ。だから……」
ミノリ(吸血鬼)が最後まで言い終わる前に、コユリは静かにこう言った。
「つまり、あなたの一存では作ることができない。そういうことですか?」
「うーん、まあ、そういうことよ。だから、あんたの意見を聞かせてちょうだい」
「そう言われましても……私は服のセンスがゼロですし、私が今着ている白いワンピースも結構気に入っているので、別にこれといったこだわりはないです」
「あんた、今なんて言った?」
コユリの発した言葉を聞いた瞬間、ミノリ(吸血鬼)はコユリの襟首《えりくび》を掴《つか》んだ。
「な、何ですか? いきなり。何か気に障《さわ》ることでも言いましたか?」
「ええ、言ったわよ。あたしの前では絶対に言っちゃいけない言葉をあんたは発《はっ》したわ。正直、失望したわよ。あたしの前で『こだわりがない』なんてよく言えたわね」
今のミノリ(吸血鬼)の瞳からは、コユリに対する怒りの感情が感じられた。
彼女は今、モンスターチルドレンとしてではなく、一人の職人として、コユリに怒りを向けている。
それを身を以《もっ》て理解したコユリ(本物の天使)は微《かす》かに体を震わせながら、謝った。
「ご、ごめんなさい。今のは私が悪かったです。なので、この手を退《ど》けてくれませんか?」
「……もう二度とあたしの前で『あの言葉』を言わないって誓《ちか》える?」
「は、はい、もちろんです」
「そう……。でも、もしまた『あの言葉』をその小さな口から発《はっ》したら……」
「は、発《はっ》したら?」
「そうね……。まあ、あんたの体内にあるあたしの血が爆発するかもしれないから、気をつけなさいよ?」
それを聞いたコユリは自分の体の中に爆弾を取り付けられた気分になった。
「わ、分かりました。もう二度と言いませんから、そろそろ手を離《はな》してください」
「え? あー、そういえば、そうだったわね。すっかり忘れてたわ。はい、解放」
ミノリ(吸血鬼)はコユリの襟首《えりくび》から手を離すと、コユリの頭を撫でた。
「いやあ、ホントごめんねー。あたし、服作りに関してはプライドがあるっていうか、マジになっちゃうのよねー」
「い、いえ、今回は私が悪いので気にしないでください」
「あら、そう……。でも、今のあんたからは、あたしに対する恐怖が感じられるから、もう少しだけこうしててあげるわ」
「は、はぁ……ですが、これは少々……というより、とても恥ずかしいので、やめてもらえませんか?」
「ダーメ。あたしが満足……じゃなくて、あたしの気が済《す》むまでは、あんたはずーっとこのままよ」
「はぁ……本当はマスターにしてほしいのですが。まあ、今回は仕方ありませんね。あなたの指示に従います」
「あら? いつもなら、今すぐやめてください、さもないと、あなたの犬歯《けんし》を抜《ぬ》きますよ? とか言いそうなのに」
「わ、私はそんな酷《ひど》いことはしませんよ。私をなんだと思っているんですか?」
「うーん、そうねー。見た目は天使、中身は鬼。そう、鬼《おに》天使よ」
「それは誤解です。私はこれでも天使型の中では優しい方ですよ?」
「えー、そうなのー? 信じられなーい」
「いえ、それが事実ですので」
「ふーん、そうなんだー。でも、あんたがあたしの次に可愛いのは認めるわ」
「あなたの次……ですか。まあ、今はそういうことにしておきましょう。いずれは、あなたを超えるつもりですが」
「ふーん、そうなんだ。まあ、せいぜい頑張りなさい。あたしはいつでも相手になるわよ」
「言いましたね? 負けませんよー」
『あははははははははははははははは!!』
二人の笑い声が部屋中に響《ひび》き渡ると同時に、部屋が歪《ゆが》み始めた。
ミノリ(吸血鬼)はそれに気づかず、ずっと笑っていたため、そこが現実ではないことに気づかなかった。
「……あはははは、もうー、何すんのよー、ホントそういうところは可愛いんだから、あははははは……」
ナオト(『第二形態』になった副作用で身長が百三十センチになってしまった主人公)とコユリは顔を見合わせると、ミノリ(吸血鬼)の体を揺《ゆ》らすことにした。
「おーい、ミノリー。そろそろ起きろー。もう昼前だぞー」
「そうですよー、早くしないとイタズラしちゃいますよー」
「ふぇ? なぁに? まだ寝かせてよー」
布団を深く被《かぶ》って外敵から身を守るミノリ。
二人は、それを無理やり剥《は》がすと、ミノリの足裏と脇をくすぐり始めた。
「あー、もうー、くすぐったいから、やめてよー。あはははははは……」
「……はぁ……なんか幸せそうだから、起きるまで待ってようか?」
ナオトがコユリにそう言うと、コユリはコクリと頷《うなず》いた。
「そうですね。昨日は精神的に疲れていたようでしたから、起きるまでそっとしておいてあげましょう」
四月二十日……昼前……。
『赤き雪原』までの道のりは長いため、ゆっくりしていても問題ない。
しっかし、いつも騒《さわ》がしい吸血鬼《やつ》が寝てると、何か物足りない気分になるのはどうしてだろうな。