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それから私は次々と模索していった。お風呂場の床に石鹸を置きっぱなしにしたり、床にわざと水を撒いたり、家の前に大きな石を埋め込んだりした。
だけど大志さんは黙って片付けてしまい、私が思う結果になってくれない。
だからこそ、私は。
穏やかな昼時、それを破るような悲痛な悲鳴がこの農村部に響いた。
「大志さん、大丈夫!」
その声を間近で聞いていた村の女性達は手を止め、こちらに駆け寄ってくる。
「血! 薬箱取ってくるわ!」
「大丈夫か?」
「動いたらアカンで!」
周囲の人が騒いでいる中、元凶と言える私は治療もせず止血もせず、ただ傍観していた。
「……ごめんなさい」
血の付いた鍬を握り締めたまま。
「大丈夫やで。気付かんかったこっちが悪いんやからな?」
息を切らせながら私に顔を向けてははっと笑うけど、流れている脂汗は正直だった。
農作業中、私が大志さんの足を鍬で刺してしまったのに自分のせいだと笑う。
どれほどお人よしなのだろうか?
その優しさが、怪我していないはずの胸にズシリと突き刺さる。
「本当にすみませんでした」
治療をしてくれて足を怪我して歩きにくい大志さんに手を貸してくれた菊さんに、頭をガパッと下げた。
「頭上げて、和葉ちゃん」
そんな優しい声にも反応せず目を閉じそのままでいた私の背中を、そっと摩ってくれる温かな手。
「気持ちは分かるから。でも、大丈夫。こんな戦いすぐに終わるからな」
その手はあまりにも大きくて、温かくて、私の気持ちを受け入れてくれているよいに感じた。
「……はい」
しかし私は、やめない。
確かに戦争はあと四ヶ月で終わる。でもそれでは、間に合わないから。
「なんやこれ! 味噌入れ過ぎちゃうか?」
夕食時、足を怪我して安静となった大志さんの代わりに私が全ての料理を取り仕切る。
しかし私が作った味噌汁を一口含んだ途端、ギョッとした目をこっちに向けてきた。
「……私はそう思いませんけどね」
私は平然を装い、味噌汁をゴクゴクと飲み干す。
濃い。しょっぱい。舌がヒリヒリする。野菜の風味なんか全然感じなくて、味噌をそのまま食べているみたい。
だけど私は平然を装う。これから毎日、この食事を出さないといけないから。
こんな方法ですぐに体調を崩すことなんてない。分かっているけど、もうこれしか方法がないから。
「大志さんはもっと休んでいてください!」
「こんな足、擦り傷や! それより塩っぱい味噌汁飲む方がかなんから」
私の静止を振り切り台所に入ってきた大志さんは、いつものように段取り良く釜戸に火を付け飯炊きとクズ野菜の味噌汁を作っていく。
私が刺した足首の傷は大事には至らず、神経にも影響なかったようだ。
どうしよう。鍋のお湯をかける?
いや、足以外にもかかったらどうするの!
「どうした?」
「え?」
沸き立つお湯を眺めていた私の顔を、大志さんはニュと覗き込んできた。
「何かあるやろ? 最近、こーんな顔してるで?」
眉に皺を寄せ、口を一文字にして見せてくる。笑わせようとしてくれるのが伝わってくる。
「いえ」
だけど私は笑うことなんか出来ず、そっと目を逸らしてしまう。
この計画を知られるわけにはいかない。
悟らせてはいけない。
だから私は、口を噤む。
「悩みがあるなら言いや? 聞くだけなら聞くから」
「……はい」
優しい言葉に心が揺れる。だけど、感情で動いてならない。一手を間違うわけにはいかないのだから。
どうしよう。早くしないと。
私に纏う、大きな絶望感。
どうして、ねえどうして?
どうして、もっと早く気付かなかったの?