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その表情に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
苦しくて、逃げ出したくて、僕はわざと攻撃的な言葉をぶつけた。
「癪…って、幼馴染だからって…そうやって僕のこと制限するのやめてよ」
「は? いつ俺が制限したよ」
「今してるじゃん!女の子たちからたくさんチョコ貰って浮かれてさ、バカみたい」
こんなこと言いたいわけじゃない。
けれど、独占欲と嫉妬でぐちゃぐちゃになった感情が、醜い言葉となって口から溢れ出す。
「はっ……ひなた、言うようになったじゃん。そんなに減らず口叩けるなら、好きな奴の名前ぐらい言えるだろ。この、ヘタレが」
「……っ!」
(好きだ、拓矢が好きだ)
叫びたい衝動と、拒絶される恐怖が頭の中でせめぎ合う。
でも、もう限界だった。
こんなに苦しいなら、いっそのこと壊れてしまった方がマシだ。
「……たっ、拓矢に渡したかったんだよ……っっ!!」
ヤケクソになって、僕は本心をぶちまけた。
教室に僕の叫びが響き、そのあと、しんとした静寂が訪れる。
拓矢の反応は、予想とは正反対のものだった。
「……は? 俺に? お前が、チョコを……?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まる拓矢。
あまりの驚きように、「やっぱり引かれたんだ」と絶望が襲う。
僕は自暴自棄になって言葉を続けた。
「そうだよ! 悪い!? ……あんなに沢山貰ってるんだし、男同士だし、渡すのやめようって…。持って帰って自分で処理しようと思って黙ってたのに……!」
開き直ってそう捲し立てた、次の瞬間。
拓矢が急に僕を抱き寄せ、その大きな体で力いっぱい抱きしめてきた。
彼の顔が僕の肩に深く埋められる。
「!? ちょ、なに……!?」
突然のことに理解が追いつかない。
心臓の音がうるさくて、どちらのものか分からなくなる。
「お前さぁ……そういうことは早く言えって。危うく、貰い損ねるとこだったじゃん」
耳元でボソッと呟かれた言葉の意味を考える間もなかった。
ふわりと唇に柔らかいものが触れ、僕の思考は完全に停止した。
チュッと、小さな音がして離れたそれは、間違いなく拓矢の唇だった。
(うそ、え……っ、僕今、拓矢にキスされた……?)
呆然とする僕の目を、拓矢は真っ直ぐに見据えて言った。
「ひなた。……拒否らないってことは、お前も俺のことが好きだって……自惚れてもいーんだよな?」
「……っ、拓矢……なんで、?友達……なのに……僕にこんなこと……」
「まだ分かんねぇのかよ。……俺も、ひなたが好きだって言ってんだよ」
「……っ!」
その二文字が、真っ白な頭の中に鮮やかに色をつけた。
ずっと、ずっと叶わないと思っていた。
隣にいられるだけで十分だと自分に言い聞かせてきた7年間が、一瞬で報われた気がした。
「もう一回だけ聞くけどさ。ひなた、お前も俺のこと好きって、マジなんだな?」
「す、す……好き。結構……7年くらい前から、ずっと……好き、だった」
堰を切ったように、抑えていた気持ちが涙と一緒に溢れ出した。
情けないくらい泣きじゃくる僕を、拓矢はさらに強く抱きしめた。
「やっと聞けた……。俺も、さ。中学くらいからひなたに独占欲みたいなのが湧いてて。でも、言ったら今の関係が壊れるんじゃないかって、ずっと言えずにいたけど……ガチだから、俺も」
耳元で囁かれる告白に、涙が止まらなくなる。
「ちょ、なんでそんな泣くんだよ!」
「だ、だっで……好きとか言って……拓矢に、キモいって思われたらって……関係、崩れたら…って、こ、怖かったから……っ」
「まあ、そうなるか」と、拓矢は困ったように、でも愛おしそうに僕の頭を優しく撫でてくれた。
しばらくそうして抱き合っていると、拓矢が体を離し、僕の目尻に残った涙を指先で拭った。
「……にしても俺たち、すれ違いすぎじゃね?」
拓矢がクスッと笑い出す。その笑顔があまりにいつも通りで、でもどこか特別で、つられて僕も笑ってしまった。
心の奥に澱のように溜まっていた不安が、スッと消えていく。
「ところでさ、ひなた。あの……チョコ、俺にくれんだろ?」
「あっ……うん、カバンにあるけど……」
一度は諦めかけた、あのクマのチョコレート。
僕は深呼吸をひとつして、足元に置いていたカバンから紙袋を取り出した。
赤い包装紙の箱を、今度は迷わずに差し出す。
「クマの形のやつに、チョコ流し込んだだけだけど……。普通に美味しいとは思うから」
言い終わる前に、拓矢の大きな手が僕の手ごと箱を包み込んだ。
「いや、マジで嬉しい。大切に食うから。ありがとな、ひなた」
優しく微笑む拓矢。
その表情を見た瞬間、僕の胸は甘い喜びでいっぱいになった。
けれど、拓矢は少し照れくさそうに後頭部をかくと、自分のカバンをごそごそと探り始めた。
「……実はさ、俺も、用意してたんだよな」
取り出されたのは、水色のリボンが丁寧に巻かれた長方形の箱だった。
「え? 拓矢が作ったの?」
「……おう。最初は買うつもりだったんだけど、妹に頼み込んで教えてもらった。これ、俺の……手作り」
驚いて箱を受け取ると、中には綺麗に焼かれたチョコレートブラウニーが並んでいた。
表面の粉砂糖が夕暮れの光を反射して、まるでお店の商品みたいに美しい。
「す、凄い……本格的だね」
「だろ。家庭科の成績オール5の妹のお墨付きだから、味は確か。…ひなたに渡したくて作ったんだ」
今まで何度も一緒に過ごしてきたけれど、キッチンに立つ拓矢なんて想像もできなかった。
僕のために、彼が慣れない手つきでお菓子を作ってくれた。
その事実が、何よりも甘くて、愛おしい。
僕は思わず、もう一度拓矢の胸に飛び込んだ。
「ありがとう……ずっと大切にするね」
「いや、そこは食べろよ。腐るだろ」
拓矢が苦笑いしながら、僕の背中に腕を回す。
「そんなに嬉しいか?」
「……めちゃくちゃ嬉しい」
「…ははっ、俺も」
互いの体温と、かすかな甘い香りに包まれながら、僕は改めて思った。
友達以上の関係になれただけでも奇跡なのに、お互いのために、同じように特別な準備をしていたなんて。
窓の外では夕暮れが校庭をオレンジ色に染めている。
冷え込んできたはずの放課後の教室は、僕たちが手にしたチョコレートよりも、ずっと甘いものになった。
𝐅𝐢𝐧.