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ブランデンブルクを見ると、彼は消えかけているかのように色褪せていた。顔にヒビが入り、眼帯をしている左目から血が溢れ、灰色の右目は段々色が薄く消えかけているのが分かるぐらいに酷くなっていた。
「…それは一体…?」
「この姿が気になるよね。丁度いい…君に話したいことがあるんだ。俺が消える前に」
座り込んでるせいで壁しか見えないのに、彼は雲ひとつない昼下がりの太陽を見上げようとしていた。
「俺は…神聖ローマ帝国が父の子供であり、『傀儡《かいらい》』でもあるんだ。それが本当に嫌で抜け出そうにも出来なかった。」
「俺が弱かったのか傀儡として利用するためなのか…俺はずっと此処にいた」
以前は強靭で陽気で自由奔放な彼がいたのに…今では脆く衰退し、生気が薄れかけた瀕死の彼しかいなかった。時々風が此方にちょっかいをかけて、迷惑しているのを無視する。
だが彼は、そんな風さえ身体ごと受け止めるように静かな笑顔を見せながら両の腕を広げて感じていた。
「ああ…風ってこんなに気持ちいいものなんだ。そうだ、思い出したよ…」
記憶の棚から見つけたいものを見つけ出し、喜ぶ子供のような笑顔で、私の頬に手をあてる。少し冷たく、それでもまだ暖かかった。頬に大きな頭を寄せる。犬が飼い主に甘えられるように、私はただ彼に身体全てを委ねた。
「どうした?いきなり身体を寄せて来て…意外だね、君も甘えてくるんだ」
優しく頭を撫でて、私を見つめる。彼の灰色の瞳が鏡のように私の姿を現す。
「…君と出会えたおかげで…また強くなって、父を打ち倒して、みんな《兄弟たち》を解放したかった。けれど…そんな思いを抱いた結果がこれだった…」
「もっと生きたかった…もっと君と話したかった…いっぱい本を読んで、世界を知って、それからそれから…」
笑顔だった彼の顔は、涙でぐちゃぐちゃになった。頬を触ると、ほろほろっと白く根が赤い小さな羽根が数枚落ちた。
「!!す、すまな…っ」
「ううん、もうすぐみたいだ。君とのお別れが」
初めて…私は「悲しみ」という感情が芽生えた。感情なくして生まれ、放浪しては狙われたり、拾われたり、新しい出会いがあったり…。些細な事なんて記憶の棚に残さず、忘却の闇へ追いやってきたのに…。感情なんて…生まれてから無かったのに…なぜだ…なぜだ…。考えても考えても…ブランデンブルクの身体は段々消えかけて行った。
「泣かないでくれ…俺も泣いてしまうだろ…」
気が付かなかった。頬に大きくつたって、白い服が水滴まみれていた。もう夕暮れであることが目前で分かるぐらい晴れているのに…雨はここだけ降っていた。
「…プロイセン」
「なんだ?」
壁と沈みかける夕暮れの空が、私たちを見下ろす。鳥が子供たちの元へ帰る鳴き声、そよ風の素通り。当たり前に感じているものが、その時だけ新鮮な感触だった。
「…みんなの事を頼んだよ。君は…自由で勇敢で、不屈な黒鷲《プロイセン》だ。」
白い羽根がまた1枚2枚とゆっくり落ちていく。ブランデンブルクは、消えかけるその身体を私に預けまた頬を触る。顔を近づけながら、目を閉じる。私も無意識で目を閉じて、唇同士が触れ合うのを感じた。
「今までありがとう…プロイセン…」
気がつけば、私は1日全てを木の下で過ごしていた。空を見上げると、青く照らされておりまた風が吹いてくる。辺りを見渡すと…彼は「旅に出ていた」ようだった。青い空をまた見上げて、微笑みかけていると…
「ここで寝っ転がるとは…拾われた子だけあってだらしがないですね…」
……続く