コユキは凄い物を見聞きした、とドキドキしていたのだが同時に新鮮な気分にもなったのである。
アスタロトほどの強大な力を誇る魔神であっても外聞(がいぶん)を気にしたり、好きな相手と添い遂げる為とはいえ他の男性にセコイ協力を求めるなんて事は、恋愛経験皆無なコユキには意外過ぎる事だったのである。
今日は休養日、本来ならコユキが幸福寺に来ない筈の予定であった。
その先入観のせいで鋭いアスタロトでもコユキの気配に気が付かなかったのであろう。
そこまで考えた時、コユキの中である思い付きが芽生えた、とはいっても悪戯(いたずら)程度の軽い気分の物だったのだが、
――――アタシがいない時の善悪の様子ってのも想像つかないわね~、結構だらだらしてたりしてね、男ってセコイみたいだし、こっそり観察してみるか! イヒヒヒ
と、ふざけ半分で全世界の男性達から(露出狂は除きます)非難の声が上がり捲るであろう、所謂(いわゆる)『パンドラの箱』を開ける覚悟をサクッと決めるのであった。
そぉーっと人目につかないように大きな体を限界まで縮めて本堂の脇まで近づいたコユキの耳に、微かながら善悪の声が聞こえてきた。
予想通り本堂の中にいるようだ、コユキが子供の頃から熟知している幸福寺である、当たり前のように一か所だけある開閉式の金網を開けて、本堂の床下へと姿を消していくのであった。
大体中央辺りまで来ると、善悪が真上にいるのであろう、大分はっきりと声が聞こえてきた。
「そうでござるか……」
「ええ、何度言い聞かせてもディンゴや秋田犬は嫌だ、俺は狼だ、の一点張りで……」
「うん……」
話の相手はアジ・ダハーカであることは明らかだった、コユキは頭の上にハテナを浮かべたままで聞き入るのであった。
「善悪様、これはあからさまな我儘(わがまま)ですよ、チロのヤツにガツンと伝えてやりましょうよ! 我儘言うなら来なくてもいいって! あの犬コロ調子に乗ってませんかねぇ?」
暫く(しばらく)時を置いて善悪の確り(しっかり)とした言葉が聞こえたのである。
「調子に乗って貰わなければならぬであろう? アジ分かんないかなぁ? チロが気持ちよく働くっ! 誰の為に? コユキ殿の為でござろう? ん? その為に拙者がいるのでござるよぉ? んだから、一応聞いてみるのでござる! 良い? 覚えておいてね! コユキ殿がいて、あ、僕がいるっ! それが某が、僕チンが居る意味でござるよ! 昔馴染みに聞いてみるからアジはちゃんと休んでいて欲しいのでござるよ? まだオルクス君への魔力譲渡の枯渇(こかつ)状態でござろ? 後は吾輩に任せて回復して欲しいのでござるよ~、コユキちゃんの為にね、ほら、休んでてねぇ!」
「えー、は、はい、んじゃぁ休みますけど…… なぁ、善悪様もたまにはゆっくり休んだ方が…… えっと、良いんでは無いですかね?」
「大丈夫、大丈夫! 拙者はまだまだいけるからね? と、思うのでござる! 皆はしっかり休んでコユキちゃんを守ってねぇ! んじゃお休みぃ! ごゆっくりぃ!」
なんだこれ? 善悪って滅茶苦茶頑張ってる事実を知ってしまったコユキであった……
観察とか、覗きとか…… 自分の汚さが心を抉る(えぐる)! 瞬間であったようだ…… とほほ。
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