「ちょっと、調子に乗らないでよ!なんてこと言うのよ!私はあなたの為に教えてあげてるのに!」
どこかで聞いたことがある台詞だ。僕はその返し方を知っている。
「それは僕の為になっていないよ」
「それは先に進んだら分かることよ!私はもう自分の本を求めてこの世界を何周もしてるのよ!こんな真っ白で何にもない世界でね!その私が言ってるんだから、意味のない事はやめた方がいいわよ!」
「大丈夫」
僕は無責任のように言い放つ。手放した責務をなぜか彼女は、拾っては僕に投げつけてくる。
「どうして私の選択を選ばないの!ちゃんと考えてから言ってよね!選択肢は選んでもらうためじゃないんでしょ?ええ、そうよ。そういう為ではないわ。これは忠告だもの。これは貴方の為よ」
僕の沈黙を言い負かした勝利とでも思い込んだ彼女は、薄ら笑いを浮かべる。けれど、つかの間。それを屈辱と理解した女王は言葉を撒き散らす。
「ねえ、どうして!聞いてよ!なんでそんなにあっちに行きたいのよ!」
僕はたまらず言った。
「ねえ」
「なによ」
「ほんとに僕の為に言っているんだよね…?」
彼女が作る選択肢。いわば檻のようなそれは、彼女自身の為ではないだろうか。
「あ、当たり前でしょ!何を言い直すことがあるのよ」
「僕が自分の行きたい道を進む。それを選ばせないのは、僕の為なの?」
所詮、言葉で飾っていようが女王が話すことは命令なのだ。
「…っ。あなたの為とかどうでもいいのよ!私がどんな気持ちで言ったかも分からないでしょ!」
彼女は怒っているのか悲しんでいるのか分からなかった。選択肢に彼女自身が縛られて苦しいと言っているようにも見える。
「君は自分の選択肢内で選んで欲しいだけ。選択肢を与えているようで言葉で道を縛ってる」
「あら、そんなことはないわ。私はお偉いでもなんでもないんだから、好きにしたら良いと思ってるわよ。ただ、本当にあっちには何も無いんだから。行かせたくないとかそういう話じゃないのよ?」
開き直りなのか、分かっていないのか。彼女はまた、自分の思考を固めようとする。
「そういう事じゃなくて。言葉で縛ってるのは僕だけじゃなくて、君自身もそうなんでしょ」
彼女は不思議そうに見つめてくる。それは理解とは程遠い。赤子が初めて自分を鏡で見つけたような表情だった。
「本を好きなようにやらせたのも、無くす以外の選択肢を君が留めておきたかっただけ」
彼女は自分の本を探していたんだ。偽物とはいえ今や灰になった本を手放すのが惜しかったのだろう。でも、それは探し物を見つけられない自分の戒めのようなもので憎らしかった。
「何が言いたいのよ…」
その脆くボロボロになった空間に、言葉をはめ込むように言う。
「僕に言ってきた選択肢は君がかつてしてきた選択肢というだけで、僕には関係のないことだから}
だから、選択肢に従わない。それは心の中で吐きこぼした。僕はもう檻から脱する鍵を手にしていたから。