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森の中をしばらく進んでいくと、切り立った岩場に黒い穴が見えてきた。
普通に立って入れるくらいの高さで、一見するとかなり深そうだ。
「アイナ様、この洞窟です」
「わー、いかにも洞窟って感じだね。中は深いの?」
「はい、結構奥までありますよ。
以前ちょっとした修練に使ったのですが、野営をするにも丁度良かったです」
「修練? 修練って、何の?」
「サバイバル技術です」
話を聞いてみると、ルークはそういった修練……訓練のようなものを、仕事の一環として行っていたらしい。
所属する部署によっては、野外での仕事も当然のようにあるから……というのが理由だった。
「ふぅん、色々やってきたんだ……。
それじゃ、私たちが休むにも良さそうだね。今日は疲れちゃったし、さっさと準備して休もうか」
「はい」
「分かりました!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
実際に野営の準備をしてみると、その洞窟は確かに雨露をしのぐにはもってこいの場所だった。
少し入ったところには広めの空洞があって、アイテムボックスから馬車を出すことも出来た。
洞窟の中で、さらに馬車の中。
いざ馬車に乗ってみると、吹き込んでくる風がいつもより少なく感じられる。
最近は本当に冷えてきたから、これだけでもかなり過ごしやすくなるというものだ。
「――とはいっても、ずっとここにいるわけにもいかないからね……。
馬がやられて、馬車は動かせないし……。これからどうしよう……」
焚き火を囲みながら、温かいお茶を飲みながら今後のことを話す。
「クレントスまでは馬車でもまだ1週間の場所ですから、徒歩となると……」
私の言葉に、ルークが頭を抱えた。
馬車を時速40キロ、徒歩を時速4キロとすれば、掛かる時間は単純に10倍だ。
馬車で1週間が必要というのであれば、徒歩なら70週間、つまり2か月以上が必要になる。
さすがにそれは、現実的ではない。
「どこかで馬を買えれば良いのですが……。
ルークさん、この辺りに街や村はありませんか?」
「この森から北東に行ったところに、小さな街があります。
ただ、そこでも身分証明が必要ですので……」
「……うーん。それじゃ、そこも入れないか……」
「むぅ……。街に入れないのって、やっぱり凄い大変なことですよね。
わたし、少し前までは全然意識したことがありませんでした……」
エミリアさんはそう言いながら、肩を落とした。
街に入れないだなんて、悪いことをしなければそうそうは無いはずだ。
エミリアさんは聖職者だから、そんな意識が無かったのも当然だろう。
「……仮に街に入れたら、馬でも何でもたくさん買えるんですけどね……。
食糧とか、お料理とか、あとは服とか――」
「はぁ~……。
せめてアイナさんだけでも街の中に入っていければ……」
「まったくですね。今なら即、捕まっちゃいますからね♪」
「あはは、確かに! ……はぁ」
一瞬の笑いは取れたものの、同時にため息も取れてしまった。
さすがにこんな空気では気が滅入ってしまう。そろそろ明るい話題が欲しいところだけど――
……しかし、頭に浮かんでくるのは暗い話ばかりだ。
「――結局、馬に矢を放ったのって、誰だったのかなぁ……」
私たちの馬車の馬を、一矢で仕留めた弓士。
その矢はかなり遠くの岩場から放たれたはずで、私たちはその矢の|主《あるじ》をまだ知らないでいる。
「……正体が分からないっていうのは、不気味ですよね」
正体が分からなければ、私たちを狙った理由も分からない。
例えば王国軍の誰かなのであれば、王様の命令で私たちを狙ってきている……ということにはなるんだけど。
「普通に考えれば王国軍、あるいは実力のある野盗――
……いや、物盗りであるなら、すぐに襲ってくるか……」
ルークは独り言を言うかのように、考えをまとめていた。
聞こえてくる言葉から察するに、やはり王国軍の誰かという可能性が濃厚だろう。
「……ちなみに、弓士で有名な人っているの?
ほら、剣だったら英雄シルヴェスター……みたいな感じで」
「そうですね。英雄クラスではいませんが、有名な方は何人もいますよ。
王国軍は、戦力の層が厚いですからね」
「それじゃ、その誰かなのかな――
……って、さすがに情報が少なすぎるか」
「はい、残念ながら……。
しかし私たちも立ち止まってはいられません。少々危険でも、何とか進まなければ」
「確かに~……」
その後もしばらく話を続けたが、結局は何の答えも見つけることが出来なかった。
八方ふさがりの状態になってしまったので、今日はほどほどのところで諦めることに。
何も進まないときは、一旦そこから離れた方が捗る場合もある。
今日はいろいろなことがあったし、また明日から考えることにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――毛布に包まってから、寝付けない時間を長く過ごす。
いつもなら眠れている時間なのに、今日に限っては何だか眠れない。
……何て言うか、胸騒ぎがするというか――
私の横では、エミリアさんが静かに寝息を立てている。
私の枕元ではリリーが静かに……寝てる……のかな……? とりあえず揺れもせずに置かれている……というか、そこにいる。
そして馬車の外では、ルークが焚き火の側で夜番をしながら休息を取っている。
よくよく考えてみれば、とくに珍しくもない、いつも通りの夜だ。
しかし、何だか嫌な気配がしてならない……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おはようございます!」
馬車の中で毛布に包まっていると、エミリアさんが目を覚まして、私に挨拶をしてきた。
「……おはようございます」
「もう起きていたんですか?
……って、あれ? 今日は例の夢を――」
エミリアさんの顔が一瞬、嬉しそうに綻んだ。
私はいつも、朝起きるときに大声を上げてしまう。それが無かったのだから、きっと悪夢を見なかった……と、思ったのだろう。
しかしそうではなくて――
「すいません……。眠れなかったんです……」
「え? ……一晩ずっと、ですか?」
「はい……。少しくらいはうとうとしたんですが、何だかちょっと……」
洞窟の中ということで、いつもより野営の環境は良かったはずなのに、眠ることができなかった。
普通に寝不足なわけだから、体調的にはかなりしんどい。
……とはいえ、そろそろ朝食の用意をする時間だ。
やることをやって、それ以外のことはあとから考えることにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車から出ると、ルークが焚き火の側に座っていた。
私とエミリアさんの気配を察して、ルークはすぐに挨拶をしてくる。
「アイナ様、おはようございます。
……もしかして、今日はあの夢を――」
ルークはそう言いながら、一瞬明るい表情を見せた。
……ごめん、そうじゃないんだ。
「いや、一睡もできなくて……。
だから今日は、夢も無し」
「あ……そうでしたか……。
しかし一睡も出来ていないのはお辛いでしょう。もう一日、ここに残りますか?」
……おお、それはなかなか良い提案かもしれない。
ここならいつもより落ち着けるし、人も来なそうだし……。
――そんなことを考えた瞬間、どこからともなく声が響いてきた。
「んっんっんっ♪
……罠に掛かった犯罪者チャンはいるかなぁ~?」
それは洞窟の入口から、反響を伴って聞こえてくる。
ここに、誰かが来た……?
しばらくすると、一人の青年が姿を現わした。……顔はまだ少年のあどけなさを残している。
服装は黒を基調としたローブだが、純粋な魔法使いというより、上位の派生職のような雰囲気を放っていた。
……もちろん、私には見覚えのない人だ。
「あなたは……?」
「ボク? ボクはね~、キミたちを殺しにきたの。
んっんっんっ♪ さぁて、誰を殺そうかなぁ~?」
突然現れた青年の、突然すぎる言葉。
もしかして、馬を殺した弓士? ……とは一瞬思ったが、弓矢はどこにも見当たらない。
しかしそんな彼の右腕から、唐突に、黒紫色の気味の悪い輝きが溢れ始めた。
……どこからどう見ても、この人は敵だ。
それなら、私たちが取るべき行動は――