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すぐ終わります。「白日の頃は更なり」の後日談・スピンオフ作品とでも思っておいてください。

では、どうぞ~



「っ、これは______っ!」

日帝は頁の一文字一文字を食い入るように見つめた。

今、日帝が目を通しているのは『異界漫遊記』。異界に足を踏み入れ、人ならざる者に住人にされかけたが辛くも逃れた吟遊詩人が自らの経験を語った本だった。


其処には、確かにこう記されていた。

『給仕の姿が、これまた奇妙であった。旭日旗のあらわされた顔に、少年のような姿なのにメイドの服を着せられている。第二次性徴のさなかであるからか、何ともアンバランスに映った。【サクラ】と呼ばれていたが、確かそれは日ノ本という国特有の花の名前だった筈である。何か関係があるのかと勘繰ったが、それ以降彼が現れることは無く、追及を諦めざるを得なかった。もう二度と行きたくは無いが、コレクション扱いをされていて、尚且つ一言も話さず驚くほど従順であった。何か引っかかるものを感じる。せめてもう一度でも会えたら何か掴めたかもしれなかった。』


(空?空なのか?!)

初めて見つかった弟の手掛かりに、日帝は内心踊り狂ってしまいそうな勢いであった。

「……帰らなければ」


急いで異界へのゲートを通してもらわなければならない。

今は、この本に書かれている日付からはもう1年は経ってしまっている。

急いで安否を確かめたかった。



殆ど消えかけていた光が、真っ直ぐに日帝を照らした。

それは、日帝の眼の奥で、常に熱い光を放ち続けた。







「……本当に行くのかい?」

「はい。海と空が居る可能性が少しでもある以上、行って参ります。」

「………そうかい」

日帝には、異界と現世を渡るための通行手形……パスポートが無い。

他の国はどうしているか知らないが、少なくとも日本家では、江戸の赦しを得ないとその通行手形はもらえなかった。


「では、一つ約束をしてくれないかい?」

「…はい」

日帝は、これを赦してもらうのなら、何だってするという気概で江戸の話を聞いた。



「…………これが不発であれば、もう空と海を捜すことは止めなさい」



日帝は目を瞬かせた。______まさか、親である江戸が、そんなことを言うなんて、夢にも思っていなかったのだ。

「諦められるのですか!父上は!!」

存外に大きい声が出た。現在も尚、戦時中の厳しい訓練の中で身に付いた発声は遺憾なく発揮されている。



「……私だって、捜しに行きたい。」

今にも泣きそうな顔で、江戸がどうにか口角を上げた。

たとえ息子の前でも、弱みを見せるのは矜持が許さないらしい。

あの時はあんなに泣きじゃくっていた癖に……


「今すぐ抱き締めてやりたい。今までよう頑張ったと言ってやりたい……!」

でも、出来ないのだと江戸は頭を振った。

「日本はまだまだ頼りない……強くなったとはいえ、他国からの牽制に耐えられるほど強くないのだよ……それは、陸も解るだろう?」

「ですがっ」

「いい加減にしなさい!」

初めて江戸から怒号が飛んだ。それには、どこか夢を諦めきれない子どもを諭すような響きがあった。

「只でさえ日本と日本を取り巻く世界は今不安定な状態なのだ。にゃぽんが居るとはいえ、二人ともまだ経験不足……失敗を知った私たちが導いてやる必要がある……」

「っ………」

「何時迄も見つからない者を捜している暇は、残念ながら私達には無いのだよ……」


その言葉は日帝に重くのしかかった。

捜し始めて何年になるだろうか。もう数えるのをやめてしまった程には捜し続けている。

何度も現世で世界中を捜し歩き、一目でも見た者はいないかと訊きまわったが、成果は無し。

その内、特徴が似ている自分を弟と勘違いした人々の証言が相次ぎ、一層捜索は難航していった。


…心のどこかで、諦めていたのではないか。

現世と守護者界…己の生活圏には空と海はいないと。

これ以上捜しても、無駄ではないかと。

それでも尚、憑りつかれた様に捜し回っていたのは、己を動かしていたのは、一体何だったのか。

執念か、それとも惰性か。

嗚呼、認めたくは無いが……

異界にも居ないのならば、二人はもう、ずっとずっと遠いところへ征ってしまったのだろう。

それならば、もう、只々世界を渡り歩いて訊きまわるのも無駄な話なのだろう。



「……解り、ました」



掠れた声で言い切った日帝の顔は、苦渋で歪んでいた。



「相分かった。……此れが最後だというならば、そうだね、私も付いて行こう」

さらりと凪いだ声で口にした言葉に、日帝は驚愕した。

「なッ……父上が?!」

「異界ならば……門をくぐれば一瞬だしねぇ。」

___時間が過ぎても、国際連盟…おっと、今は国際連合だったか、彼に援けて貰えば良い。

からからと快活に笑う江戸を、日帝は必死で諭した。

昔は兎も角、今は買い物袋も満足に持てない状態だ。


「お止め下さい……一体どれだけ掛かるか判らないのですよ?!」

「私が行けば、その心配は全く無いよ、陸。お前が助け出す時間のみで済む。」

「…一体、どういう事ですか」

意味が分からず首を傾げる日帝に、江戸は噛んで含めるように説明をし始めた。

「先ず一つ。私には、海と空を連れて行きそうな者が解っているのだよ。多分、陸も知っていると思うよ」

「……まさか、大英帝国ですか」

「御名答。やはり陸は賢いねぇ」

「過去に流された者の名簿を見たことがあります。先輩も一時期住んでいた場所だったので、関心があり……」

其の名簿には、ナチスとソ連の他に、大英帝国とはっきり刻まれていた。

まさか、奴が……日帝は腸が煮えくり返るような思いだった。


「次に二つ。…陸は、何か勘違いをしていないかい?例えば……私が刀も満足に握れない老いぼれだ、とか?」

図星を指された日帝はしどろもどろになる。

「っ、そんなことは……」

「ふふ、そんな事は無いから安心しなさい。そうでなければ、異界に行くなどと命知らずな発言はしないからねぇ…」


江戸は日帝を安心させるようにふわりと微笑んだ。その余裕のある姿を見ると、任せてもいいような気がしてしまうのだ。

(……どうするべきだ?)


日帝の頭は目まぐるしく回転した。


「陸」

肩に、体温の低い手が置かれた。

「私を、信じなさいな」


江戸の、宝石のような紅い瞳が真っ直ぐに日帝を射抜く。


それで、日帝の心は決まった。

「是非……お願い、致します」


「ふふ、有難うね。」

優しく日帝の頭を撫でる江戸の手は、幼い頃と寸分違うことは無かった。







「……では、父様、兄様…どうか、御無事で」

「もちろん。必ず戻って来るよ。」


一週間後、身支度を整えた二人は日本の家の前に居た。

あの後、江戸も同行すると連絡したら、国連が慌てふためいて色々と世話を焼いてくれた。

(もしかしたら、父上は国連に何かしたんじゃないか……?)

そう訝しんだ日帝だったが、追及は控えた。

(そのお陰で、対策は万全に出来たのだしな。)

日帝は自身の左手首を見つめた。

そこには、極々薄いチップが埋め込まれていて、位置情報だけでなく信号を送ることも可能な代物だ。また、これがあればパスポートが無くてもゲートをくぐることが出来る。

江戸も同じものを埋めてある。

続いて日帝は緩く頭を振って違和感を確かめた。

脳天にも同じものが一つ、埋まっている。これは江戸の指示だ。


『手を斬り落とされたら堪らないだろう?』

平然と言って微笑んでいたあの姿には、流石の日帝でも恐怖を覚えた。

そして、こう思うのだった。

(父上は…俺が思うより、もっと、ずっと、凄惨な世界で生きてきたのかもしれない。)

仮説のようなものは存在しているが、未だに訊けず、真相は仕舞い込まれたままだった。


「大兄!父さん!」

と、家の中からにゃぽんが駆けてきた。

それも、いつものセーラー服ではなく、紅い袴がよく目立つ巫女服姿で。

耳の傍には蝶結びにした紅い紐と鈴飾りが付いていて、動くたびにしゃらりと上品な音を立てた。


手には大幣を持っていて、それも風に揺られてさらさらと音を立てていた。

「……頭をお下げください」

伏された目が緩やかに開かれる。


言われた通り頭を下げると、二度、三度と大幣が揺らされる音がした。

冷たい風がごうっと吹き、二人の肌を嬲る。


「……八百万の御加護が在りますように」

そう言って、にゃぽんは自分の付けている鈴飾りを一つずつ、江戸と日帝に渡した。


「にゃぽん」

「ふっふっふ!これは私のお手製だから、きっと効果があるよ!」

不敵に微笑んだにゃぽんだったが、不意に俯くと、いきなり二人に抱き着いた。

「…絶対、帰って来てね」

もう、誰かが死ぬのを見るのは嫌だから、とにゃぽんが呟く。

「ふふ…そんなことは先刻承知だよ。」

江戸が愛おしそうににゃぽんの頭を撫でる。

「大兄も!」

「ああ、行って____」

言いかけた日帝の頭に、いつか読んだ本の一文が浮かぶ。

『【行ってきます】という言葉には、【行って帰ってきます】という意味がある。』


「_______行って、必ず帰って来る」

その言葉を聞いて安心したのか、にゃぽんはやっと二人から離れた。

二人を安心させるように笑みを浮かべたにゃぽんの目が赤くなっていたのを見た日帝は、軽く目を瞬かせただけで何も言わなかった。

大切な人を失うかもしれない、その不安は痛いほど知っている。

___だからこそ、絶対に帰ってこなければならない。


「絶対!絶対だからね!」

手を振るにゃぽんに手を振り返しながら、二人は一歩を踏み出した。







「……ここが、異界……」

「まだ門だよ。…ふふふ」

そびえたつ毒々しい門に日帝は若干恐ろしくなっていた。江戸が居なかったら止めていたかもしれない。


「地獄の門にそっくりだねぇ……」

「?……父上は、見たことがあるのですか?」

「いや、そういう事じゃないよ……そうか、陸は芸術には疎かったねぇ…」

オーギュスト・ロダンの地獄の門よろしく作り込まれているのでそう言ったまでだったのだが、日帝には通じなかったらしい。

「ああ、こちらにいらっしゃいましたか」

ほっとしたような響きの声でやってきたのは国連。心なしかやつれたような顔をしていて、トレードマークの背中の翼は、今日は仕舞われているようだった。


「一応、持ち時間は24時間…となっております。まあ、入るのが大体夜明けになるように設定してありますので次の日の夜明けまでには戻ってくるよう、お願い申し上げます。……まあ、過ぎてもなんとかなるのですが」

説明をしていた国連を、江戸の声が遮った。

「ああ、国際連合殿、私だけ時間を延ばす、ということはできないかね?」

「えっ、そんな急に……」

突拍子もない願いに国連の顔が引き攣る。

何やら切羽詰まった顔で各所に電話を掛けたり通信していた国連だったが、やがて顔を上げるとこう言った。

「……では、江戸さんだけ持ち時間を48時間にしておきましょう…現状、これが私のできる最大限の譲歩です……」

「有難いねぇ」

____延ばせるなら、最初からそうしておけば良いに……全く、頭の固い奴はどうにもならん_____

ぼそりと呟いた声は、幸いなことに、日帝が辛うじて聞けるほどであった。

(人遣いが荒い……)

江戸の、暴君とも形容できるほどの奔放さに若干引いていた日帝だった。


「それじゃ、入ろうかねぇ」

「はい」

「お気をつけて!」

国連の忠告の声を聞きながら、二人は門をくぐった。



「…今からあの英帝に一泡吹かせるのが楽しみでなんねぇ……」


ひっそりとした呟きは日帝の耳には届かなかった。





ありがとうございました!

たまに江戸さんマジで語尾が難しい時があるんですよねぇ……


イ ギ 江 戸 は い い ぞ

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