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いつの間にか、そのまま眠ってしまっていたようだ。蒲団からそっと顔を出すと、並んでキッチンに立つ後ろ姿が見えた。
同じ紫がかった色合いの髪色。マコトは、アトリがカノンを「診てやってくれ」と連れてきた時、すぐに似ていると気付いたが、本人達は全く判っていなかったらしい。
「マコト、なかなか起きないねー」
「俺達が来てから、ずっと忙しいみたいだからね。疲れがたまってたんだろ」
(あいつ、どの口が言ってるんだ。誰のせいでこんなとこで寝てたと……)
反論しようと起き上がりかけたが、アトリが疲れさせたせいだとカノンに説明するのは、保護者としてどうだろう。いや駄目だ。
「起きたら喜んでくれるかな。あたし達で作った朝ごはん」
何かを焼いているジュージューという音。
ベーコンだろうか、いい匂いがしてきた。
「喜ぶだろー。嬉しすぎて泣きながら食べるかも」
二人の、悪戯っぽい笑い声が響く。
まるで、本当の親子のよう。
(随分、人間らしくなったもんだ。初めて会った時は、まるで人形みたいだったけど)
ガラス玉で出来ているように誰の姿も映さない瞳が、虚空を見つめていた。
その瞳がマコトを初めて認識した瞬間のことを、今でも鮮明に覚えている。
物心ついたばかりの頃から、マコトは神童と持て囃されていた。文字、数字、計算式、古代文字、学術用語、全てが教えられれば教えられただけ頭の中に刻み込まれる。
周囲は喜んで、これだけ賢いなら中央の学校に通って偉い人になれるだろうと期待した。
期待に応えて試験に合格し、魔力がない自分が目指せる最高の職業を考えて、医師を目指すことにした。その学校でもスルスル知識を吸収して飛び級を重ね、異例の早さで修了手前まで来てしまった。既に特許も幾つか取得し、卒業後の誘いも引く手あまた。
そこで、ふと立ち止まった。
――あれ?何のために医師になるんだっけ?
オレは、点取りゲームのつもりでここまで辿り着いてしまってないか?
「ごめんねー。迎えに行こうと思ってたんだけど、ちょっとアクシデントがあって」
マコトの父の姉、シノブおばさんは、申し訳なさそうにホットミルクの入ったマグカップを差し出してきた。
「病院なんだから、アクシデントは付き物でしょ。それはいいよ」
受け取ったホットミルクを、両手で包み込むようにして手を温める。身体は厚い毛布にくるまれていた。
ようやく身体の震えが収まって歯の根がガチガチ言わなくなってきた。
ここに来る途中で道を間違えて、数時間雪の中を彷徨った。次第に降雪が激しくなって、死を覚悟した。
「まさか街の中の住所だと思って来た場所で、遭難しかけるとは予測してなかったけど」
「敷地が広いから、隣の番地から凄く離れてるんだわー。静かでいいんだけどね」
ここは、シノブさんが院長を勤める病院だ。
病院と言っても、救急で患者を受け入れたり手術をしたりする所ではない。高齢で寝たきりの人、もう余命幾ばくもない人などが最期を過ごす施設だ。
シノブが、マコトが特許を取った医薬品に関して問い合わせてくれたのを、渡りに船とばかりに頼って来た。
修了論文の題材にするという名目で、助手をしながら1ヶ月ほど滞在する予定だ。
「さっそくなんだけど」
身体が温まって毛布を脱いだところに、シノブが職員の制服を渡しながら言った。
「さっき言ったアクシデントのことで、お願いしたいことがあるの」
「?何ですか」
その場で着てきた服をバサッと脱いで着替える。近くで作業していた女性が驚いて二度見してきた。
(あ、違うとこで着替えるべきだったか。まあいいや)
「事故か事件か、まだはっきりしてないんだけど、近くで死傷者が出てね。対応出来るのが、この辺ではうちだけだったから、とにかく生きてる人だけここに搬送したの」
話を聴きながらズボンを履いて、上衣に袖を通す。動きやすそうな生地だ。
「薬の塗布とか包帯とか、その子の世話をお願いしたいんだけど……いい?ここの職員たちは、病院の性質上あんまり怪我の処置に慣れてなくて」
「子供ですか」
「歳は多分、マコトと同じくらい」
「多分て……年齢が本人に聞けないような状態なんですか?」
何だか言いにくそうに目を伏せて、着替え終わったマコトを促す。
「実際に見た方が早いわ。ついてきて」
シノブの後に続いて、廊下を歩く。
車椅子の人も多いからか、ゆったりした広さの廊下だ。窓も広く、そこから見える雪景色も美しい。
幾つか角を曲がって、人通りが少ない区画に来た。
「ここよ」
患者のネームプレートもない病室の扉を、シノブはノックせずに開けた。
白い部屋だった。普段はカーテンで光を遮ってあるのだろうが、それが完全に開け放たれているせいで、眩しいくらいに真っ白だ。
セミダブルくらいの大きさの、白い ベッドの真ん中に、ポツンと人が座っていた。
(人……だよな?)
予告なく二人が入ってきても、こちらに顔を向けようともしない。反応したかも分からない。
ベッドサイドまで近付いて、声をかけてみる。
「こんにちは、はじめまして」
長めの前髪。端正な横顔だった。返事は返って来ない。
「あのー……」
「マコト」
更に何か言おうとしたのを、シノブに遮られる。彼女は首を横に振っていた。
「ここに来てからずっと、この状態なの。何も反応しない」
持ってきたカルテを渡されたので、読んで見る。 両手と、背中に裂傷。頬に擦り傷。
「この子だけ格段に軽傷だし……みんな気味悪がって、世話をするのが怖いって」
シノブは、マコトの肩に手を置いた。
さすがこの病院を切り盛りしている者だ。有無を言わせない圧を感じさせる笑顔で念押ししてきた。
「マコトはそんなこと言わないよね?」
頷くしかなかった。
コメント
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第9話読み終えたよ!冒頭のアトリとカノンの朝ごはんシーンがめちゃくちゃ温かくて、昔は人形みたいだったアトリが「人間らしくなった」ってマコトが感じるところにじんときた。回想パートでマコトの「点取りゲームでここまできた」感覚、すごくわかるな…。そして最後の白い部屋の無反応な子。何か過去があってああなったんだろうな。続きがめっちゃ気になる!おばさんの圧も強かったけど(笑)、マコトの対応にも期待してる🔥