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月城 蓮桜音
4,944
ふわもちお餅
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彼は身元が判るものを何一つ持っていなかったという。
その上、この無反応だ。これでは、名前も何も尋ねようがない。
「ご飯持ってきたよー。食べるー?」
反応がない相手とは思っていても、律儀に声を掛ける。
調理場の人にお願いして、誤嚥しないよう細かく柔らかく煮たお粥を分けて貰った。
これを食べてくれないようだったら、栄養の摂らせ方を他に考えなければならない。
「食べてね。はい、あーん」
乳児に離乳食を与える要領で、下唇にスプーンをあてがう。
お粥が入ると、口が咀嚼するように動いた。
「お」
嚥下するまで見届け、次の1匙。食べた。
「……何だか可愛く見えてきたな」
繰り返していくうちに、段々と情が芽生えてきた。親鳥の気持ちとでも言おうか。
持ってきた分を完食した彼の口の周りを拭いて、食器を下げに廊下に出た。
「凄いわね、マコト」
いきなり声をかけられる。シノブがドアの隙間から覗いていたらしい。
「厄介ごとを押し付けたみたいになったから、心配で様子を見に来たんだけど、大丈夫そうね。こんなに時間かけて食べさせるなんて、凄い根気」
正面きって褒められると、何だかむずむずする。照れ隠しのように話題を変えた。
「で、身元の手掛かりとかの進展はありましたか?」
シノブは首を横に振る。
「山を1つ越えたとこに児童養護施設があるから、そちらの子じゃないかと問い合わせてみたんだけど、そこで預かってるのは13歳くらいまでだし、みんな揃ってるって」
「そうですか」
今頃、家族が心配しているのでは。ご飯作って待っているのでは。そう考えていたら、唐突にマコトのお腹が鳴った。シノブが吹き出した。
「自分の食事はまだだったのね。ちょうど良かった。夕食食べながら、マコトが作った新薬の話をしてくれない?」
包帯を替えたり、寝る前の世話を諸々終わらせて、少年を蒲団に横たえる。
背中の裂傷に当たらないように横向きに寝かせ、試しに瞼を閉じさせてみる。そのまま動かなくなったので、息をしているかこわごわ確認した。
すやすやと、規則正しい寝息のようだ。
「……おやすみ」
彼の頭を撫でる。すっかり親の気分だ。
白に近い金色の髪。よく見ると、少し紫色がかっている。
今夜のところは、自分もこの部屋に泊まって様子を見ることにした。簡易ベッドを用意して貰ったが、寝心地は悪く無さそうだ。
――治療の計画を作らないといけない。
この後も周囲に反応しない状況が続くとなると、いずれは他の人にも看護をしてもらわないと。
そんなことを考えながら、マコトは眠りについた。
翌朝。
目を開けると、隣のベッドが空っぽだった。
「――は?!」
がば、と身を起こして周囲を見回す。
蒲団から出てみたらやたらと寒い、と思ったら、大きい窓が全開だった。
まさかと思い、窓の側まで行って外を確かめる。ここは一階なので、窓の向こうはすぐに中庭だ。雪の上――積雪は15cmほどだろうか――に、足跡が残っていた。
少年は上着など持っていない。入院着一枚で外に出て行ったことになる。
マコトは自分はジャケットを着て、急いで足跡を追って窓から出た。
幸い、少年は 中庭の真ん中にある大樹の下でぼんやり佇んでいるのを、ほどなく発見出来た。
「こら、そんな薄着で雪ん中に出るなんて風邪ひくぞ」
大慌てで駆け寄る。
積もった雪の中に石でもあったのか、盛大につまづいてダイブしてしまった。
「……サイアク」
呟いたマコトの頭上に、影が落ちた。見上げれば、少年が上から覗き込んでいた。室内では判らなかったが、薄い紫色の瞳をしている。ガラス玉のように透き通った、何も映っていない瞳。
「あ、大丈夫。つまづいただけ」
心配もなにもしていないだろうが、一応そう言って起き上がろうとする。
その時、更に木の枝に積もっていた雪が纏めてボスっ、と狙ったようにマコトの上に落ちて来た。
「ぐふっ……」
奇妙な声を発したが、もう一度倒れ込むのを何とか堪える。
薄着の彼にも雪がかかっていたら可哀想だ。すぐに確かめないと、と顔をそちらに向ける。
紫色の瞳が、マコトを見ていた。
さっきまでとは違う。人形のような顔に、生気が宿ったのを感じた。
目が合った。初めて。
彼は目を見開いて、小さく息を吐いたあと、
「ふっ…あははははっ」
声を出して笑った。口許に覗く歯並びが綺麗だ。
「そんなに笑う?」
初めて聞く声が嬉しいのと、情けない姿を見られたのが恥ずかしいので、顔に熱が集まってくるようだった。
「だって、変な声っ…」
よほどツボだったのか、腰を曲げて更に笑い続ける。待ちきれなくなって、マコトは着ていたジャケットを彼の肩に掛けた。
「あれ」
きょとんとして自分に掛けられた物を見る。
「寒いから、もう部屋に戻ろう。おまえ裸足だし」
ここに至って、ようやく自分の今の格好に気付いたようで、申し訳なさそうな表情になって同意する。
「……さむいね」
「背負ってってやるから、乗って」
マコトは背中を向けて腰を低くした。少年は、素直にそれに従った。
雪の上を、自分達の足跡を辿って部屋まで戻る。
何とか転ばずに病室に戻ることが出来て、マコトは安堵の息をついた。
「運んでくれてありがとう。お疲れ様でした」
少年は、ぽんぽんとマコトの背中を叩いて労ってくれた。
(あ、結構いいやつかも)
「そういえば、名前とか思い出せる?あ、オレはマコトっていいます」
少年は一瞬、人形のような無表情になってから、こう答えた。
「俺はアトリ。たぶん」
コメント
1件
あ、これすごく良かったです!まず「変な声っ…あはははっ」って笑うシーン、そこまで無反応だったアトリが初めて声を出した場面が本当に鮮やかで、読んでてじんわり来ました。マコトの親鳥気分と、背負って帰る優しさも素敵。たった一言「たぶん」で名前を名乗るところ、もう続きが気になって仕方ないですね。