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「……少し待ちなさい」
源一郎が奥から持って戻ってきたのは、あの翠が凪に触らせた古びた写真帖だった。
凪の身体が硬直する。
源一郎がページをめくると、若い頃の美しい母親の姿が現れた。源一郎は、愛おしそうにその写真を指でなぞる。
「ひろ子は病弱だった。だが、どうしても二人目の子が欲しいと譲らなかったんだ。わしがもっと強く止めていれば……こんなことにはならなかった」
「……母上が、私を望んだ……?」
「そうだ。自分の命と引き換えにしてでもお前が欲しいと。だから凪が生まれた時、ひろ子とわしは心から喜んだ。神様に感謝したよ。しかし──」
写真帖をめくっても、もう母親の写真の続きはなかった。
「わしは自分を責め続けてきた。子供たちから母親を奪ってしまったのは自分だと。……凪にどう接していいかもわからなくなり、本当にお前に寂しい思いをさせてしまった」
源一郎はギュッと目を閉じ、項垂れた。そして、ゆっくりと凪を見つめ直した。
「凪。お前は心から望まれて、この家に来た子だ」
凪の涙が止まらない。
「私……心から、望まれていた……?」
「くっ……う、ううっ……!」
溢れ出す感情の堰が切れ、凪は両手で顔を覆って号泣した。
「父上っ……本当のことを教えてくれて、ありがとうございます……っ!」
源一郎の言葉には、嘘偽りのない真実の響きがあった。
あの時、写真帖の傷から読み取った強烈な後悔──それは『凪を産んだこと』への後悔ではなかった。母を死なせてしまった自分自身への、源一郎の後悔の念だったのだ。
(傷を読んだのに……私は、読み間違えていたんだ……!!)
凪にとって、それは世界がひっくり返るほどの衝撃だった。
「だから凪、安心して……安藤家に帰りなさい」
源一郎の分厚い手が、凪の肩をそっと包み込む。父親の体温が、服越しにじんわりと伝わってきた。
(父上の手は……こんなにも温かかったんだっ!)
長年、自分を縛り続けていた氷のような冷たさが、すうっと溶けていく。
凪は何度も頷き、濡れた目元を溢れる涙ごと強く拭った。
「父上……ありがとうございます。私、胸の中が……すっかり晴れました」
「そうか……その顔が見られただけで、わしは十分じゃ」
源一郎は目を細め、静かに何度も深く頷いた。
凪は、幼い頃から冷たい場所だと思っていたこの家が、今はもう、少しも怖くなかった。
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