テラーノベル
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サンダリオス家のリビングは、朝の光が差し込んでいるのに、
まるで時間が止まったように重かった。
冷蔵庫の扉が開かれる小さな音。
エリザが、果実となった息子をそっと取り出し、
キッチンのカウンターに置いた。
表面の白緑のカビが、朝日を受けてかすかに輝く。
甘い、未知の香りが、部屋にゆっくり広がっていく。
パイオニアは、壁に寄りかかり、
煙草をくわえたまま、
長い沈黙の後、
低く、しかしはっきりと言った。
「食べよう。
果実になったレクトへ、最大限の愛情を注ぐために。」
エリザとルナが、同時に顔を上げる。
「うん、やっぱそうだよね父さん」
ルナは頷く。
パイオニアは煙草を灰皿に押しつぶし、
ゆっくりと息を吐いた。
「ただ冷蔵庫にしまっておくだけじゃ、
彼は『物』になってしまう。
俺たちの息子として、
最後まで、
家族の中にいてほしいんだ」
エリザの目から、涙が一筋落ちた。
でも、彼女はすぐに頷いた。
「……そうね。
私も……そう思うわ」
ルナは拳を握りしめ、
唇を強く噛んだ。
「……私も……する。
最後まで、
みんなの中に残した方がいい」
三人は、
その日の午後、
セレスティア魔法学園の寮へ向かった。
ヴェルの部屋では、
左腕を失ったヴェルがベッドに横になり、
カイザ、ビータ、ミラ、フロウナ先生、アルフォンス校長が、
静かに寄り添っていた。
誰も言葉を発しない。
ただ、
空気が重く淀んでいる。
ドアをノックする音。
エリザ、パイオニア、ルナが入ってきた。
部屋の空気が、さらに重くなる。
パイオニアが、
まず深く頭を下げた。
「みんなに……お願いがある」
ヴェルが、ベッドから体を起こす。
包帯が痛々しい。
「……何ですか?」
パイオニアは、
みんなの目を見回し、
ゆっくりと言った。
カイザが、即座に立ち上がった。
「は!?
何言ってんだよ!
あいつを……食べる!?
ふざけんな!
あいつはまだ……まだ、俺たちの友達だぞ!?」
声が荒くなる。
拳が震えている。
ビータは冷静に、
しかし瞳が揺れながら言った。
「……理論的には、可能だ。
果実化は進行しているが、
毒性はない。
でも……感情的に、受け入れられるか?
友達を食べるなんて……!!
あなた達にとっては家族でしょう……!」
ミラは無言で目を伏せ、
ただ小さく息を吐いた。
ヴェルは、左腕の切断面を押さえ、
涙がにじむ。
「……私……
何もできなくて……
食べるなんて……
大好きだったのに……
そんなの、できる気が……………」
フロウナ先生は白衣の袖を握りしめ、
校長は髭を震わせて目を閉じた。
パイオニアは、
膝をつき、
ヴェルの前に座った。
「彼の最後の姿を、
愛情に変えてあげてくれ。
ただ置いておくより、
みんなで味わう方が、
彼は喜ぶと思う……
俺は、そう信じている」
エリザが、
ヴェルの手を握った。
「私たち家族は、
彼を失った悲しみを、
もう涙だけでは出せない。
だから……
彼を『食べる』ことで、
彼を、
私たちの中に残したいの
腐らせたくないの……!」
ルナは、ヴェルの隣に座り、
震える声で言った。
「……私も、怖いよ。
でも、お父さんの言葉を聞いて……心の準備はできた。
レクトはいつも『フルーツはみんなで食べよう』って笑ってたよね。
だから……最後も、
みんなで食べたい
正解なんてきっと無い、
どこにもないし何が正しいかも分からないけどさ
放置することだけは、レクトも嫌がると思う」
長い沈黙。
カイザが、壁を拳で叩いた。
「……くそっ……
わかったよ……
俺も……参加する。
焼き果実にする。
あいつの元気な味を、
熱々で残してやりてぇ……」
ビータが、静かに頷いた。
「……俺は、
ゼリーに。
彼の澄んだ部分を、
透明に閉じ込めたい」
ミラは小さく、
「……ブランデー漬け。
少しだけ、大人になった彼にしたい」
ヴェルは、
涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、
震える声で言った。
「……ムースに……する。
レクトの軽やかさを、
ふわふわに……
う、うう、ぅっ……!」
フロウナ先生と校長も、
静かに頷いた。
「飴細工に……彼の輝きを」
「ワインに……魂を」
パイオニアは、
みんなの顔を見て、
初めて、
ほんの少しだけ息を吐いた。
「……ありがとう。
みんなで、
こうして、
みんなはサンダリオス家に向かった。
キッチンは、
すぐに活気づいた。
エリザは、
涙目になりながら果実を丁寧に洗い、
種を一つ一つ取り除きながら、
鍋に火をかけた。
「ジャムにするわ。
レクトの甘さを、 愛おしさを、
ずっと保存できるように……
煮詰めるとき、
彼のことを、
たくさん想うの」
パイオニアは、
果実を薄くスライスし、
一つ一つを丁寧に並べ、
砂糖とワインを加えて煮始めた。
「コンポートだ。
柔らかく、
優しく、
レクトの温かさを残す。
煮上がるまで、
俺はここにいる」
ルナは、
タルト生地を伸ばし、
生地を丁寧に型に敷き、
果実を美しく並べていく。
「タルトレット。
サクサクの皮に、
レクトの甘酸っぱさを閉じ込めて……
焼ける匂いが、
彼の笑顔みたいになるように」
ヴェルは、 ムース。
左腕の包帯を気にしながら、
果実を泡立て器で丁寧に潰し、
クリームと混ぜ合わせた。
「泡立てるたびに、
レクトが『おいしそう』って言ってくれそう」
カイザは、 焼き果実。
果実を丸ごとオーブンシートに並べ、
砂糖を振って焼き始めた。
「焦げ焦げになっちゃったら、
あいつ小馬鹿にして笑ってくれかな。」
ビータはゼリー。
煮汁を丁寧に濾し、
果実を型に流し込み、
冷やし始めた。
「ゼリー。
澄んだ彼の記憶を、
そのまま……
固まるまで、
じっくり待つ」
ミラは、 ブランデー漬け。
果実をブランデーの瓶に沈め、
蓋を閉めた。
「……時間かけて、
味を深くする」
フロウナ先生は、
果実を細かく刻み、
飴を溶かして糸を引かせ、
繊細な飾りを作り上げた。
「レクトくんはいつだって眩しかった。
彼の輝きを残すように……
細かすぎて、手が震えるけど」
校長は、 フルーツワイン。
果実をワインの瓶に漬け、
ゆっくりとかき混ぜた。
「彼の魂を、
少しずつ、
味わえるように……
発酵が終わるまで、
待つよ」
キッチンは、
甘い香りと、
鍋の音、
オーブンの温もり、
みんなの息遣いで満たされた。
誰も、
泣かなかった。
ただ、
集中して、
手を動かし続けた。
それは、
悲しみを、
悔しさを、
絶望を、
形にする作業だった。
そして、
広間には、
それぞれ並んだ。
暖炉の火が優しく揺れる。
みんながテーブルを囲む。
エリザが、
静かに言った。
「みんな…… 手を合わせましょう」
全員が、
同時に声を揃えた。
「……いただきます」
お茶会が、
始まった。
次話 3月7日更新!
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