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憂海歌
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Haru
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心
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付き合い始めて、数日。
二人の関係は、周りから見ればほとんど変わっていなかった。
練習中は今まで通り。
みんながいる場所では、祐希は「大塚」と呼ぶし、達宣も「祐希さん」と呼ぶ。
話す内容だって、これまでと大きくは変わらない。
ただ、二人きりになると。
ほんの少しだけ、空気が違った。
「大塚、これ飲む?」
「え、いいんですか?」
「うん」
「ありがとうございます!」
ペットボトルを受け取って、達宣は笑った。
祐希は、その顔を見ている。
付き合う前から何度も見てきた笑顔。
でも今は、それが自分の恋人の笑顔なのだと思うと、どうしようもなくうれしかった。
もちろん、顔には出さない。
「……祐希さん?」
「ん?」
「なんか、見てません?」
「見てたよ」
「なんで!?」
「大塚が笑ってたから」
「……っ、そういうの、さらっと言わないでください!」
達宣は顔をそらした。
祐希は笑いをこらえる。
以前なら、達宣が照れている理由を考えすぎないようにしていた。
今は、少しだけ違う。
自分の言葉で照れてくれることが、素直にうれしい。
それでも、からかいすぎないように気をつけていた。
「ごめん。嫌だった?」
「……嫌じゃ、ないですけど」
「そっか」
祐希は、それ以上は何も言わなかった。
達宣は横目で祐希を見る。
「……祐希さん」
「うん?」
「……ゆう、きさん」
呼び方はいつもと同じなのに、なぜか最後のほうが小さくなった。
祐希は、思わず笑みをこぼした。
「なに?」
「……呼んだだけです」
「うん」
「……だめですか?」
「だめじゃないよ」
祐希は、少しだけ声を柔らかくした。
「呼んでくれてうれしい」
達宣は、もう何も言えなくなった。
付き合う前から、祐希は優しかった。
でも今は、その優しさを受け取るたびに、恋人なのだという事実を思い出してしまう。
うれしい。
恥ずかしい。
でも、離れたくない。
達宣は、そっと祐希の隣に座り直した。
肩が触れそうな距離。
祐希は気づいていたけれど、何も言わなかった。
ただ、達宣が落ち着いて座れるように、少しだけ自分の体勢を変えた。
その自然な気遣いが、達宣にはうれしかった。
しばらくして、祐希が静かに呼んだ。
「……たつのり」
達宣の肩が、ぴくっと跳ねた。
「……え?」
「たつのり」
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
祐希は笑った。
「嫌だった?」
「嫌じゃないです! 嫌じゃないけど……!」
達宣は両手で顔を覆った。
「……急に呼ぶから……」
「うん。ごめん」
そう言いながらも、祐希の声には少しだけ笑みが混じっていた。
「……たつのり」
「祐希さんっ!!」
「はいはい」
祐希は、それ以上は呼ばなかった。
達宣が本当に困っているわけではないことはわかっていた。
でも、照れているのを見ていたい気持ちと、困らせたくない気持ちは、どちらも本当だった。
だから、今はここまで。
達宣はしばらく顔を隠していたけれど、やがて指の隙間から祐希を見た。
「……もう一回、呼んでいいですよ」
小さな声だった。
祐希は、今度こそ驚いた。
「……いいの?」
達宣は赤い顔のまま、こくんと頷く。
祐希は、ゆっくり笑った。
「たつのり」
「……はい」
返事まで、いつもより小さかった。
その声を聞いて、祐希は胸の奥がいっぱいになった。
ずっと、こうして呼んでみたかった。
でも、それを望んでいいのか、わからなかった。
今はもう、いいのだ。
達宣が自分の隣にいてくれる。
自分を好きだと言ってくれた。
そして、自分の呼び方ひとつで、こんなにも照れてくれる。
祐希は、幸せだった。
達宣はまだ顔を赤くしたまま、祐希の肩にほんの少しだけ寄りかかった。
「……祐希さん」
「うん?」
「……これからも、よろしくお願いします」
祐希は、そっと達宣のほうを見た。
「こちらこそ」
それから、いつもの落ち着いた声で付け足す。
「……これからも、いっぱい話そうね」
達宣は、今度は顔を隠さずに笑った。
「はい!」
その笑顔を見ながら、祐希は思った。
恋人になっても、きっと毎日は大きく変わらない。
これからも、隣に座って話をする。
くだらないことで笑う。
疲れた日は、無理せず一緒に休む。
そうやって少しずつ、二人にしかわからない時間を増やしていく。
今までだって、十分幸せだった。
けれど、これからは。
「もう少し、一緒にいて」と願うだけじゃなく。
「これからも一緒にいよう」と、二人で言える。
祐希は、隣にいる達宣を見て、静かに笑った。
「たつのり」
「….はい」
「好きだよ」
達宣は、また真っ赤になった。
「……っ、俺も好き、です……」
その声を聞いて、祐希は今度こそ、隠しきれないほどやさしく笑った。
二人の時間は、まだ始まったばかりだった。
コメント
2件
更新ありがとうございます‼️‼️ 毎回でしつこいかもしれないですがほんとに書き方だいすきです😇😇