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「婚約の件、誠におめでとうございます」
翌朝。
エドワルドは、いつもと変わらぬ声でそう言った。
その完璧な騎士の顔に、昨日の怒りはもう見えない。
「……心にもないことを」
「事実です」
「わたくしが幸せになると、本気で思っているの?」
問いかけても、彼は視線を落としたまま。
「王女の幸福は、国の安寧にございます」
またそれ。
国、責務、役目。
「あなたはどうなのですか」
思わず口にしていた。
「あなたは……わたくしが他の男の隣に立っても平気なの?」
沈黙。
空気が痛いほど張り詰める。
やがて彼は静かに答えた。
「私は、姫の剣です」
「それしか言えないの?」
一歩近づく。
彼は動かない。
「わたくしはあなたが好きです」
はっきりと、もう一度。
「子どもの頃から、ずっと」
初めて剣を振るう姿を見た日。
怪我をしても笑っていた日。
わたくしの涙を拭ってくれた夜。
「あなた以外の人の妃になるなんて、耐えられません」
エドワルドの喉が上下する。
だが__
「……お忘れください」
「忘れません!」
声が震える。
「わたくしは王女である前に、一人の女性です!」
その瞬間。
彼の手が伸び、わたくしの腕を掴んだ。
強く。
壁へと追い詰められる。
「……それ以上、仰らないでください」
低く、かすれた声。
こんな声、初めて聞いた。
「私は理性を保つ自信がありません」
胸が高鳴る。
彼の顔が、近い。
あと少しで唇が触れる距離。
「理性など、いりません」
囁くと、彼の瞳が揺れる。
けれど次の瞬間。
彼はぱっと手を離した。
「……失礼いたしました」
背を向ける。
その背中が、こんなにも遠い。
「あなたは臆病です」
わたくしの言葉に、彼の肩がわずかに震えた。
その日の夜。
不穏な気配が城を包んでいた。
「姫、今宵は部屋から出ないでください」
「何かあるの?」
「警備が強化されています」
彼はそれ以上言わない。
だが、廊下の奥で小さな悲鳴が聞こえた。
「……エドワルド?」
次の瞬間、扉が乱暴に開く。
黒装束の男たち。
「王女を連れていけ!」
悲鳴を上げる間もなく、腕を掴まれる。
「離しなさい!」
抵抗するが力が違う。
そのとき。
鋭い剣閃。
「姫に触れるな」
エドワルド。
まるで嵐のように敵を薙ぎ払う。
血が飛ぶ。
金属がぶつかる音。
彼は迷いなく斬り伏せる。
わたくしの前に立ちはだかる背中。
「怪我は!?」
「……ありません」
膝が震える。
彼が振り向いた瞬間、わたくしは思わず抱きついていた。
「怖かった……」
胸に顔を埋める。
鎧越しでも伝わる体温。
彼の腕が、ためらいがちにわたくしの背へ回る。
「……無事で、良かった」
その声は、震えていた。
「わたくしを失うのが、怖いのですね」
彼の腕が、強くなる。
「当たり前でしょう」
はっとする。
彼自身も驚いたように、息を呑む。
「今、何と?」
問いかけると、彼は目を閉じた。
「……私は」
苦しそうな表情。
「あなたが他の男の手を取る未来を想像するだけで、正気を失いそうになります」
胸が跳ねる。
「ですが、それは許されない」
「誰が決めたのです?」
「身分が」
「そんなもの__」
彼の頬に触れる。
温かい。
「わたくしが壊してみせます」
エドワルドの瞳が、大きく揺れた。
「姫……それ以上は」
「好きです」
もう一度。
「あなたが、好き」
沈黙。
長い沈黙。
そして。
彼はゆっくりと、わたくしの頬に触れた。
手袋越しではない、素手で。
「……触れてはいけない」
そう言いながら、指先は優しい。
「あなたは私を狂わせる」
「では、狂ってください」
一瞬。
本当に、口づけが落ちると思った。
けれど__
コンコン、と扉が叩かれる。
「姫!ご無事ですか!?」
兵士の声。
エドワルドははっとして距離を取った。
「……申し訳ございません」
また敬語。
また騎士の顔。
けれど、もう知ってしまった。
彼の本心を。
侵入者の件は、隣国の刺客の可能性があるという。
つまり。
わたくしは狙われている。
そして翌日。
さらに衝撃の報せが届く。
「レオニード王子が、予定を早めて王都に来訪されます」
早すぎる。
まるで、何かを確かめに来るように。
窓の外を見る。
不穏な風が吹いている。
エドワルドが低く呟いた。
「必ず、お守りします」
その言葉に、わたくしは小さく微笑んだ。
(守られるだけでは、終わりません)
あなたの隣に立つ。
騎士と姫ではなく__
愛する者として。
そして。
レオニード王子の馬車が、王都へと入った。
波乱の幕開け。
__続く。