第3話 初めての力
持田理世、ごく普通の大学生。
――だったはずが、いきなり見ず知らずの場所に飛ばされたと思ったら。
「――僕に、君の力を貸してほしい」
などと、見ず知らずのキレイな顔と髪の青年に真剣に頼まれた。
(……え、っと……どういうこと?)
そう思うだけで、何も言えない理世。
反応がない理世を少しの間見守った後、青年は続けて口を開いた。
「僕は、ジェイド。この「マギラクル王国」の第三王子」
「……お、おうじ……!?」
(いきなり知らないところに来たと思ったら、王子って……今流行りの小説とかマンガみたいなんですけど!?)
理世の趣味は、読書であった。
「それで、り……いや、君の名前は?」
一度咳払いすると、青年――ジェイドはそう尋ねた。
「も、持田理世、だけど……」
「理世……今の君には特別な力がある」
(唐突! ほんとにマンガみたい!)
現状に適応しつつある理世は、「読んだことのある物語」に似た状況にテンションが上がっていた。
「本来、僕たちマギラクル王族にしか宿らない力が、君には宿っているんだ」
「……ん?」
続くジェイドの言葉を聞いて、理世は突然冷静さを取り戻した。
「その力を、僕に貸して――」
「――なんか、おかしくない?」
ふと覚えてしまった違和感が、理世の口を開かせた。
(何がどうって言われると困るけど……でもなんか、この人の説明の順番は……変だ)
「……おかしい、というのは?」
ジェイドに先を促される。
理世は自分でも理解しきれていない違和感に、一番近い疑問を口にした。
「……なんで私に、この国の王様になれる力があるってわかるの?」
その言葉に、ジェイドが苦笑する。
「……本来、僕が継承するはずの力だったからね。それが、手違いで君の身体に宿ってしまったんだ」
「それは、答えになってないような……」
「でも、君がその力を持っているのは事実だよ」
目の前にいるジェイドの目は真剣で、とても冗談を言っているようには見えない。
「そんなこと、言われても……」
「僕の言う通りにしてみて」
「え」
「まず目を閉じて、周りに向く意識を少しでも遮断するんだ」
渋々、理世は目を閉じる。
「それから、自分の内側に意識を集中させる」
「じ、自分の内側って言われても……」
「答えなくていいから、集中して」
ぴしゃりと言われ、今度こそ理世は口を閉じた。
(……内側に集中する……考え事する感じ? なら今まで何度もやってきたけど……)
などと思っていたが、だんだん内心での言葉が静かになっていく。
そして代わりに――理世が今までに感じたことのないものを、感じた。
無理矢理何かに例えるなら、「熱」だ。
あたたかいというには強い熱量を持った「何か」が、理世の内側に確かに存在する。
その「熱」に気づいた理世は、意識をそこに集中させる。
すると、その「熱」は身体を巡り――左目辺りに集まっていることに気づいた。
(熱くは、ない……ね?)
そんなことを思った瞬間、理世はゆっくり目を開けた。
「……」
目の前には、石畳の冷たい場所に一人たたずみ、理世のことをじっと見守るジェイドの姿がある。
「……え?」
だが理世の左目は、別の場所が見えていた。
青空に白い雲が流れ、背の高い木々が立ち並ぶ森。
その開けた場所に、今理世たちがいる石造りの壁や天井と同じ材質の建物が見えた。
(これ……もしかして、この建物の外の様子?)
「僕やこの場所以外のところが……見えたんじゃない?」
「!」
「それが、君に宿った力――〈時空魔法〉の一つだよ」
「じくう、まほう……」
「今君の左目には、君の魔力で作られた〈片眼鏡〉がある」
「い、言われてみると……丸いフチができてるような……」
「その魔法は、その場にいなくても色々な場所を見通すことができるものだね」
「〈時空魔法〉の一つ……ってことは、他にもあるの?」
「そうだよ。いずれ使えるようになる」
「そ、そう……」
「それでね、理世――改めて、お願いするよ」
ジェイドの声の調子が変わった。
そこに意識が引っ張られたからか、左目にフチを作っていた〈モノクル〉が消えた。
「――その力を僕が引き継いだことにするために、力を貸してほしい」
「……ん?」
ようやく「どう力を貸してほしいのか」が明らかになったが――理世の頭に疑問符が浮かぶ。
「さっき話したよね、その〈時空魔法〉は、本来僕たちマギラクル王族に宿るはずの力だって」
「う、うん」
「だから、王族にとってその魔法を使えることは重要なんだ――王位継承権を得られるほどにね」
「! あなたが引き継いだことにすれば……」
「そう、僕が次の王になれる」
「でも、私が使えることになると……」
「色々と、面倒なことになるね」
理世の言葉に返していくジェイドが、ふと困ったように笑う。
そんなジェイドを見て、理世は引っ掛かりを感じていた。
「……あの」
「なに?」
「なんでそんなに、冷静なの……?」
「冷静?」
「王位継承できる力を、関係ない私が持ってるなんて大問題過ぎるはずなのに……その割に、妙に受け入れ態勢だなーって」
ようするに、理世の警戒心が働いたのだった。
「……」
それがジェイドにも伝わったようで、穏やかな笑顔がふと陰った。
疑われたことに傷ついたような、だが単純に傷ついただけとも違うような――
(なんか……言えない何かがある顔……)
理世はそれを責める気にはなれなかった。
(この人も、言いたくても言えないこと……たくさんあるのかな)
理世自身にも、覚えがあった。
そんな共感にも似た思いを抱いていたが――
「僕が、なぜ冷静に君に協力を求めるか。それはね――」
次の瞬間、ジェイドから陰のある笑顔が消えた。
代わりに現れたのは――
「君は、僕に協力するしかないからだよ」
口の端を上げ、皮肉たっぷりの笑みだった。
誰がどう見ても、豹変したようにしか見えないジェイドだったが――
「……」
理世は何思ったのか、そんなジェイドをただじっと見つめていた。
次回へつづく
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