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コメント
5件
なんだろ....なんか、司書さんが主人公ちゃんに、 貴方の現実はもう必要ありません。ずっとここの図書館で過ごせばいいのです。 って言ってるみたいに感じた。 もしかしたら司書さんは、ずっと独りで、ずっと寂しい思いをしてたのかな
𓏸解説
『夢を預かる図書館』
眠れなくなったのがいつからだったのか思い出せない。
夜になると身体は横になっているのに
意識だけが浅瀬を漂い続けて朝が来る。
三日目の夜、目を閉じた瞬間、
足元の感触が変わった。
固く、冷たい。
床だと理解した時、私は既に立っていた。
目の前にあるのは図書館だった。
天井は高く、
どこまで続けているのかわからないほど
本棚が並んでいる。
照明は柔らかいのに影だけが濃い。
「……夢?」
声に出したつもりが音はほとんど残らなかった。
「いえ」
いつの間にか
カウンターの向こうに人が立っていた。
司書だ。
年齢も性別も曖昧で、
表情が妙に整いすぎている。
「ここは、夢を預かる図書館です」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥が少しだけ軽くなった。
説明がついた、と思ったのだ。
本棚に並ぶ本はどれも無知の表情だった。
背表紙にだけ名前が書いてある。
知らない名前、
見覚えのある名前、
読めない文字。
試しに1冊手を取る。
ページを開いた瞬間、視界が歪んだ。
誰かの夢の中に落ちる。
夏の匂い、
鳴き声、
言えなかった言葉。
感情だけが鮮明で、理由はわからない。
本を閉じると図書館に戻っていた。
「……すごい」
思わずそう漏らすと、司書は静かに頷いた。
「夢は感情の保存庫ですから」
それから私は何冊も読んだ。
ここでは心がちゃんと動く。
現実よりずっと。
異変に気づいたのはいつだっただろう。
帰り道を思い出せなくなった。
年齢が曖昧になった。
自分の声が、
録音された他人の声みたいに聞こえる。
それでも私は通い続けた。
眠れない理由をもう覚えていなかったから。
ある日、ひどく薄い本を見つけた。
背表紙に書かれた名前を見て指が止まる。
__私の名前だ。
ページのほとんどは白紙だった。
夢の気配も映像もない。
最後のページだ、文字があった。
「貴方は、ここに逃げてきた」
逃げてきた。
何から?
考えようとした瞬間、頭の中に霧がかかる。
重要だったはずの何かが、
手の届かない場所へ滑り落ちていく。
「……ねぇ」
司書を見た。
「私、何から逃げてきたんですか」
司書は少しだけ、困ったように首を傾げた。
「それは、もう預かっています。」
その言葉で全てが落ちた気がした。
私は本を返した。
正確には返そうとした。
「もう返す現実が、ありません」
司書は淡々と告げる。
次の瞬間、視界が暗転する。
意識が神のように薄く伸ばされていく感触。
__そして。
私は棚の一部になった。
無地の表紙。
背表紙には、確かに私の名前がある。
誰かが、いつかこの本を手に取るだろう。
理由もわからないまま、感情だこを追体験する。
それでいい、と本は思った。
眠れない夜に、
逃げ場がひとつ、増えるのだから。