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・【06 シノアイさん】
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「カメレオン! 行くぞ! エイエイオー! だろ!」
そう、急に叫んだ真澄に僕は、
「早いんだって、ならば呼吸を合わせる間を持たせなよ」
「速いって猫かよ! その話好きだな!」
「真澄が喋っていただけで、僕には全然響いていなかったよ」
そんな会話をしながらカメレオンへ小走りで行った。
というか真澄の小走りは僕にとっての大走りなので、ついていくことが大変だった。
まあ真澄はケガをしてプロの道が閉ざされたとはいえ、こうやって普通に運動できるくらいなのはいいことだけどもさ。
カメレオンに行くと、当然ながらまだシノアイさんと思われる人は来ていなかった。
だから、
「何で急いだんだよ、絶対僕たちのほうが早く着いちゃうじゃん」
「さがしもの探偵速いんだぁ、と思わせたほうが絶対に良い」
「全然思わないし、さがしもの探偵って継続的にやっていくものじゃないから」
「恥ずかしがり屋だな!」
と真澄がデカい声で僕の背中を叩くと、トマト畑のほうからか細い声がした。
「すみません、恥ずかしがり屋で……」
その声がした方向を見ると、そこには高校生というより、小学生に見える小柄な女の子がいた。
でも服装はうちの制服だ。
ということは、
「シノアイさん、もう来ていたんですね」
「……はい……」
そう答えてから、ゆっくりとこちらに近付き、僕と真澄が座っていたベンチに座った。
僕はてっきり男性だと思って、僕側のベンチを広めに開けていたのだけども、シノアイさんは会釈しながら真澄側に座ったので、僕は席を詰めた。
シノアイさんから何か喋るかなと思って待っていたけども、俯いて黙っているだけなので、僕が喋ることにした。
「シノアイさん、依頼の内容を教えてほしいんですが」
「そんな、依頼なんて、もんじゃないんです、本当に……どんな悩みでも、解決するって、ふれこみだったので……」
……ふれこみ? 僕、別にそういったポスター、電柱に貼ってないけどもな。
シノアイさんの依頼よりも正直”ふれこみ”が気になってしまう。
そんなふれこんだこと、僕無いから。
「ふれこみって何ですか? 何か宣伝バナーでも出ていたんですか?」
「えっ? あの、さがしもの探偵の助手さんがやっている、公式SNSアカウントの、ことですけども……」
「さがしもの探偵の、助手さんが、やっている、公式SNSアカウントの、こと……?」
と僕がオウム返しすると、真澄が笑いながら、
「長いオウム返しだな! 記憶力自慢かっ?」
「いや助手ってつまり、真澄のことだよな」
「ついに認めてくれたか! 記念日だ!」
「いや記念日を作ることに執着している占い好きの女子じゃぁないんだよ、あのな、それって自称としては真澄だよな。さがしもの探偵の助手をしているって、真澄の自称だよな」
「自称というか事実だけどもな! アタシはさがしもの探偵の助手をしています!」
そう言って、拳を天に突きさした真澄。
いや助手ってそんな動作しないから。
覇王が生き様語る時じゃぁないんだよ。
「真澄、もしかすると勝手にSNSアカウントを運用しているのか? 運用しちゃってるのか?」
真澄は優しい、菩薩のような笑顔をした。
いや!
「何もっともっと依頼を、になってるんだよ! もっと光を! みたいに! なってんだよ!」
「でもそっちのほうが効率いいじゃん! 私がデカい声で高校を走り回るよりさ!」
「そりゃデカい声で高校を走り回られるのも困るけども、僕はさがしもの探偵なんてする気無いんだよ」
と僕が語気を強めて言うと、シノアイさんが肩を落としながら、
「すみません……そんなこととは露知らず……」
と言ったので、真澄が俺のほうを睨みながら、
「依頼主を不安にさせるな! 否! 人を不安にさせるな! それは人としてダメだからな!」
「そんな、基本的に真っ当なこと言うなよ。基本的には。いやまあシノアイさん、シノアイさんの物事は取り組みますから、大丈夫ですよ」
「でも……やりたくなかったんですよね……本当にすみません……」
今にも泣き出しそうな瞳で、ぶるぶる震えるもんだから、僕は内心焦ってしまった。
でもその焦りを表面化させると、また問題が出てくると思うので、僕は毅然とした態度で、
「いいえ、大丈夫ですよ。真澄とは丁々発止をしているだけで、実際に本当にさがしもの探偵が嫌というわけではありません。こういう、幼馴染のじゃれ合いみたいなもんですよ。というわけで依頼内容を教えてください」
「……そうだったんですね……!」
シノアイさんは目を輝かせて、こちらを見てきた。
瞳に涙を溜めていたので、なお煌めいて見えた。
それはいい、それはいいんだ、問題は真澄がそれ以上の目で、瞳の奥を燃やしていることだ。
いや違うんだよ、真澄に向けたメッセージじゃないんだよ、真澄へのアンサーソングじゃぁないんだよ。
さがしもの探偵が好き、真澄とのやり取りが好き、じゃぁないんだよ。
いやもういいや、ここ否定したらまたシノアイさんが落ち込んでしまうので、もう今は止めよう。
僕は笑顔でシノアイさんへ向かって頷くと、それに合わせてシノアイさんと真澄が頷いた。
シノアイさんが口を開いた。
「依頼というほどのことじゃないんですけども、私、ネット上での誹謗中傷が怖くて、あっ、私、一応SNSで絵師やっているんですけども、それで応援メッセージももらうんですけども、ほんのちょっとの誹謗中傷とかセクハラが嫌で、でも私は絵を投稿することが好きで、どうすればいいですか?」
すると真澄が得意げに、
「言葉を探すほうのさがしもの探偵だな!」
と言った。
それはまあ無視して、
「まず第一に誹謗中傷はなくならないと思います。こっちのやり方でどうにかなることではないので」
「ですよね……」
とシュンとしたシノアイさん。
それに対して真澄が、
「ちょっと! 嘘でも励ますべきだろ!」
「嘘は普通にダメだろ」
「でもさ、誹謗中傷するヤツが悪いんだから、何かさ! 訴えればいいと思う!」
そう胸を張った真澄。
いやでも、
「そういう情報開示請求とか、やる側が大変らしいから、まず心構えの一つとして誹謗中傷は無くならないと思ったほうがいいと思うんだ」
するとシノアイさんは唇を噛んで、
「そ、そうですよね……」
真澄はう~んと小首を傾げてから、
「じゃあもう打つ手は無いということか?」
「いいえ、こういうことは考え方一つで気持ちが楽になったりするものです。変われるのは常に自分だけですから」
「でも私は……変われそうにないです……誹謗中傷に打ち勝つこと……できないですぅ……」
僕は一呼吸置いてから、喋り出した。
「打ち勝つ必要は無いです。そもそも誹謗中傷に勝つことなんてできませんから。誹謗中傷は言うなれば火炎放射です。掴んで反撃することはできません」
「……じゃあ一体どうすれば……」
「その誹謗中傷という熱を自分の熱量に変えるんです」
ここで真澄が割って入ってきた。
「何だよ、そんな言葉遊びで大丈夫なのかよ!」
「いや僕を言葉遊び川柳オジサンみたいに言うなよ、それか高校サッカー名物監督のモジる標語じゃぁないんだよ、これは」
「本当か? 私の中学時代の監督、熱中の中を忠誠を誓うの忠にして、熱忠にしていて、何か嫌だなと思った記憶が出てきたぞ」
「マジでそういうことじゃないから黙ってて」
そう言われた真澄は雨の日の子犬のような表情をした。
いや『I am sad……』じゃぁないんだよ。
まあ真澄はいいや、話を続けよう。
「誹謗中傷って結局嫉妬なんですよ、こんなに人気者でうらやましいとか、オレだって本当はこれくらい人気なはずなのにおかしいとか。現に、人気の無い時に誹謗中傷って無かったですよね?」
「確かになかったです……」
「誹謗中傷は嫉妬、そして嫉妬は肯定なんです。嫉妬はその人のことを認めているということなので。つまり誹謗中傷も肯定の一つで、ツンデレの応援メッセージみたいなものです。現に興味が無いモノに時間を掛けたりしないじゃないですか。シノアイさんは攻撃的な性格の人にも興味を持たせてしまう魔力を持った絵を描くということですね」
「……そうなん、ですかね……」
「はい、まあそれとは別にただ攻撃がしたいだけのどうしようもないアホもいますが、基本的には嫉妬だと思います。誹謗中傷は嫉妬、嫉妬は肯定」
一応もう一度念を押した。ここが重要なところだから。
そのことに少しは納得してくれたようにシノアイさんは頷いてくれた。
僕は蛇足かもしれないけども、もう少し喋ることにした。
「ありがちな言葉で締めてしまいますが、それ以上の応援がシノアイさんにあると思うので、そちらを大切にしてください。人間である限り、嫉妬は無くなりません。今の時代、その嫉妬を簡単に表に出せるようになってしまいました。ネットを裏だと考えている人が多いんですよね。本当はネットだって表なのに。まあその辺は思想の違いなので、平行線です。それよりもシノアイさんの味方を大切にしてください。僕もシノアイさんの味方です」
シノアイさんは少し微笑んでくれた。それなら良かった。
というわけで、
「辛い食べ物ってシノアイさんが好きなんですよね、作ってきたので一緒に食べましょう」
「えっ……本当に作ってきてくださったんですか……嬉しい……」
すると真澄が偉そうに、
「さがしもの探偵は食事までがセットだからなぁ!」
いや、
「セットというか、最終的には食事だけにしたいんだけどもな」
シノアイさんがちょっと戸惑いながら、
「えっ……やっぱり探偵さん、辞めちゃいたいんですか……」
と言ったので、僕も心の中で盛大に戸惑いながらも、できるだけ表に出さず、
「そういうキャラです、会話の時は、ね!」
と言うと、シノアイさんと真澄がほっこりと微笑んだ。
真澄には響くな、届くな想い。
まあこっちの話はもういいとして、
「では、辛口おにぎらずです」
そう言って僕は包装を解いた。
おにぎらずはもうカットしているので、断面が見えている。
ニンニクの入っていない、手作りのキムチに豆板醤で炒めた牛肉、色合いも考えて焼いた卵も挟んでいる。
硬めに焼いた卵は白身と黄身の色がカラフルに座っている。
基本赤色になった牛肉に優しい白と黄色は対照的なので、映える。
海苔は香りが増すように、一回火で炙って焼きのりにした。
元々焼きのりだったけども、使う前にもそうすることにより、より一層香りが立つのだ。
豆板醤で炒めた牛肉は辛めに、手作りのキムチは少しだけ甘めにした。
その甘めが辛さを引き立てる。
シノアイさんは嬉しそうに、
「SNS映えですね!」
と言ってすぐさまスマホを取り出した。
その間に真澄が急に手を伸ばしたので、
「真澄、これ辛いから」
「そうだった! えっ! アタシの分はっ?」
「まあ真澄も欲しがると思って、辛くないおにぎらずも作ってきたよ」
こっちにはオイスターソースメインで炒めた牛肉に、ゆで卵のマヨネーズ和えとレタスを挟んでいる。
オイスターソースは牡蠣の旨味、そして甘さのある調味料なので、真澄にはうってつけ。
マヨネーズも少し多めに真澄好みにした。真澄しか食べないモノだから。
レタスはほんの少しだけレンジで加熱し、水分を絞ったモノを使用した。
シャキシャキは残しつつも、おにぎらずとしてご飯と合わせるので、水分は抜いておいた。
シノアイさんのおにぎらずと比べて、こちらは牛肉の香りが強め。
真澄は結局ガツガツした肉が好きなので、あえてそういう風にした。
それを真澄に見せると、バンザイして喜んだ。
シノアイさんの表情も目に映って、シノアイさんは微笑ましいといった感じだった。
いや、シノアイさん、僕と真澄は決して付き合っているわけじゃないからね。
そんな”本当に仲が良いんですね”じゃぁないんだよ。
シノアイさんが辛口おにぎらずを撮ると、早速食べ始めてくれた。
小動物のようにチマチマ食べる様子が何だか可愛らしくて、癒される。
対する真澄がバクバク食っていて、大学ラグビーの強豪かよ、と思った。
シノアイさんは頬を膨らませながらも、口を手で隠して、
「おいしいです! キムチのシャキシャキと、牛肉の柔らかさのコントラストが、楽しいです、辛みもちょうど良いですし、卵がまろやかさを演出して、それがオアシスになったり、逆に落差を見せつける存在になったりして、食べる度に発見があるような気分です」
真澄はデカい声で、
「旨い! サンドウィッチと呼ぼう!」
「いやおにぎらずだから」
そんな会話をして、昼休みは終わった。
シノアイさんもそれなりに納得してくれたみたいで良かった。
ただ、ただだ、まさか真澄が勝手にSNSアカウントを運用していたとは。
でも怖くてそのSNSアカウントはまだ調べることができていない。
探偵が調べられないって相当だぞ、いや探偵じゃないけども。
それにしても何で真澄は僕に対してこんなに探偵をしてほしいのだろうか。
その割に料理の話も一緒に持ってくるし、料理を尊重しつつも探偵もしなさい、ってどういうこと?
今度聞いてみるか、聞いても何かちゃんとした答えが返っては来なさそうだけども。