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フォレストスネークは人間たちを敵と認定したようだ。チロチロと舌をちらつかせて鎌首をもたげる。
琥珀色に赤い縞の入った長大な体がうねって、草木をなぎ倒した。
ロバたちが怯えた鳴き声を上げる。
「さて、蛇か。苦手が来てしまったね」
さして困った様子でもなく、ユリウスが言った。
「蛇は個体によって心臓の位置が少しずつ違うからねえ。しっかり一撃で仕留めるには厄介だよ」
「そのための『解析』スキルだろう。あの程度の相手にぼやいてどうする」
やはり冷静な態度を崩さず、アウレリウスも蛇を見る。
「まあ、そうなんだけど。お嬢さんの前だから、かっこよく決めたいじゃないか。アウレリウスには分からないだろうね、こういう気持ち」
ウィンクして見せるユリウスに、アウレリウスは苦り切った顔になった。
「ああ、分からんな。いいからさっさと終わらせてこい」
「はいはい。でも、『固定』のサポートがあると嬉しいな」
「……いいだろう」
「やったね!」
言いながらユリウスは一歩を踏み出した。あまりに自然で殺気のない足取りだった。
大蛇は警戒の姿勢のまま戸惑い、次に攻撃に転じる。
蛇の攻撃は素早い突進だった。ユリウスめがけて頭を突き出すと同時に、口を大きく開ける。むき出しになった上下の牙の間は不自然なほどに広く、人間一人くらいなら簡単に丸呑みにできるだろう。それが目にも留まらぬ速さで繰り出される。
ユーリが思わず悲鳴を上げかけて、ロビンが肩を押さえる。
だが、ユリウスは牙を剣で軽く受け止めた。いつの間に抜刀していたのだろう、ユーリにはまったく見えなかった。
牙を弾かれた大蛇は、反動を利用してユリウスに噛みつく。
けれど蛇の攻撃は空振りに終わった。ユリウスは地を蹴って大蛇の頭上に跳び、逆手に剣を持ち替えた。
陽光に白刃が閃く。大蛇が硬直する。
ほんの一瞬、首の数十センチほど後ろが淡く白く輝き――
ザシュッ!
ユリウスの剣が大蛇の体を貫いた。ちょうど光が灯った位置、首の後ろの場所だった。
首の後ろを貫かれた蛇は、硬直したままの姿勢で地面に倒れた。力なく開かれた口からは、舌がだらりと垂れ下がっている。
「はい、終わり」
大蛇の体から剣を引き抜いたユリウスが、血を飛ばしてから鞘に戻した。彼自身は返り血一つ浴びていない。
涼やかな表情が際立って、銀の髪がさらりと揺れた。
「固定は要らなかったな」
アウレリウスはわずかに笑っている。
「いやいや! この種類の蛇は、体表がぬめるんだ。この大きさで正確に心臓を貫くとなると、魔法で固定してもらうのが確実なんだよ。さすが、アウレリウス。腕が衰えていないようで、安心したよ!」
ユリウスは無邪気に従兄と肩を組もうとして、邪険にあしらわれている。
彼は一瞬しょんぼりとして、すぐ気を取り直してユーリを見た。
「ユーリ、解説するとね。蛇の心臓は首の少し後ろにあるが、種族や個体で少しずつ位置が違うんだ。それで僕の『解析』スキルで位置を特定して、さらに剣が滑らないようにアウレリウスの魔法を使ってもらった」
「固定の魔法は氷と風の属性を組み合わせたものだ。氷で土台を作り、圧縮した風圧で固定する。そう難しいものではない」
「と、彼は言うけれど、僕の解析に合わせてきちんとやってくれるなんて、なかなかできることじゃない。うん、僕たち従兄弟の久々の連携だ。昔と変わらず、息ぴったりで嬉しいよ」
彼らは互いの父親の件で、八年ものあいだ断絶状態にあった。仲直りができてよかったと、ユーリは改めて思う。
と、ロビンがひょいと蛇の前に行って、小刀を取り出した。
「ユリウスー。全部のウロコを剥ぐ時間はないけど、ここの顎下のだけもらっておこうぜ。あとは魔石」
「そうだね。頼む」
「フォレストスネークの顎下のウロコは、かなりの高級品でしたね」
ユーリが素材図鑑を思い出しながら言うと、アウレリウスがうなずいた。
「ああ、特に防具に向いている素材だ。鍛冶ギルドが喜ぶだろう」
小刀を蛇の顎に入れていたロビンが、声を上げた。
「うわ、すごい、こいつ属性持ちだぜ! しかも|二属性《ダブル》。強が土で、弱が火。こりゃAランク相当だ」
「へぇ。それは、一撃必殺狙いで正解だったね。下手に長引くと苦戦したかも」
ユリウスが目を丸くしている。しかしそれは強敵を仕留めた安堵というよりも、珍しい素材が手に入った意外さという雰囲気だった。
「もう少し、ウロコを剥ぎたいなあ」
「だめだめ、ロビン。欲張りは命取りのもとさ」
「ちぇ。……はい、ユーリさん」
ロビンは顎下のウロコを剥ぎ終わると、ユーリに差し出した。手のひらほどもある透き通ったウロコである。薄っすらと虹色に輝く琥珀色に真紅の縞模様が入っていた。フォレストスネークと同じ色合いであるが、禍々しい蛇本体と違ってウロコは驚くほど美しい。
ユーリはウロコの美しさに一瞬だけ見とれて、すぐに我に返った。
「えっ? 私?」
「そうだぜ。今回の採集隊のリーダー、主催者はユーリさんだからな。一番いい素材はリーダーのもの。魔石とあわせて、後で分配を頼むよ」
「わ、分かったわ。でも分配のやり方が分からないの。教えてね」
「それは僕が教えるよ。心配しないで」
ユリウスが笑っている。
さらにロビンは蛇の心臓の近くを切り裂いて、琥珀と赤色の魔石を取り出していた。ユリウスが心臓を貫いた傷があるため、作業が素早く済んでいた。
ロビンが魔石を取り出す作業をしているのを横目に、ユリウスが言う。
「さて、そろそろこの蛇の後始末をしようか。ここはせっかく黄色マンドラゴラがたくさん生えているから、できれば荒らしたくないね」
「ここはまだ森の入口が近い。入口まで運んで、外で焼く。下手に放置すれば別の魔物が寄ってきてしまうからな」
アウレリウスが言って、兵士たちがうなずく。手早くロープを大蛇の亡骸に結びつけて、森の入口まで引いて行くことになった。
兵士とユリウス、ロビンは手でロープを引く。アウレリウスは魔法を使っているらしい。ロバは蛇の死骸に怯えて近づこうとしないので、黄色マンドラゴラの袋を背負わせるに留めた。
ユーリも手伝おうとしたら、ユリウスに「レディの手はこんな力作業で使わなくていいからね」といい笑顔で言われてしまった。そこでユーリはロバの引綱を取ることにする。
蛇の運搬作業はそこまでの時間を取らず、森の出口まで来た。
大蛇の巨体を森の外に引きずり出す。全長が十メートル以上になる蛇の姿に、ユーリは改めて身震いをした。
兵士たちが二人がかりで、蛇の体を軽く丸める。
アウレリウスが大蛇に向かって手を向けた。
――ゴウッ。
瞬間、音を立てて青い炎が吹き上がった。
青の中で蛇は黒い影と化し、みるみるうちに燃え尽きていく。
「……ふむ。弱とはいえ火属性があるせいで、やや燃えにくいな」
アウレリウスが呟いた。
青い炎に照らされた彼の横顔は、彫像を思わせる美しさ。紫の瞳に炎が揺れて、そこだけが生気に満ちている。
「ユーリ、近づいてはだめだよ。青いけれどもあれは炎。触れれば火傷してしまうからね」
ユリウスの言葉にユーリはうなずいた。
「はい、分かります。青は炎の中でも最も高い温度よね。私の故郷では、ガスを燃やしてあの色の炎を料理に使っていたわ」
「青の炎を料理に! そりゃあすごい。あなたの故郷は技術が進んでいるんだねえ」
ユリウスが驚いている。ユーリは聞いてみた。
「それにしても、あれだけの炎なのに熱気を感じないわ。不思議」
「魔力障壁を巡らせている」
アウレリウスが答えた。
「森に飛び火して火災になってもかなわんからな。まあ、魔の森は魔力の炎にかなりの耐性があるが」
「そうなんですか」
「魔の森は場所によって土地そのものが属性を持つ。炎そのものや、反属性の水であればまず燃えない」
「それは……魔法使いの人たちは、やりにくいでしょうね」
「ああ。その場の魔力を読んで臨機応変の動きが求められる。私の鑑定スキルは土地の属性をすぐに看破する、便利なスキルだよ」
話している間にも燃焼は進み、やがて蛇は灰になった。風にさらさらと流れていく。
ロビンが空を見上げた。蛇の戦闘と移動で時間が経過して、そろそろ夕焼けが始まる時刻になっている。
「暗くなるまでまだ時間があるけれど、どうする?」
ユーリは黄色マンドラゴラを入れた袋を見た。ロバに背負わせた荷袋だ。フォレストスネークが出る前にみんなでそれなりの数を収穫したので、袋はふくれている。
「……帰りましょうか。本当は三日程度探すつもりが、最初の日からじゅうぶんな収穫がありましたから。早めに洗って天日干しにしたいですし」
「了解。リーダーの意見に賛成だ」
「フォレストスネークという思わぬ副産物も手に入って、今回はラッキーだった。ユーリは幸運の女神様だね」
ユリウスがにっこりと笑う。ロビンが首をすくめた。
「フォレストスネークをラッキーって言う冒険者、俺たちくらいだからね。ユーリさん、もし他のパーティに護衛してもらっているときにあれが出たら、全力で逃げて」
「おや、ユーリは僕が専属で護衛するよ」
「は? なんでそうなる」
口を出したのはアウレリウスである。眉間のしわが深くなっている。
ユリウスはニコニコと答えた。
「だって今日はとても楽しかったから! 久しぶりにアウレリウスと一緒に狩りができたし、それに、ユーリの見識は素晴らしいよ。黄色マンドラゴラの他にも、シナモンだっけ? 変わったものをすぐに見つけたね。鑑定スキルを持っているわけでもないのにね。一緒にいたらまた楽しいことがありそうだ」
「……私は立場上、そうそう同行できんぞ」
アウレリウスが言うが。
「構わないよ。森の浅いところを探索するくらいなら、僕とパーティのみんなで問題ない。アウレリウスは町で仕事を頑張って」
「そうですよ。アウレリウス様はカムロドゥヌムの要ですから。今回は付き合わせて申し訳なかったです」
ユーリが言えば、アウレリウスは深くため息をついた。
「まあ、いい。ユリウスが最も信頼できる護衛であることは確かだ。また何か必要になったときは、彼に頼めばいい」
「はい、そうします」
そんなことを話しながら、一行はウルピウスの防壁へと歩いて行く。壁にたどり着いた頃には、辺りは夜の帳が降り始めていた。
アウレリウスが合図すると、門を守っていた兵士が扉を開けた。
壁の向こう側は比較的安全である。やや暗くなっていたが、町の明かりは目視できる距離にある。そのまま移動して町まで戻ることにした。
こうして、ユーリの魔の森の初探索は終わったのだった。
コメント
1件
読み終えました。今回のフォレストスネーク戦、ユリウスとアウレリウスの連携が鮮やかで見惚れました。久々の共闘なのに息が合ってるのは、やっぱり幼い頃からの信頼があるからですよね。ユーリが自分の知識を活かして素材の話ができるようになってきたのも、成長を感じられて嬉しいです。ロビンの気の利いた行動も含めて、いいチームワークができつつあるなあとほっこりしました。