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明確な殺意を以て、アミの首筋へと向かう刃。
「姉様! いやあぁぁぁ!!」
ミオはその現状に眼をそらし、悲鳴を上げる。が、何処か違和感に気付く。
「えっ?」
ミオは恐る恐る見ると、刀はアミの首筋に届く直前でーー止まっていた。
「手が……動かないだと?」
ユキの怪訝そうな言葉は、明らかにわざと止めた訳ではなく、明らかにーー“止められた”。
「これは!!」
その理由はすぐに気付く。何故なら刀を振り抜こうとした手は、腕ごと凍り付いていたのだから。
「急いで駆け付けて来たら、随分と勝手な事をしてくれましたね」
不意にユキの反対側から聞こえてきた声。
「ユキが二人!?」
「ユキ……」
ミオはその姿にーー眼前のユキと、その奥から歩み寄って来るユキの姿に驚愕の声を上げるが、アミは違った。それはやはり、自分の着眼が間違っていなかった事にーー。
「私がアミを否定して刃を向ける? そんな事、天地が覆したとしても“有り得ない”ーー」
もう一人のユキがそう右手を翳すと、アミとミオの二人を縛っていた氷が一瞬で消える。
「さて、覚悟は宜しいですか偽者さん?」
「ちっ……」
もう一人のユキは、腕が凍り付き苦虫を噛み潰したような“もう一人のユキ”へ向けて、抜き放った刀を突き付ける。
「私を偽り、アミへ手を掛けようとした罪は……重い」
その双眸に静かだが凍てつくような怒りを宿し、明確な殺意を自身の“偽者”へと向けていた。
「ちょ、ちょっとどうなってんの!? 何でユキが二人に?」
姿形が全く一緒のユキが二人居る状況に、ミオは益々混乱するしかない。
「落ち着いてミオ。後から来たユキが本当のユキよ。最初のが偽者」
対してアミは確信を以てそう告げる。見分けがつかないとはいえ、もう惑わされる事は無い。
「フフフ……。これは予想外だったかなーー」
偽者と思わしきユキが、彼と同一の声帯で意外そうに述べると突如、その姿は鏡に罅(ひび)が入ったかのように亀裂が走る。
「もう少しだったのに残念☆」
硝子が砕けた様に其処からは、ユキではなく一人の少女が姿を現していた。
「この子!」
「恐山に居た!」
アミとミオが同時に驚愕するのも無理はない。その姿は確かに見覚えがあったから。
「せっかく皆の、絶望に満ちた悔しそうな顔が見れる所だったのになぁ」
その愛らしい姿からはそう思えぬーー“当主直属部隊”の一人、ユーリが“自身の声で”さも残念そうに、ため息を吐いていた。
「……こんな姑息な手段しか使えないとは、直属部隊も随分と質が落ちたものです。それとも、形振り構っていられない程に後が無いとでも?」
臨戦態勢を崩さないままユキは、ユーリのこれまでを嘲笑うかのよう罵る。勿論、皮肉を込めて。
“あ、間違いなくユキだ……”
未だに半信半疑だったミオも、本物のユキの言動に漸く確信を得る。勿論、良い意味でも悪い意味でも。
「へぇ? 随分な大口を叩けるんだね☆ 冥王様に心底恐怖してしまった者の言葉とは思えないなぁ、アハハ☆」
ユーリも負けじと皮肉で返した。可愛らしくも心底嘲笑っているその口調。
「キミがどんなに強がっても、全部負け惜しみにしか聞こえないしね☆」
それはあの時の会談で、ユキが抱いた恐怖心を見抜いているからこそのーー
「だから何だと言うのです? どれ程の力と恐怖を以てしても、私は絶対に屈しない。悪趣味にも覗いていたみたいですが、アナタは私の何を見てたんです?」
だがユキはその指摘を認めた上で、はっきりと明言した。例え負け惜しみにしか聞こえなくともーー何度でも屈せず立ち上がる事を。
「それにーー冥王に恐怖し、屈したのはアナタでしょう?」
「なっ!?」
二人の間にある決定的な違いーーそのものズバリの指摘に、今度はユーリが戸惑い立ち竦む。図星を突かれたのもあるが、そもそも狂座に属する者で、冥王の恐ろしさを知らない者はいない。
狂座とは、冥王の圧倒的な力に依って成り立っている組織なのだから。
「やっぱりキミ、ムカつくなぁ」
ユーリは苦虫を噛み潰したよう、ユキを睨みながら吐き捨てた。それは服従した者、服従を拒む者の違いからか。
「恐怖に屈した者に負ける気はしませんし、闘うまでもない。アナタが先程の事を誠意を以て二人へと詫びれば、ここは見逃してあげますよ?」
*
「やっぱりあの口の悪さはユキそのものね。心配して損しちゃった」
「そんな事言わないのミオ。闘わずに済むなら、それに越した事はないんだから」
二人のやり取りを見て毒づくミオを諌めるアミ。とはいえ、ミオも本心で貶している訳ではなく、ユキが何も変わっていない安堵からくるもの。
「ユキ……」
アミは改めて対峙する二人を見据える。彼女の目から見ても、二人の間には埋めようが無いまでの力の差を感じていた。勿論、自身がユーリという少女との間に在る、埋めようが無いレベル差を考慮して尚ーー
“何だろう? ユキの方が圧倒的に強い筈なのに、感じるこの不安はーー”
アミの懸念は拭える事はなかった。
「見逃す? ボクがキミを殺すというのに寝惚けてんなよ」
急に真顔になって、何処か口調まで真剣なものに変わったユーリ。レベル差等、関係無いとばかりに、明確な殺意をユキへと向けた。
「アザミとルヅキ、あの二人を殺したキミを、ボクは絶対に楽には死なせない」
「……成る程、敵討ちという訳ですか。なら私は避ける訳にはいきません。相手になりますーー」
ユキはユーリの殺意をーー敵討ちの本懐を、しっかりと受け止めた。かつて恐山で二人のやり取り垣間見て、その想いは充分に理解出来たから。
「ですが、アナタの力で私に敵うとでも思っているのですか? 大人しく退けば怪我をせずに済みますが?」
ユキは一応、進退を問い掛けた。それ程までに現在の二人の間には、埋められないレベル差に自身は疎か、彼女も気付かない筈がない。
「……そうだろうね。キミとのレベル差を考えれば“普通”に闘っても、絶対にボクは勝てないだろうね」
ならば何故、彼女は退かないのか。それ程までにーー敵わないと分かっても、敵討ちが何よりも優先するのか。
「でもキミはボクに“絶対”に勝てない。短いやり取りだけど、キミに対する絶対の確信を持ったよ」
しかしユーリはレベル差を認めながらも、勝利への絶対の自信を覗かせた。
“何か秘策でもあるのか?”
ユキはその自信を怪訝に思うが、彼女が退かない以上、こちらも退く訳にはいかない。
「では……望み通り、相手になりますーー」
その掛け声と共に、一瞬でユーリとの間合いを詰めたユキが、彼女を“無力化”する為にその刃を振るったーー。
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