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それはレベル差的にユーリには、絶対に反応も回避も出来ない速度域の筈だった。
“ーーなっ!?”
ユキは何かに気付き、その攻勢に一瞬の戸惑いを見せた。
「ぐっ!!」
そして、それが不味かった。何故ならその隙に、脇腹を切り裂かれていたのだから。
“ーー馬鹿な? 何故……”
思わぬ事態にユキは眼を見張った。脇腹の傷は掠めただけなので大した事はないが、動揺は隠せない。
「アミ?」
何故なら其処には先程のユーリの姿はなく、懐剣を携えたアミの姿が在ったのだから。
「今度は姉様が二人!?」
またしてもミオが驚愕の声を上げた。
「違うわミオ。あれは先程のユキの偽者と同じく、私の姿をした偽者よ」
対して、アミはもう惑わされない。
「落ち着いてユキ! 私は此処に居るわ!」
アミは未だに驚愕しているユキへ向けて、発破を掛けた。分かってさえいれば、惑わされる事はないと。
「アミ!?」
“そうか、先程の変移術の類いか”
本物のアミの言葉に、ユキは漸く落ち着きを取り戻し、改めて偽者の彼女へと向き直った。
「全く……何か力を隠していると思っていたら、まさか二度もこんな姑息な手を使ってくるとはね」
ユキはアミの姿をしたユーリへ向けて、心底侮蔑の言葉を贈る。
「フフフ。とはいえ、斬れるかなキミに? このボクが」
「何を馬鹿な事を。ネタさえ分かってしまえば、本気で惑わされるとでも思っているのですか?」
そう。これはあくまでもアミの姿をしたユーリ自身。
「それでもキミには無理だね」
先程の自身の偽者と違い、声帯は“ユーリ本人”のアミの姿へ向けて、もう惑わされないとユキは斬り掛かった。
「アナタには少し、痛い目を見て貰いますーー」
仮に声帯までアミであったとしても同じ事ーーと。
“やめて、ユキーー”
自身の頭の中に直接聴こえてきた声に、ユキはまたしても直前でその刀を止める。
「馬鹿な……何故?」
“アミの姿をした偽者だと分かっているのに……動かせない!?”
自分の意思で動かせない体に、流石のユキも怪訝に思う。
「だがら言ったでしょ?」
止まった刃を前に、何処か確信めいた口調で“アミの姿をしたユーリ”は、手にする懐剣を振り上げーー
「キミには絶対に無理だーーって!」
戸惑い立ち竦むユキの左膝へと、思いっきり刃を突き立てた。
「ぐあっ!」
急な激痛に呻き声を上げたユキは、思わず膝を着く。
“な、何故……私の手が動かない?”
左膝から止めどなく溢れる出血を他所に、ユキは自分自身を問うた。偽者だと理解して尚、止めた己の身体に。
「ちょ、ちょっとユキ? それは姉様の偽者よ! 何を今さら驚いてんのよ!?」
「自分を見失わないでユキ! 私は確かに此処に居るから!」
発破を掛けるミオとアミの目にも、何故彼が戸惑い、躊躇しているのかが理解出来ない。
“そう、分かっている。これはアミじゃない”
それは自身も重々承知している。だからこそ理解出来ないのだ。
「ボクを斬れないのが不思議かい? そうだよねぇ、あくまでこれは彼女の偽者なのにーーっね!」
アミの姿をしたユーリはそう意味深に囁きながら、膝を着くユキの顔面を蹴り飛ばした。
「ぐっ!」
少女の力とは思えぬ衝撃に、ユキは吹き飛ばされる。うつ伏せに倒れたユキを、ユーリは更に追い討ちを掛けるよう足踏みした。
「キミ、自分で言ったの忘れた? “私がアミを否定して刃を向ける等、天地が覆しても有り得ない”ーーて」
屈辱的に頭部を踏みつけられながらユキは思う。そう、確かに言った。だがそれはアミに対してであって、決して偽者に対してではない事を。
「だが、たかが変移術などで人をーー私を操ろうなどと!」
ユキは頭を踏まれながらも吼えた。確かに“分からなかったら騙される”だろう。だが既にネタが割れている以上ーー
「ホントに馬鹿だねキミは。ボクの力をそこらのチンケな変移術と一緒にしてもらっちゃ困るなぁ」
ユーリはユキの頭部を更に力の限り踏み付けながら、自身の力を誇らしげに語る。
「メモリアルメタモルフォーゼ。ボクの力は人の心を映し出す鏡。つまりーー」
そしてユキの頭部をサッカーボールに見立てた様にーー
「キミが心の中で彼女を絶対に傷付けないと思っている限り、絶対にボクには手が出せないってーー訳さ!」
思いっきり蹴飛ばした。その衝撃で、ユキは血反吐と共に吹き飛ばされる。
「まあ、それだけキミに嘘が無いって証明でもあるんだけど、哀れなもんだよね~。そのおかげで第三マックスーー神の領域にまで突入したキミが、ボクにやられたい放題になっちゃった訳だから」
そう嘲笑いながらも追撃の為、ユーリはゆっくりと倒れたユキの下へ向かう。
「待って! 貴女、それは卑怯よ! ユキ? しっかりして。それは私じゃない!」
見かねたアミが二人の間に割って入り、自身と同じ姿のユーリを非難する。それはとても奇妙な構図だ。
「邪魔しないでよ。闘いに卑怯もクソもないし、それにーー」
ユーリはなぎ払うように眼前のアミへと、軽く裏拳を見舞う。レベル差から当然のようにアミは弾き飛ばされた。
「姉様!」
「ア……ミ」
ミオは急ぎ倒れたアミへと駆け寄り、ユキも何とか立ち上がろうと足掻く。
「キミ達も見事に引っ掛かったろ? 信じてた分のあの絶望、傑作だったよ」
「うっ……」
嘲笑うその言葉に、特にミオは図星を突かれた。思えば本物のユキが来るまで全く気付かなかった、疑いもしなかった。
「でも何故かキミだけは最後、抗ったのは不思議だけど。間違いなく信じてた筈なのに……まあいいや」
倒れたアミを見据えるユーリは、かつての不可解さを怪訝に思ったが、すぐに立ち上がりかけたユキの方へ向き直る。
余裕を以て歩み寄って来るユーリへ向けて、ユキは再び刀を振り抜こうとするがーーどうしても振り抜けない。
「くっ!」
身体が思考とは裏腹に拒否しているのだ。刀はユーリの眼前で止まったまま。
「この力を破る方法を教えてあげようか?」
余裕の表情で停止した刀を他所に、彼女はそっと囁く。その攻略法を。
「簡単な事だよ。彼女を否定すれはいいのさ。でもねぇ、人の心はそんな単純じゃない。もしボクに手を出せる事になったら、それすなわち彼女を完全に裏切ったと一緒なんだからね」
ユーリは分かってて、敢えて教えた。ユキの心は絶対にアミを裏切らない事を確信しているから。
「うぐっ!」
そして動けぬユキの腹部へ短刀を突き刺した。
「痛い? でも簡単に死なせはしないからね。二人がキミに受けた痛みを百万倍にして返すまではね」
それは致命傷に至る深さではなく、あくまで痛みを与える為のもの。神経をなぞるかのように、突き刺した短刀を前後左右へ動かす。
「こ、こんな卑劣な手で敵討ちをした処で、彼らが喜ぶとでも思っているのですか?」
神経をえぐる想像を絶する痛感にもユキは、泣き言一つ言わず彼女を批判する。
「あの二人は、どんな時も正々堂々とした真の武士(もののふ)だった……。仇を討ちたいなら、アナタもそうあるべきでしょう?」
かつての尊敬する者達を想い、その本懐をユーリへと投げ掛けた。
「ぐっ!」
それが彼女の癇に触った。ユーリは突き刺した短刀を引き抜き、足払いでユキを転ばした。そして再度彼の頭を踏みつける。
「クズが! 黙って聞いてりゃ、キミにあの二人のーーボクの何が分かるというんだよ!?」
逆鱗に触れ絶叫したユーリは、ゆっくりとその想いを綴っていく。
「十年前、世界でただ一人だけとなったボクの気持ちがーー」
…