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一面の菜の花が、夜風に吹かれて「さあさあ」と小さな音を立てている。
**天星 華(あまぼし はな)**は僕の隣で、ただ静かに、同じリズムで呼吸をしていた。
「……ねえ。無理に元気になろうとしなくていいんだよ」
彼女の声は、夜の空気に溶けるほど柔らかかった。
「頑張れ」でも「大丈夫」でもない。ただ、今の状態をそのまま受け入れるような、そんな声。
ふと、僕の口から問いがこぼれた。
「……どうして君は、そんなに人に優しくしようと思えるの?」
それは、ずっと聞きたかったことだった。誰に対しても、その人が抱える暗闇にそっと寄り添おうとする彼女の、
その心の源を知りたかった。
華は歩みを止め、水色の三つ編みを揺らして僕を振り返った。
月光を浴びた彼女の瞳は、穏やかで、けれどどこか遠くを見ている。
「……。」
「……優しくしようとなんて思ってないよ。」
彼女は少しだけ俯き、足元の菜の花を愛おしそうに見つめた。
「ただ私が、辛い過去を抱いてるから、皆にそうなってほしくない、だから優しくするの。」
華の言葉は、夜風に乗って静かに僕の胸に刺さった。
彼女にとっての優しさは、自分を良く見せるためのものでも、余裕があるから与えるものでもなかった。
「自分がボロボロになって、誰にも助けてって言えなかったあの夜のことを、今もずっと抱えてる。
だから、隣にいる人が同じような顔をしていると、放っておけないだけなんだよ。
……優しくしているっていうより、あの頃の自分を、隣にいる君と一緒に、よしよしってしてあげたいだけなのかもね。」
華はふっと、小さく、けれど本物の微笑みを浮かべた。
必死に光を当てるのではなく、暗闇の中に一緒に座り込んでくれるような、その静かな優しさ。
「……ね、ちょっとだけ、肩貸して?」
彼女がそっと頭を寄せてくる。
伝わってくる微かな体温と、菜の花の香り。
そして彼女は、僕の方へと向き直った。
その表情を見た瞬間、胸が締め付けられた。
彼女は、笑っていた。
けれど、その大きな瞳からは、堪えきれなくなった涙がひと筋、ふた筋と、月明かりに濡れて零れ落ちていた。
「……あはは、変だよね。私まで泣いちゃって」
彼女は手の甲で何度も涙を拭う。けれど、次から次へと溢れ出す温かな雫は、止まることを知らない。
「でもね……悲しいから泣いてるんじゃないんだよ。ただ、君が今、そこにいてくれることが、
生きててくれることが、なんだかもう……たまらなく、愛おしいだけなの」
泣き笑いのような、歪で、けれどこの世で一番美しい表情。
「……ね? だから、今日はもう、安心して眠っていいんだよ」
菜の花の海の中で、彼女は泣きながら笑っていた。
それは、痛みを知り、それを「優しさ」という形に変えて生きていこうとする、一人の少女の祈りそのものだった。