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放課後、校舎裏。呼び出された時点で、なんとなく分かっていた。
例の彼女は、少しだけ笑っていた。
無理してる笑い方。
「昨日のこと、ちゃんと考えたんだけど」
俺は黙ってうなずく。
「岩泉くんって、あの人の前だと全然違うよね」
心臓が、嫌な音を立てる。
「あの人って誰だよ」
「……幼馴染の人」
名前を出さない。
でもわかる。
及川徹 。
「私といるときより、あの人の前のほうが、ずっと必死」
否定しようとして、言葉が詰まる。
「好きなんでしょ?」
まっすぐな目。
「私じゃなくて」
息がうまく吸えない。
違う、と言えない。
違わないから。
彼女は小さく息を吐く。
「岩泉くん、幼馴染くんが好きなんだよね。応援してるね 」
声が少し震える。
その言葉は、責める響きじゃなかった
ただの本音。
「……ごめん」
やっと出た声は、情けないくらい小さい。
彼女は首を横に振る。
「謝らないで」
一歩下がる。
「昨日ね、あの人の目、すごかったよ」
岩泉の背筋が冷える。
「取られたくないって顔してた」
「でも言わないんだよね、きっと」
図星みたいに、心臓が跳ねる。
「岩泉くんが動かない限り、あの人は何も言わない」
彼女は、少しだけ寂しそうに笑った。
「ずるいよね」
その言葉が刺さる。
ずるいのは、どっちだ。
言わないあいつか。
気づいてるくせに動かない自分か。
「幸せになってね」
静かな宣告。
「大好きだったよ」
最後にそう言って、彼女は去っていった。
追えない。
足が動かない。
――幸せになってね
頭の中で、何度も繰り返す。
体育館。
ネット越しに見る及川は、いつも通りだった。
笑って、軽口叩いて、完璧なセッター。
「岩ちゃん、顔怖いよ?」
うるせぇ。
お前のせいだ。
練習後、荷物をまとめていると背後から声。
「あの子、どうだった?」
軽い。
本当に軽い。
岩泉は振り向かない。
「終わった」
一瞬の沈黙。
「……そっか」
声のトーンが、ほんの少しだけ下がる。
「俺のせい?」
冗談みたいに聞くな。
振り返る。
「お前さ」
言葉が絡まる。
“あの時何しに来た”?
“なんであんな顔した”?
全部飲み込む。
「……なんでもねぇ」
逃げたのは、自分だった。
及川はじっと俺を見る。
何かを探るみたいに。
でも、踏み込まない。
踏み込めない。
壊れるから。
「岩ちゃん」
少しだけ真面目な声。
「ちゃんと好きになれそう?」
その問いは、優しいのに残酷だ。
好きになれそう?
誰を?
答えは出ている。
でも名前が出ない。
視線を逸らす。
「……知らねぇ」
及川は、ふっと笑う。
「そっか」
その笑顔が、少しだけ寂しい。
でも安心もしている。
まだ言われてない。
まだ壊れてない。
幼馴染のまま。
その夜。
俺は天井を見つめる。
“岩泉くんが動かない限り、あの人は何も言わない”
彼女の言葉が、何度も蘇る。
じゃあ。
俺が動いたら?
壊れるのは、どっちだ。