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#学パロ?
44
ユイ
51
――高度四千。
ラバウルの青空は、地上から見るよりも遥かに深く、冷徹なまでの透明さで僕たちを包み込んでいた。
ガタガタと激しく振動する機体の中で、僕は必死に操縦桿を握り直し、前を行く笹井中尉の三色尾翼を見つめ続けていた。
無線や伝声管から漏れるのは、荒い呼吸音だけ。僕の左斜め後ろには、同じように必死の形相でプロペラを回す大石の零戦が、必死にしがみつくように飛んでいる。
「各機、構えろ。……時計の二時、高度三千五百に黒点多数。敵編隊だ」
笹井中尉の冷静な声が響いた瞬間、僕の心臓がドクンと跳ね上がった。
風防の向こう、まばゆい太陽の光の隙間から、無数の黒い粒が急速に大きくなっていく。
「よっしゃあ! 西沢、どっちが多く落とすか勝負な!」
坂井一飛曹の獰猛な笑い声が響いたかと思うと、彼の零戦が凄まじい速度で反転し、敵の群れへと突っ込んでいった。
直後、言葉もなく滑るように追従した西沢一飛曹の機体が、まるで空に黒いインクをぶちまけたような、あまりにも鋭く不気味なひねりを見せる。
(……なんだ、あれ)
兵学校で習ったどんな教科書にも、あんなアクロバットのような空戦機動は載っていなかった。
西沢一飛曹の零戦がひらりと身を翻した瞬間、敵の一機がすでに火を噴いて煙を上げている。一瞬だった。狙い澄ました一撃で、獲物の息の根を止めていた。
「ハハハ! 逃がすかよぉ!」
別の方向からは、景浦一飛曹の野獣のような咆哮が聞こえる。
彼は敵の猛烈な銃撃を紙一重でかわしながら、むしろ自らその弾幕の中に突っ込んでいき、至近距離から20ミリ機銃を叩き込んで敵を木っ端微塵に粉砕していた。
…悪魔だ。
地上ではあんなに無口だったり、不機嫌そうに煙草をふかしていた男たちが、空に上がった瞬間、息をするように敵を屠る死神へと変貌している。
「わ、わわっ! 速中少尉、後ろから一機来ます!」
大石の悲鳴のような声に、僕はハッと我に返った。
僕たちの小隊を狙って、一機の敵戦闘機が牙を剥いて突っ込んでくる。
「大石、離れるな! 笹井中尉についていって!」
叫びながら操縦桿を引き絞る。必死だった。昨日の「うっかり撃墜」の余裕なんて一ミリもない。
Gで視界が真っ赤に染まりかける中、どうにか敵の射線をかわす。
その時、僕の視界の端を、驚くほど「静か」に、けれど完璧な軌跡で通り過ぎる一機の零戦があった。
宮部久蔵一飛曹だ。
宮部さんは、坂井さんや景浦のように敵の渦中へ飛び込むような真似は一切しなかった。
徹底的に有利な高度を保ち、敵の弾道が絶対に届かない安全な死角だけを滑るように泳いでいる。
一見、戦いを避けている「臆病者」に見える。
けれど違った。宮部さんの飛び方は、敵の動きを数手先まで完全に見切った、無駄がなさすぎる「絶対防御」の空だった。
宮部一飛曹の零戦がふわりと機首を下げた瞬間、僕たちの後ろを狙っていた敵機が、まるで彼の照準器の中に自ら吸い込まれるようにして、その正面へと躍り出た。
バリバリバリッ!
短い一連射。
それだけで、敵機はエンジンから激しい炎を噴き散らし、ラバウルの海へと落ちていった。
地上で見せるあの腰の低さはそこにはない。
ただ冷徹に、「生きて帰る」ために目の前の障害を排除したプロの横顔が、風防越しに一瞬だけ見えた気がした。
「よくやった、宮部! 速中、大石、敵は散ったぞ。編隊を立て直せ!」
笹井中尉の鋭い声が、僕の昂ぶった脳を現実へと引き戻す。
呼吸をするのも忘れていた。全身が油と汗でドロドロだった。
悪魔のような撃墜王たちと、死を拒絶する男。
この凄まじい怪物たちの狭間で、僕と大石は、ただ生き残るためだけに必死に翼を震わせ、過酷なラバウルの空を飛び続けていた。
コメント
3件
わあ、第10話、すごかったですね…! 地上ではあんなに無口だったり煙草をふかしてるだけの男たちが、空に上がった瞬間にまるで人が変わって「死神」になる。その豹変ぶりが本当に鮮やかで、読んでいて鳥肌が立ちました。 特に宮部一飛曹の「生きて帰るための絶対防御」の空戦にはグッときましたね。あの腰の低さとのギャップが、プロの凄みを感じさせます。速中少尉と大石さんの必死さも痛いほど伝わってきて、思わず息を止めて読んでしまいました。 みどりいろと忘夢さんの描く空の戰いは、毎回ドラマチックで惹き込まれます…!