【お願い】
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「普通」って…なんなんやろな。
不意にそんなことを考える。
「何もなかった」ことにして、「普通」「平静」「いつも通り」…そんな風に振る舞いたかったはずなのに、逆にそう意識することこそが「普通」じゃなくなっている。
もうこの頃では、ないこと雑談する余裕すらなくなっていた。
今までみたいにくだらないことで笑い合うこともできず、ただ「いつも通り」振る舞おうとすると業務連絡でしかやり取りができない。
そもそも、いつもどんな話をしていたんだったかも記憶が怪しい。
「子どもかよ…」
自分に対する毒づきは、空しく宙に舞う。
その日もため息まじりに練習を終えたスタジオを後にした。
この後しょにだとほとけはないこと食事に行くらしい。
誘われたけどそれに乗れるはずもなく、俺は一番に部屋を出る。
力ない足取りで廊下を歩いていたその時、後方から「ガターーン!」という激しい物音が聞こえてきた。
「!?」
思いがけない音に驚き、肩をビクリと震わせた。
そのまま肩越しに後方を振り返ると、さっき出てきたはずの練習室から悲鳴に似た叫び声が聞こえる。
「ないちゃん!?」
「ないちゃん!!」
しょにだとほとけの声だと理解するより早く、俺は床を蹴って来た道を引き返していた。
部屋のドアを再び乱暴に開けると、乱れた机や椅子の近くの床に見慣れた細見の身体。
ピンクの髪はピクリとも動こうとはせず、そこに倒れていた。
「ないこ…っ?」
急いでそちらに行きたいのに、足より気持ちの方が逸ってもどかしい。
せめての思いで伸ばしかけた手は空を掻くだけだった。
「ないこ!」
傍らまで行ってその場に膝をつく。
その肩に触れようとした手を、横から阻まれた。
「まろ、落ち着け! 頭打っとるかもしれんから変に動かしたらあかんって」
あにきが俺の手首を掴みながら口早に言う。
「しょう、救急車呼んで!」
「う、うん!」
あにきに指示されたしょにだは、ハッと我に返って返事をした。
弾かれたように顔を上げて、慌てて自分のスマホを取り出している。
今すぐこの手でないこを抱き起したかったけれど、あにきとりうらに羽交い絞めにされるようにして止められた。
すぐにやってきた救急車に、あにきだけが付き添いで乗っていくことになった。
普段ならこういう役回りは俺だったかもしれない。
でも誰が見ても一番うろたえているのが俺自身だったらしく、あにきは自分が付き添うことを申し出た。
「まろとりうらはすぐに帰って寝とけ。明日会社と学校やろ」
「でも…!」
「なんか分かったらすぐ連絡する。そんで朝になったらしょうかほとけ、俺と交代して。夜仕事が終わったら今度はまろに代わったるから。それでええやろ」
「……っ」
「その間にちょっとは落ち着け。お前の方が死にそうな顔してんで」
そう言い置いて、あにきは俺の頭をポンポンと軽く撫でるとそのまま行ってしまった。
「…いふくん、帰って休んだ方がいいんじゃないの?」
…どれくらいそうしていただろう。
帰れるわけもなくスタジオの椅子に座ったままの態勢でいると、やがてほとけがそんな声をかけてきた。
りうらはあにきの言葉に従って帰っていった後だった。
生意気な最年少はさすがにないこのことが心配だったらしく、後ろ髪をひかれるような顔をしながらだったけれど。
しょにだとほとけは、とりあえずここであにきからの第一報を待つことにしたらしい。
救急車が行ってかなりの時間がたった気がしたが、検査や処置があるのだろう。
さすがにそんなにすぐに連絡は来ない。
壁の時計は日付を超えるところだった。
「皆でここにいたってしょうがないじゃん。ないちゃんのことはボクとしょうちゃんが聞いておいてあげるか…ら」
語尾が途切れかけたのは、しょにだのスマホがタイミングよく鳴り響いたからだ。
それがあにきからの連絡だということはこの場にいた誰もがすぐに想像できた。
しょにだが画面をタップし、「はい。ゆうくん?」とすぐさま応答する。
「うん…うん…分かった。病院の名前送っといて。タクシーで行くから」
しょにだがそうしてあにきと会話をしている間も、俺の心臓はバクバクと大きな音を立てて鳴りやまない。
しょにだがある程度落ち着いて見えたので、最悪の事態ではないことは予想できる。
…それでも不安と焦りが胸中に渦を巻いた。
「じゃあね」としょにだが電話を切るまで、気が気じゃなかった。
通話を終わらせたしょにだはほとけと俺の顔を交互に見る。
「ないちゃん、過労と貧血やて。あと睡眠不足とか栄養不良とかもろもろあるみたいやけど…。とりあえず絶対安静で、2~3日入院みたい」
「過労…」
全身の力が抜けるのを感じて、俺は先刻まで座っていた椅子に再び腰を下ろした。
うなだれるようにして、背もたれに体重を預ける。
過労や貧血も軽く見ることはできない。
…でも、とりあえず重病ではなさそうなことにひとまず安堵した。
「ないちゃん、最近眠れてないみたいだったもんね。目の下のクマすごかったし」
少し語気を強めて、ほとけが言う。
…目の下のクマ? そうだったっけ?
そう思ってから、我に返る。俺が知るわけないじゃないか。
だって…。
「いふくんは気づかないよね。だってここんとこ、ないちゃんの顔まともに見てないもんね」
俺の心の中を見透かしたかのようなタイミングで、ほとけは強い口調でそう言った。
「ちょちょ、いむくん…?」
焦った様子のしょにだが、俺とほとけの間に割って入ろうとする。
だけどそんなのもお構いなしで、ほとけはまっすぐ俺の顔を見上げていた。
「知らなかったでしょ。最近ないちゃんクマはすごいし顔は青白いし、不健康そのものだったよ」
「…何で俺が怒られてるん」
目を逸らしてそう応じるのが精いっぱいだった。
その横でしょにだが慌てて「あの、いむくん…? 放っとくって言ってなかったっけ…?」と何やら俺には分からない話をしていた。
目を逸らしはしたが、目の前まで来たほとけが俺を睨んでいるのは空気で分かる。
数秒の沈黙の後、ほとけはやがて呆れたように小さく息をついた。
さっきまでの早口を改め、少し声のトーンを落として続ける。
「ないちゃん、好きな人にフラれたんだって。それでここんとこ眠れなかったんじゃない?」
「……え?」
自分の耳を疑ってそう聞き返した瞬間、思わず俺はそれまで目を逸らしていたはずのほとけの方を振り返ってしまった。
再び自分のそれと交差した水色の瞳が、まっすぐこちらを見つめ返す。
「……フラれ…? え?」
思考がついていかない。
この前酔ったときは、あんなに幸せそうに「誰か」を想っていたのに?
あの時は決して失恋した後のようには見えなかった。
「いつ…?」
尋ね返した俺の言葉に、ほとけは苛立ちを隠せないように眉間の皺を濃くした。
「知らないよ! 最近体調悪そうだったからここ数日の話なんじゃないの!?」
「いむくんいむくん、どうどうどうどう…」
今にも俺に食ってかかりそうなほとけを、しょにだが横からなだめる。
…何でお前が俺にそんなに怒ってんねん、とは、火に油を注ぎそうで聞けなかった。
「いふくんさぁ、いつまでそうしてんの?」
「……なに、どういうこと?」
全然話が見えない。
やっとの思いでそれだけ答えたけれど、ほとけの怒りは収まりそうになかった。
「いつまでそうやって自分の内側に閉じこもってんのかって聞いてんの! いつまで逃げるの? どこまで逃げるの? どこまで行ったらいふくんは安心できるの?」
「……」
「今いふくんが一番怖いことって何?」
ほとけの言葉に、俺はこれ以上ないくらいに目を見開いた。
今…一番怖いこと?
真っ白になりかけた頭で、必死に考える。
俺はずっと…ないこの本音を聞くのが怖かった。
ないこが誰を想って、誰のために笑ってるのか。
遅まきながらも自覚した俺の想いを伝えたら、あの整った顔をどんな風に困らせてしまうのか…。
あの時、「誰」と俺を間違えたのかー。
ただそれだけが怖かったはずだった。
「一番、怖いこと…」
でも、今ならそれは違うと分かる。
俺が本当の本当に怖いのは…。
それはきっと、ないこが………。
「…しょにだ、あにきから聞いた病院の場所教えて」
投げ飛ばしていた鞄を拾い上げ、俺はそうしょにだに声をかける。
俺の言葉を受けて、しょにだの表情がパッと明るくなった。
「スマホに送っとくから、早くタクシー捕まえに行き」
背中を押すしょにだの声の後ろで、「ほんっとに世話が焼ける」とほとけが呟いているのが聞こえた。
「…ごめん、ありがとう」
自分でも驚くほど素直な気持ちが声に乗った。
それから勢いよく踵を返し、練習室を飛び出す。
「……」
最後にほとけが何かを呟いて、しょにだがそれに驚いたような声が聞こえたような気がしたけれど、閉まりかけたドアのせいで俺の耳にはもう届かなかった。
「無自覚に僕の気持ちをないがしろにしたくせに、幸せにならなかったら許さないんだから」
「……え!? いむくん!?」
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昨日から続きが楽しみでドキドキしておりました……!!✨✨ 初めのすれ違いから全く変わっていなかったのですね、!? 水さんと白さんのひと押しで桃さんの所へ向かっていったのと水さんがもしや青さんに好意を抱いていたのか、なんて思うとうずうずしちゃいます💞 明日を生きる糧にします……😖💕 毎度のように癒しを見ることが出来て幸せです、投稿ありがとうございます!!