テラーノベル
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すっかり根が生えてしまっていた私は重い腰を上げ、ひなの待つブランコに向かった。
ブランコには誰も乗っていなかった。一通り遊び終わって飽きたのかもしれない。その代わり、すぐ傍にある小さな砂場に、ひなと男の子の背中が見えた。
同じ年だと聞いていたけれど、ひなよりずいぶん体格のいい子だった。お父さん似かな。
「あ、終わりましたか?」
「はい。ゆっくりお参りさせていただいてありがとうございました」
「いえいえ。ここは融通尊の光明によって福徳を授かり、全ての煩悩や苦しみから除かれて身も心も安らかになれるところです。あなたには今その安らぎが必要なようですね」
「……!」
さすが、ここの副住職さんなだけある。
私が悩んでいることを見ぬいちゃったのかな……。
おそらく同世代なんだろうけれど、私よりずっと落ち着いて見える。お坊さんって皆こんな感じなのかしら。
「あっ、すみません! 息子……光陽(こうよう)が砂遊びをしたいといったので、二人に砂遊びセットを渡してしまったのですが、よかったですか? 服が汚れてしまうかも――」
ひなの服はそのまま公園の砂場へ遊びに行けるような服だ。汚れたら洗濯機で丸洗いすればいいだけのこと。第一、そんな高級な服はもっていない。
「全く問題ありません。帰りに公園へ行こうと思っていたくらいですから」
「良かった……」
心底ホッとした顔をしている。本当に優しくて子煩悩な人だ。
ひなと光陽くんはすっかり仲良くなったようだ。
しばらく二人で子供達を眺めていたが、どうしても祖母の幼馴染みの話を聞きたくなった。たぶん、この人のおじいさんだろう。
「あの……実は私の祖母が今月の9日に亡くなったんです」
「え……そうだったんですか。お悔やみ申し上げます。長く患われていたのですか?」
「いえ。前日までごく普通にしていました。年齢を感じないくらい元気な人で。それなのに珍しく朝起きてこなくて、祖母の部屋に行ったらもう息をしていませんでした。寝ている間に脳卒中を起したそうです」
「……そうでしたか……」
「あの、祖母が亡くなる前日にこちらに来ていたんです」
「え?」
「花まつりの縁日が出ていて、私とひなにお土産を買ってきてくれて……。幼馴染みに会ったと話していました」
「幼馴染み?」
「遺品整理をしていたら、おそらくこちらの住職さんだった方と祖母の写真が出てきたんです。若いときの写真です。叔母によると、祖母の幼馴染だと。その方は今いらっしゃいますか?」
「お祖母さまの幼馴染みだとすると、うちのじいさんのことですよね」
「そうだと思います」
「本当に幼馴染みに会ったと……?」
「……? そう言ってましたけど、何か?」
なんだかとても言いにくそうにしている。
お祖父さまに何かあったのだろうか。
「残念ながらここにはいません。じいさん……祖父は亡くなりました。もう6年前のことです。祖母も2年前に亡くなって、今年三回忌になります」
「えぇ? うそ……」
「嘘は吐きません。だからお祖母さまと祖父が会うことはなかったと思うのですが……。もしかしたら、お墓参りに来てくださったのかもしれませんね。本堂の裏にお墓があるんですよ。うちの代々の墓と、檀家さんのお墓もあります。そこじゃないでしょうか」
「お墓参り……」
「はい。おそらくは……」
お墓参り……だったのだろうか?
おぼろげに覚えている限りでは、祖母は「久しぶりに会ってたくさん話したの!」と楽しそうに話していた気がするんだけど……。
あまり納得いかなかったけど、亡くなった人と会うことはできないのだから、長岡さんの推測が正しいのだろう。
「同居されていたんですか? お祖母さまと」
「はい。私は小さい時に母を亡くして、父方の祖母と父に育てられたんです」
「じゃあお祖母さまは母親代わり……それは寂しいですね」
「寂しいです。ひなのことも、祖母がいなかったらここまで育てられなかったから……」
「……?」
そこで私は喋りすぎていることに気づいた。なにも自らシングルマザーだという必要はないのだ。この人の何でも聞いてくれそうな雰囲気に、いつの間にか気を許してしまっていた。
「ひな、曾おばあちゃんが大好きだったので……」
「うちもそうです。曾おばあちゃんが大好きで。僕の方はもう二人とも亡くなってしまったんですが、妻の祖母は健在で」
「いいですね……そっか……」
「今は施設に入っているんですけど、よく会いに行ってますよ。だから……今、ひなちゃんも寂しいでしょうね」
「そう、ですね……」
ひなは片親だから、私の祖母と私の両親しかいない。
でも本来なら父方母方の両方の親族がいるのよね。
そんな当たり前のことを改めて気付かされた。
鷹也の方の祖父母やご両親はお元気なのだろうか。今まで考えたこともなかったのに、何故かそんなことをふと考えてしまった。
鷹也に伝えていないんだから、当然鷹也のご両親は孫がいることを知らない。もし知ったら、会いたいと思ってくれるのだろうか?
お父様は宴会であったとき、早く孫の顔を見せてくれって言ってたよね。
ひなを会わせないのは、良くないことなのかしら。
それに、鷹也にも……。
せっかく頭の中をデトックスしに来たのに、また考え込んでしまいそう……
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