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帰国して海外事業部に配属された俺は、忙しい毎日を過ごしていた。
不動産屋から物件情報が届いているものの、目を通す暇すらない。
母からは再三にわたってメッセージが入っていた。マンションが決まるまでの間、ホテル暮らしでは不便だろうから、とりあえず実家に戻れと。
だが今更実家に戻るつもりはない。戻ってしまえば両親からの干渉が鬱陶しいのは目に見えている。
とは言え、ホテル暮らしもやはり落ち着かない。
そろそろ落ち着く場所を決めないとな……。
ゴールデンウィーク初日の土曜日。
俺はいくつかの物件に目星を付け、内覧させてもらうことにした。
以前住んでいたのは杏子のお祖母さんのマンションの近くだった。
杏子は結婚したのだから、もうそこには住んでいないのだろうけれど、懐かしさからどうしてもその方面で物件を探してしまっていた。会社まで電車で1本だからと心の中で言い訳して。
お祖母さんが亡くなったなら、あのマンションはどうしたのだろう?
そんなことを考えながら、不動産屋の車の後部座席から外を見ていると、まさにそのマンションの前で赤信号になった。
自転車置き場と思われるドアが開き、中から子供を自転車の後ろに乗せた女性が出てきた。
ショートカットの小さな頭のその女性に既視感を覚える。
杏子だ!
杏子が何故ここに? 結婚したのではないのか?
そもそも、会社を辞めて他県にある会社に就職したんじゃなかったのか?
結婚して戻ってきたということか……。
「あの! ここで降ろしてください!」
「え? どうかされましたか?」
思わず降りようとして不動産屋に頼んだものの、自転車は車と反対方向へスイスイと走り出してしまった。
「あ、いえ……いいです。次の物件に行ってください」
今更追いかけたところで追いつくわけがない。
それより、お祖母さんと住んでいた元のマンションに杏子が住んでいることがわかった。
音信不通になってから全く手がかりがなかったのに、これはかなりの収穫だ。
おそらく入れ替わった時のあのマンションはここなのだろう。
髪を切ったと知っていなければ見過ごしてしまっていたかもしれない。
杏子は結婚している。
子供もいる。
でも、それでも俺は諦められずにいた。
杏子と直接会って話がしたい。
別れることになった最後の日、どうして杏子はあそこまでかたくなに俺を切ったのだろう?
それなのに、同窓会で再会して、どうして俺を受け入れた?
俺の想いは今でも杏子にある。
杏子を諦めるにしても、自分を納得させる説明が必要なんだ。
不動産屋と内覧を済ませた俺は、部屋を仮押さえすることにした。
杏子の住むマンションまで徒歩3分の距離だったのはただの偶然だ。
俺はストーカーではないのだから。
不動産屋の後は、ずっと気になっていた出産祝いを持って、従兄に会いに行くことにした。
俺がアメリカに行っている間に第一子が生まれ、帰国の直前に第二子が生まれた。
だからまだどちらの子供にも会っていなかった。
結局、出産祝いは百貨店の子供服売り場でお揃いになる服を選んでもらった。
初めて姪と甥に会うのだ。どちらにもプレゼントが必要だろう。
俺は久しぶりに母の実家を訪れた。
「久しぶりだな……」