「あ、そうだ!パソコンならあるから、見てみない?綾菜のサプライズ!」
「ここで、ですか?」
「いいじゃない!あ、1人で見たいなら私は見ないようにしとくけど?」
「はぁ…、まぁ…」
はっきり返事をしないので、さっさとパソコンを出して電源を入れる。
「それ、どっかに刺して見るんだよね?」
「はい、そうです」
私はパソコンが苦手、だから見てませんアピールをしておく。
パソコンに刺して、操作を始めたのを確認して、私は離れた。
「面白いヤツだったら、私にも見せてね!」
カチカチとマウスで操作して、メモリーを開いたようだ。
パソコンの背をこちらに向けているので、画面は見えないけど健二の顔はよく見える。
『結婚記念日、今日で何回目かおぼえてる?』
録画された綾菜の声が聞こえた。
ボリュームが大きくて、慌てて下げる。
声はほとんど聞き取れないくらい小さくしたようだ。
私は翔太に掛けた毛布を直しながら、健二の様子を盗み見していた。
合言葉に気づいたらどんな顔をするだろう?
「どんな感じぃ?サプライズだった?」
素知らぬ顔で聞いてみる。
そろそろあの四桁の合言葉の辺りだと思って。
「!!」
明らかに健二の顔色が変わった。
ぴろろろろろろ♫
不意にスマホの着信があった。
私のスマホに発信者、綾菜の文字。
私以上に、パソコンを見ていた健二が驚いた顔をしている。
『もしもし?お母さん?』
「うん、もうおひらきになったの?」
『そう、終わり。何人かはまだ三次会に行くみたいだけど』
「いいよ、なんなら泊まってきたら?翔太は健二君に任せといてさ」
『いやいや、これから帰るって言ってるのに』
「そりゃ、ひさしぶりに会ったんだもん、そういうことになるよね?」
『ちょっ、お母さん、何言ってるの?』
「いいんじゃない?お酒のせいにしてさ、一回くらいそういうことしても」
『もうっ、なにわけのわかんないこと言ってるの?』
わざと、綾菜がいま、懐かしい男と会って不倫するかも?的な会話をしているように、返事をする。
私の返事しか聞こえていない健二には、妄想の場面が浮かんでいることだろう。
「じゃ、こっちは任せていいから、素敵な夜を…」
一方的に電話を切った。
きっと綾菜の頭の中はちんぷんかんだろう。
それでも、健二にも味わって欲しかった、パートナーが別の誰かと……そういう状況を。
「なんか、今の電話って、これから、その…なんかしそうな会話してませんでした?」
なんとも言えない表情で、健二が問いかけてきた。
「楽しそうだったよ、綾菜。若いっていいなぁ。あ、ところでさ、サプライズには合言葉があるって言ってなかった?綾菜」
わざと話をそらす、そしてメモリーの話へと。
「え、あ、合言葉?あー、気づかなかったなぁ、なんのことだろう?」
明らかに目が泳ぐ。
「そうなの?私はてっきり2人にしかわからない言葉だと思ってたんだけどな。わかった、じゃあ、綾菜に直接聞いてみるかな」
スマホを取り出し、綾菜に電話をかける。
「あ、あの、いいです、俺が自分で確認するんで!」
ものすごく慌てている。
「あれ?出ない、ということはもしかして…?」
「もしかしてって?」
「クラス会で再会!そしてひと夜の…むふふ♪」
「そんな、まさか!」
「わからないよー、綾菜だって、健二君の浮気を知った時、まさか!と思ったはずだし」
「あ、それは、その…」
「さぁ、どうする?」
自分のスマホを見てなにやら考えている健二。
「この際さぁ、一回だけ見逃してあげれば?健二君だって、一回だけなんだし。それでおあいこじゃないの?」
一回だけ!を強調してみた。
健二君、一回だけだよね?の意味で。
「一回だけでも…」
「一回だけでも?」
「その後も続いたりしないのかな…」
「続いたの?健二君は…?」
ハッとする健二。
「まぁ万が一続いてたりしたら、それはもうバレてるよ、きっと。女の勘をなめてかかると痛い目に遭うよ」
できるだけ無表情に言う。
「なぁんてね!あれだけ謝って反省してたんだから、続くわけないよね」
今度はできるだけ明るく言う。
「あは…ないですよ、ホント!」
「でしょ?もしもそんなことになってたら、綾菜は刃物を持ち出すかもね、だから気をつけて。あれでなかなか手がつけられないとこあるからね、親の私でも」
おーこわ!と肩をすくめて見せる。
「刃物ってそんな…」
「あー、心配いらないよ、綾菜は健二君のこと大好きだから、刃物の餌食になるのは相手の女だから」
今度はパソコンを見る健二。
あの合言葉の四桁の数字を思い出したのだろう。
さて、どうする?
「んー、ばぁば?」
「あら、しょうちゃん起きちゃった?」
ピンポーン♪
玄関チャイムの音がした。
「ねぇ、健二来てる?」
綾菜だった。
「家に帰ったら誰もいなかったから、そのままタクシーでこっち来ちゃったよ。あ、健二も翔太もいたのね」
「あら、早かったのね。てっきり泊まってくるかと思ってたわよ」
「だから、なんでそうなるのよ、お母さんったら!」
少し酔ってはいるけど、いつもと変わらない綾菜。
「もうっ!あんまり遅いから私までこっちにくる羽目になったでしょ!翔太、帰ろっか?」
「んー、ねむいからばぁばとねる…」
翔太は動きたくなさそうだ。
「もう遅いから泊まっていけば?」
「え?でも…」
「そこに布団を並べて雑魚寝すればいいよ」
「それもいいね!じゃ、泊まってこか?」
「う、うん、」
健二が少々挙動不審。
「じゃぁ、お布団持ってくるから、綾菜はお風呂入っちゃって」
「うん、健二は?」
「あ、俺はあとでいいや」
「じゃ、私、先に入ってくるね」
ふんふふん♪と鼻歌混じりでお風呂に向かう綾菜。
クラス会がよほど楽しかったのか、ご機嫌のもよう。
一方、健二は、パソコンからあのフラッシュメモリーを抜いてポケットにしまっていた。
私は知らん顔して、2階から布団を下ろしてくる。
「狭いけど、2人分で3人仲良く寝てね」
「あ、はい、すみません」
健二は、ちょっと元気がない。
「心配だったら聞いてみれば?綾菜に。何もなかったかもしれないし、なにかあったかもしれないし。あ、合言葉の答えも聞いといて。私も気になるから」
「はぁ…」
「じゃ、おやすみぃ」
私はそのまま2階に上がった。
綾菜がお風呂を上がった頃にLINEをする。
〈綾菜、メモリー、あったよ。でも健二君、合言葉がわからなかったって言ってたから。おしえてあげたら?私も知りたいし〉
ぴこん🎶
《あったんだ!なくしたって言ってたから、半分諦めてたんだけど》
〈うちのリビングに落ちてたから、さっき渡したよ。それでパソコンで見てたけどね〉
ぴこん🎶
《見たのに合言葉がわからなかったか、まぁ、いいや》
〈いいの?知りたかったなぁ。おやすみ〉
これから下のリビングで、何か話し合いが行なわれるのか気になって眠気がどこかへ行った。
でもやっぱり
寝てた。
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