放課後の教室には、夕焼けが差し込んでいた。教卓の影が長く伸び、窓際の席に座る紗季(さき)の横顔を赤く染める。
「……ほんと、夏って感じだね」
隣の席の葵(あおい)がぽつりとつぶやいた。紗季は窓の外を見るふりをして、こっそりと息を吐いた。この空気が、好きだった。放課後に残る誰もいない教室、静かな時間、ふたりきりの空間。
「来年の今頃、私たち、どうしてると思う?」
「さあ……」紗季は笑ってごまかす。「大学生、になってるといいけど」
葵は何も言わず、ふと立ち上がって黒板に向かう。そして、白いチョークで何かを書き始めた。くるくるとした文字が浮かび上がる。
「“約束:また、ここで会う。”」
「なにそれ」紗季が笑うと、葵はちょっとだけ照れくさそうに肩をすくめた。
「もし、何かが変わっちゃっても、ここに戻ってこよう。高校の、今の私たちにしかできない約束だよ」
紗季は一瞬、胸が締めつけられるのを感じた。夕陽のせいじゃない。たぶん、未来が少し怖かった。でも葵となら――。
「うん。約束ね」
ふたりは笑い合い、教室を後にした。黒板に書かれた文字は、夕陽とともに静かに消えていった。
けれど、それは確かに――未来への小さな灯火だった。