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そして1年がたった。蝉の声が遠くで響く。夏の終わりを告げる、夕暮れの音。
紗季は校門の前で立ち止まった。卒業してから、一度も来ていなかった母校の校舎。制服姿の生徒たちが遠くで手を振っている。自分も、ほんの少し前まであの中にいたのに。まるで何年も前のことみたいだった。
胸ポケットには、去年の冬に買ったまま渡せなかった手紙。葵への、最後の気持ち。
(来てくれてる、かな)
紗季は軽く息を吸い、校舎へと足を踏み入れた。
静まり返った旧校舎。教室のドアを開けると、あの夕焼けの光が、去年と同じように差し込んでいた。そして――「……やっぱり、来たんだ」
窓際には、ひとりの少女が立っていた。髪を後ろでまとめ、去年より少し背が伸びたその姿。間違えようがない。
「葵……」
彼女は笑った。変わらない優しい笑顔。だけど、その目には少しだけ涙がにじんでいるように見えた。
「今日、来なかったらどうしようって思ってた」
「バカだな、私だって……同じこと思ってたよ」
ふたりは少しだけ笑って、でも次の言葉がなかなか出てこない。教室の空気が、ゆっくりと夕焼けに溶けていく。