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「びっくりしたでござるな! コユキ殿!」
「うわあっ!」
突然自分の隣に姿を現した善悪の語り掛けに度肝を抜かしたコユキである。
善悪は足元にそっと置かれた純白の鶴の尾羽を指さしながら悪びれる風も無く言う。
「持って来たよ鶴の羽、んでさっきの凄い破裂音って何だったのでござるか?」
「ああ、そうか…… それで突然現れたのね、ああ、驚いたー! 心臓を握りつぶされた感じだったわよ、風呂上りみたいな感じね!」
善悪は焦った感じで言葉を重ねるのであった。
「え、お風呂上りに心臓を握りつぶされ…… ねえ、一回ちゃんと調べた方が良いのではござらぬか? 死ぬよ、まじで……」
コユキも真面目な顔で答える。
「前向きに検討するわ…… そんな事はさておき、さっきの音でしょ? 凄かったのよぉ、んまあ百聞は一見に如かず、も一度やって貰うから見てなさいよ、お願いねフンババ君、はいこれ青柿!」
そんな事じゃないだろ! ばあちゃんアンタが早死にしたら私、観察者も生まれて来なくなっちゃうじゃないの! そんな私の声はいつも通り届ける術を持たなかったのだが、同意見だったのだろうか?
青柿を差し出されたフンババは、首を左右に振ってからコユキが握りしめている『美味しそうな柿の種ピーナッツ入り(小袋)』を指さすのであった。
自分の手に握っていたオカキの小袋に一回目を向けたコユキは、フンババの顔に視線を戻して確認するように聞く。
「ん、ああ、そうか! 投げる為には柿の種を食べてって事かな? そうよね?」
予想と違いフンババは再び首を左右に振って否定の意思を表している。
カサカサカサ
コユキに握られたオカキが袋の中で動いたらしく例の音がなったのである。
大分このやり取りに慣れてきたコユキが反射的に賞味期限表示を見てみると、そこには新たな文言が表示されていた。
『右肘に張、六日間の休養を要求』
コユキは思わず叫ぶ。
「中六日なの? たった一球で? うわっ、コスパ悪っ!」
善悪は不思議そうな顔を傾げて見つめている。
「なんか再現には時間が掛かるみたいだから口で言うわね、さっきフンババ君に青柿渡したら物凄い剛速球を投げたんだけどさ、なんとびっくりただの青柿で高そうなお墓を一つ粉砕しちゃったのよ! ね? びっくりするでしょ?」
暢気(のんき)なコユキの言葉を聞いた善悪はシュバババっと素早く移動して墓地の様子を確認するのであった。
ホッと胸を撫で下ろしながら戻ってきた善悪にコユキが今更ながら心配そうに聞くのである。
「そうだよね、檀家さんのお墓なんだもんね…… どうしよう、怒られるよね?」
善悪は気安い口調で言う。
「ああ、心配いらないでござるよ、四桐家(シキリけ)先祖代々のお墓だったでござるから」
「え! 鯛男さんちの? 大変じゃないの! 粉々よ粉々! 弁償とか言われたらどうすんのよ、今お寺結構ピンチなんでしょ? 経済的に」
「ああ、他の家だったらヤバかったね、だけどね、こんな事もあろうかと鯛男(タイオ)については幼児の頃から手を打って置いたのでござるよ、この程度の事では拙者に対して一言の文句も言えないのでござる! まあ、アイスの棒、そうだね、アタリのヤツでも挿して置けば十分でござろう」
「こ、こんな事も? あろうかとって……」
まだ不安が残っていたコユキではあったが、檀家さんとお寺さんの話にあまり首を突っ込むものでは無いな、と大人の判断を下す事として、これ以上の話を慎む事にしたのである。
そして、場のムードを変える為に強引に話を変えるのであった。
「ご、ごほんっ! 黒曜石はモース硬度六程度、とはいえ投げたのは何の変哲もない青柿よ、どうなってるのかしらね? ほらこの柿って指で簡単に傷つけられるわよ、見てよ」
「どれどれ」
「ほう、我にも見せてくれよ」
善悪だけじゃなくアスタロトも興味があったのか手を差し出して青柿を求めるのである、コユキの左右に並んだリエとリョウコも気になっているようで覗き込んでいる。
チロシロクロはアジ・ダハーカと一緒に鶴の尾羽を覗き込み、代表して鼻をクンカクンカさせているチロの背にはパズスが胸を張りつつ跨る(またがる)のであった。
横目で狼たちの様子を気にしながら、鶴の尾羽の元々である、カルラの能力の高さを思い出し、心強さを感じていたコユキは、善悪とアスタロトに渡そうとしていた青柿をうっかり地面に落としてしまったのであった。
「はっ! 『加速(アクセル)』!」
「り、『反射(リフレクション)』!」
「クっ! 『エクスダブル』!」
「『鉄盾(アスピーダ)』!」
ドォォンっ! バチィィっ! ゴウっ! ヴンヴンヴンヴンヴン ドッチャァ――――!
「あーれぇぇぇぇー!」
青柿が地面に接触する直前、コユキはリョウコとリエを両脇に抱えて神速でその場を離脱し、アスタロトと善悪は自身の防御を固め、パズスは弟と狼達を鉄盾のバリアで包んだのだが、蟹と猿もちゃっかりその中に避難していたのであった。
幸いにも回避と防御に特化したメンバーが境内に揃っていた事で、全員ノーダメージで乗り切ることが出来たが、この『青柿』が軽々(けいけい)に取り扱う事が出来ない、諸刃の剣である事を皆が心に刻み込んだ瞬間となったのである。
特に大量の牛の糞に飲み込まれながら、斜面を谷底へと流されていった善悪には忘れられない経験になったのではなかろうか?
肉体的にはノーダメージである事は不幸中の幸いと言ってよいだろう。
三十分後、糞塗れ(まみれ)になってとぼとぼ帰ってきた善悪は、境内の隅にある外水道で体の汚れを流しながら寂しそうに呟くのであった。
「汚されっちゃった…… とほほ」
と。
結局匂いが完全に取れることは無く、その日は最後まで皆に距離を取られて疎外感を味わい捲った善悪は、夜、涙で枕を濡らしたのであった。