テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
砂原 紗藍
#再会
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
***
木曜日は私は有給。一矢くんは時間を作ってくれるらしい。
経営者って立場だから、勤務時間に関する制約はないが、逆に管理してもらわないと休む時間が見つけられないと苦笑していた。
その点、自分に大変な部分を押し付けていた父親が退き、優秀な妹が産休な今、忙しくて社長室に代わりに猫を置いて逃走したいと、笑っていたが目は笑っていなかった。
一矢くんのお父さんは、うちの祖父と同じぐらい破天荒で回りがしがみついていかないと振り落としても新しいことに飛び込んでいくタイプだと思う。
そんな祖父に育てられたせいで、母が神経質なほど真面目で融通が利かなくて、でも祖父みたいに自分の意思を貫き通すのは分かる気がする。
騙されたときは、本当に親なのかと恨んだ時もあったのにな。
なので私が婚姻届けを提出する前に向かった先は、丹伊田歯科。
駅に大きな看板がある通り、バスで10分も掛からないぐらいだった。
以前は旧華族屋敷跡、祖父の実家のお屋敷で歯科を創業し、レトロな屋敷で人気を博したらしいけど、お屋敷の老化と文化遺産への登録を迫られ、それから南城医療メーカーでインテリアから内装、外装すべてコーディネートしてもらってから付き合いは長いらしい。
それを知っていたら、中学の時にもっと私たちは接近できていたかもしれない。
私は祖父がただの派手な歯医者さんぐらいの認識しかなかったのも悔やまれる。
今の外装は、落ち着いた和テイストの外見に、庭園にはアイキャッチとして鮮やかな植栽と季節を感じる木々。それらを診察台全てから一望できるとかで人気らしい。
「こんにちは」
日差しが待合室を照らし、明るく清潔な室内。
座る場所がいないぐらい、すでに患者さんが待っている。
休憩中とかもう少し時間を考えればよかった。これじゃあ母と会話するのさえ難しいかもしれない。
まあ騙されたお礼ぐらいは一言言っておこう。
「おはようございます」
受付のカウンターには若い女性が二人、奥でカルテを用意したり道具の準備をしている助手が数人、そしてパソコンの前で作業をしている母がいた。
私の挨拶で、奥の母はすぐに気づいた。
「母と祖父がお世話になっております。近くを寄ったもので」
「まあ、ありがとうございます。院長をお呼びしましょうか」
「叔父さんも忙しいから大丈夫ですよ。では」
私と一矢くんの最近のお気に入りのケーキ屋さんのプリンとシュークリームを差し入れた。プリンだけにしようとしたが、意外と瓶のプリンって重いので半分はシュークリームにした。
「少し席を外すわ。予約患者だけ確認お願いするわね」
くるりと椅子が回転したと思うと、母がカウンターから出てくる。
相変わらず、上品な振る舞いに迫力ある瞳。
威圧されそうなほど綺麗だと思う。美魔女だって祖父が爆笑していたのが分かる。
母が庭園の方に向かうので、私もついていった。
「経営、順調そうですね」
「突然、なに?」
桜の木の前で母は私の方へ振り返った。
ちょうど診察室からは木で隠れて見えない位置。
なので私は微笑む。
「一矢くんとお母さんに騙されてると知った私の気持ちが分かる?」
意地悪な質問をしてみた。ヒステリックに怒り出すのか少しリスキーだったけど母の顔は柔らかい。
そして不敵に笑って、目を閉じた。
「一矢くんを許してあげたのね」
「は? なんでわかったの!」
私のターン。ってばかりに母を攻めようとしたのに、母は強し。
私のことなんてお見通しとばかりに笑う。
「昔のお洒落に目覚めた貴方みたいに目が輝いてるんだもの」
「うっそお」
「……せっかく私に似て、綺麗に生まれたのに。貴方、全然おしゃれっ気ないし。いつ恋バナに花を咲かせられるのかしらって楽しみにしてたの。そうしたら初めて中学の時に『お母さんの使ってるシャンプー、私も使っていい?』って言ってきたでしょ」
母は目を開けると、木に手を置いて見上げる。陰になって私たちを覆い隠す桜の木を、うっとりと、昔を懐かしむように見上げていた。
「髪を手入れして、艶やかになって、どんどん綺麗になっていく娘が自慢だった。ああ、恋をしてるのねって。ついに恋バナができるって楽しみだったのに。貴方が髪を切られ失神した日、忘れもしないわ。弁護士なんてつけず、私の手で相手を殺してやろうかと思った」
「あはは。あの時の記憶は鮮明じゃないけど、おじいちゃんたちから聞いてたから知ってるよ」
「恋をして楽しそうだった。それが綺麗な髪ごと壊された。やっと育っていた恋が。一生許せられないと思っていたのよ。でも一矢くん、いまだに貴方を思っていたようだから、めちゃくちゃに傷つけられて去っていけばいいと思ったし」
クスクス笑う。
「貴方の初恋が成就できたらいいなと思ったのよ」
「賭けだったの?」
「だって私じゃ相手を痛めつけて終わり。でも華怜はそんなこと望んでなかったでしょ。でもしつこい一矢くんの粘り勝ちみたいねえ」
私を頭の上からつま先まで観察したあと、口に手をあてて頷く。
「良かった。爪先だけじゃない」
「敵わないなあ……少し意地悪しようと来たのに」
ヒステリックではないときの母は、私より何枚も上手だ。
「後悔してたの。もし私があの時、貴方を女子校へ転校させなければ。一矢くんが毎日謝りに来ていた時、一度でも家に上げていたら。私が弁護士まで投入して引き裂かなかったら――貴方は恋から逃げなかったのかなって」