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「おまえがやるんだ。僕はおまえの手で死にたい。お願い…僕の最後の願いを聞いて…」
「嫌ですっ、絶対に嫌だ!俺の手であなたを殺すなど…っ」
「これは避けられない運命なんだ。ラズールはずっと僕の願いを聞いてくれた。なのに最後の願いは、聞いてくれないの?」
「フィル様…あなたは…ひどい方だ…!」
ラズールの顔が苦痛に歪む。
僕は床に落ちていたシャツを拾って着ると、ラズールの背後に回って彼の肩にもシャツをかけた。
「ラズール、もうすぐトラビスが戻ってくる。そうしたら僕は姉上の部屋へ行くよ。時間がないんだ。だから早く…覚悟を決めて」
「嫌だっ」
ラズールは、まるで小さな子供が駄々をこねるように嫌だと繰り返す。
僕は困ってしまって、目の前のラズールの背中に抱きついた。
「今まで傍にいて僕を守ってくれてありがとう。これからは、姉上を守ってあげてね」
「約束できません…」
「ふふっ、おまえがこんなに我儘だったなんて知らなかったよ」
笑いながらラズールから離れたその時、扉が叩かれる音と共に声がした。
「フィル様、開けてもよろしいですか?」
「少し待って」
僕はラズールにシャツを着るように言うと、服を整えて扉に向かった。
鍵を外して扉を開ける。
すぐ目の前に立っていたトラビスが、僕の背後に目を向けて眉間に皺を寄せた。
「ラズール、いたのか。鼻が利くのか勘がいいのか。知らせる前にフィル様の帰還に気づくとは…」
「フィル様が近くに来ればわかる。フィル様が生まれた瞬間から、俺は傍にいるのだからな」
「ふん、裏切り者のくせに」
「トラビス」
「はっ!」
僕の咎める声に、トラビスがその場で膝をつく。
僕はトラビスを見下ろして、小さく息を吐いた。
二人は仲が悪いのか?
確かラズールは、僕に敵対心を燃やすトラビスのことをよく思ってはいなかった。
でもトラビスは、ラズールのことを何とも思ってなかったはずだ。なのになぜ、ラズールのことを嫌ってるような発言をするのだろう。二人はそんなに関わりがなかったと思うのだけど。
僕は身体を横に向けて「入れ」と言う。
しかしトラビスは、膝をついたまま顔を上げた。
「フィル様、大宰相がお呼びです。今から新王の部屋へ来て欲しいとのことですが、よろしいですか?」
「…わかった」
トラビスは立ち上がると、後ろに下がって僕に頭を下げる。
僕は頷いて部屋を出ようとした。すると後ろからラズールがとても低い声を出した。
「フィル様は帰還されたばかりだ。今日は疲れている。明日にしてくれと大宰相に伝えろ」
「ラズール、大宰相の命令に背くのか?」
トラビスがゆっくりと顔を上げてラズールを睨む。
トラビスの視線を追って振り返ると、ラズールがトラビスを睨みながら近づき僕の隣で止まった。
ラズールは、僕を隠すように一歩前に出てトラビスと対峙する。
しばらくして先に口を開いたのはトラビスだった。
「ふん、新王の側近だからといって態度が横柄ではないか?ラズール、おまえが大宰相の命令に否と答えたのだ。自分の口で明日にしてくれと報告してこい」
「わかった。後で行く」
「は?今すぐだ」
「無理だな。俺はまだフィル様と話し中だ。だからおまえは邪魔だ。早く消えろ」
ラズールは低い声で淡々と言いたいことを言うと、トラビスの目の前で勢いよく扉を閉めて鍵をかけた。
外でトラビスが「ラズール!」と叫んで扉を叩いている。
「トラビス!無礼者めがっ!ここはフィル様の部屋だぞっ」
ラズールが扉の外に向かって怒鳴ると、「くそっ」と悪態をつく声がした後に、トラビスが離れていく足音が聞こえた。
僕は目の前の背中を見つめる。そして荒い呼吸をして上下に肩を動かす背中に、額をつけた。
「なに勝手なことしてるの…。僕は姉上の部屋に行くつもりだったのに」
「ダメです。今はまだ…ダメです」
「おまえ、どうしたの。こんな最後になって我儘ばかり言うんだな」
「最後って言うなっ」
ラズールの大きな声に、僕の身体がビクンと跳ねた。
なんだよ…いつも優しかったのに、どうしてそんなに怒ってばかりいるの。
額をつけた背中が震えている。荒い呼吸のせいじゃない。もしかして…。
「…泣いてるの?」
「泣いてません…。俺は、人前で泣いたりしません」
「うそつき。泣いてるじゃないか」
「あなたはなぜ、泣かないのです?死ぬことが怖くないのですかっ」
「怖いよ。でも、姉上やラズールがいなくなることの方が怖いから…だから大丈夫」
「なにが大丈夫ですか…大丈夫なわけがないっ…」
「もう、そんなに怒らないで。ほら、泣き止んでよ」
「俺は泣いてませんっ」
突然ラズールが振り返り、僕を強く抱きしめた。僕の肩に顔を埋めたまま動かない。
僕もラズールの気が済むまで、動かなかった。
しばらくしてラズールが顔を上げ、鼻をすすりながら「大宰相に話してきます」と部屋を出て行った。
出て行く際に「鍵をかけるように」と言われたので、鍵をかける。そしてベッドに腰掛けてぼんやりとしていたが、ひどく疲れた気がして横になり目を閉じた。
一日、僕の命が伸びた。せっかく覚悟を決めていたのに、なんだか気が抜けてしまった。それにラズールが、あんなに反対するとは思わなかったな。相変わらず僕を大切に思ってくれて嬉しい。でもね、未練が残ってしまうから、もうやめて。明日になったら、ちゃんと僕を殺して。
ラズールが戻って来るまでは起きていようと頑張っていたけど、よほど疲れていたらしく、僕はいつの間にか深く眠ってしまった。