目が覚めたときには、暗い室内でわたしは、課長の匂いに包まれていた。――いや、課長そのものに。
「……おはよ」
「おはようございます課長……」わたしは昨晩の記憶を整理する。――あれ、わたし、課長を包み込みながらソファーに寄りかかって寝ていたはず……。
眼鏡をかけている課長は、
「おはよ。莉子。好き。……愛している……」
そうしてねっとりと熱い舌でわたしの口内をまさぐると、続いてわたしの服に手をかける。――課長の、手つきが、好き。触られるだけで子宮がきゅっとなる。こんな感覚……こんな感情を教えてくれたのは、あなたなんだよ。課長……。
「あー幸せ……」
いつもならわたしの全身を貪るはずの課長は、これから始まるふたりきりの生活を本当に楽しみにしていたのだろう。抱き締める余裕さえ感じられる。わたしがふっと笑うと、
「……どした?」
「いえ課長。……当たって、ます……」
「惚れぬいた女の子と一緒のベッドで寝てて勃起しないほうがどうかしてんよ」
課長の頬が、わたしの頬に重なる。わたしを包み込む課長の手つきが愛おしい。
「でも課長……。寝起きじゃないでしょ? 眼鏡かけてるし、顔も洗ってるっぽいし……」
「どきり」とおそらく笑った課長は、「きみには隠しごと出来ないなあ……。おれさ。きみのことが大好きで大好きで。眠ってるきみが可愛くてたまらなくて……ずっとずっと見ていた。きみが早く起きたらいいな、でもそう思ってるのに、見守ってるこのときが幸せで、さ……」
わたしは課長の広い背中に手を回す。男性に特有の、締まった背をさすりながら、
「ずっと、一緒、なんですね……わたしたち」
「ああ」と課長。祝日が重なり、九月の連休は五連休。神は、つき合いたての恋人たちに、なんたるご褒美を与えてくれたもうたのか! 毎日課長を職場で見られるだけでも幸せなのに。交代でお泊りごっこをするのも幸せなのに。……か、課長と一緒の五日間……! 出血大サービスにもほどがある。
わたしの髪を撫でる課長のやさしい手つきを感じながら、わたしは、
「いつ、起きたんです? 課長、ソファーで寝てませんでした? 疲れ、溜まってますよね……大丈夫ですか?」わたしは課長の耳に口づけると、「疲れてるのなら、今日水族館とか、無理しなくても……」
「ありがとう莉子。疲れてない職業人なんていないし、おれはね。きみと一緒にいる時間が、宝物だと思っているんだ……。健気に思い続けてきたおれへのご褒美かな。きみに惚れて以来、オナニーはしたけど、女の子には一切触れなかった。いまどきハンバーガーを食べる修行僧よりも禁欲的な日々を、過ごしていたいんだよ……莉子」
でも、課長は、わたしの唇を口づける。嬉しそうに。幸せそうに。そんな課長を感じるだけで幸せで蕩けそうになる。
「か、ちょう……」
べろり、とわたしの首筋を舐めあげると課長は、鼻をくっつけて笑った。「次、『課長』って言ったら百回キスの刑」
「えーだって。課長はわたしにとって、課長なんですから。三年以上課長と呼んでいるんですから。いまさら課長呼びなんて止められません……第一」
わたしは声を落とすと、
「職場で間違えて『遼一さん』なんて呼んじゃったら、恥、ずかしい……じゃないですか」
「いいじゃん全然」と課長はわたしの鼻を摘まみ、「おれ、照れてる莉子を職場で見たいな。恥ずかしがってる莉子を見たい……」
「だからもう課長」わたしはいやいやと首を振り、「なんでそう、……あ、あまいんですか。恋人って……恋人同士って、こういうやり取りをするのが、普、通……なんですか?」
「可愛いなあ莉子」すると、わたしは彼の胸のなかに抱き締められる。「うぶうぶで、外でクールな顔装っているくせして、こんなに愛らしい女の子が潜んでるなんて。お兄さん知らなかった。莉子。おれ、おまえが可愛くてたまらない。気絶しそうなくらいに愛している」
「だから、なんで、もう、課長……んっ」
性行為の際、課長は声色を変える。腹筋を鍛え上げた人間に特有の、芯のある声を出すのに、やさしく――激しく、ささやくのだ。わたしを骨抜きにするあまったるいキスを下すこの男は。
「おれが宣戦布告してから、きみは、七回、おれを『課長』と呼んだ……つまり」
大きな舌を使ってわたしの唇を下から上に、舐めあげると課長は、
「おれには、きみを七百回キスする権利がある――」
課長は、有言実行の男だった。
* * *
なんて、この男は懸命に女を愛しぬくのだろう。
と思えるくらいに、真摯に、課長は、わたしを愛しこむ。献身と犠牲――そういえば課長は勃起していたはずなのに。我慢していて辛くないのだろうか。という思考が湧いてはくるものの、わたしは感覚の八割以上を、快楽に支配されている。
寝心地のいい、最高のベッドのうえで、ひろげられ。すべてを――見せつけ。すべてを、愛される。わたしという存在そのものを。
「ひあっ……あっ課長……っ」冗談じゃなく七百回キスされているかもしれない。「あ……、ん、わたし、駄目、そこ……っ」
よりによって脇の下を舐められて。そんなところが性感帯だなんて知らなかった。そもそも――課長のせいで、わたしは全身が性感帯になってしまった。負ける動物。
「莉子は……ここも、弱いんだよなあ……」くにくにとわたしの乳首を指で転がす課長は。「あーおっぱい、びんびん。……ね。舐めて欲しい? 舐めて欲しいんだよね? 舐めて欲しいんでしょう?」
なに、その、三段活用……。
「こら、なに笑ってる。ひとが真剣に言ってんのに」
「――や、あぁーっ……」高い声をあげてしまう。そんなふうに引っ張られてしまっては。「やめ……やめてやめて。わたし、これ以上、我慢出来ないよぅ……」
「――腰が、揺れているな」ずばり、指摘する課長は、とんだサディストだ。わたしの感じやすすぎる部分上位二ヶ所を、一切触らないで、わたしを、呆れるほどの到達の波へと追いやってしまう、恐ろしい手腕の持ち主。「どーこと。どーこを、触って欲しい……のかなあ? 莉子ちゃんは……」
わざと避ける課長がちょっぴり憎らしくもある。ああ、どうしよう。課長のペニスでめちゃくちゃにかき回しても欲しいし、舐めても欲しいし、……正常位も捨てがたい。
「よし、じゃあ、こうしよう……」
――えっ。
課長はくるりとわたしをうつぶせにすると、手を添え、わたしのお尻を高いところに持ち上げた。足を広げさせ、
「すげえ……垂れてる……ね、そんなに莉子、感じてる……?」
「――か、課長……」いったいなにをされるのか。驚きと興奮で鼓動がけたたましい。
黒いヘッドボードを見つめるわたしは、課長が見えないことに不安を感じる。そんなわたしのからだを支えると課長は、
「こっちの穴を――食べてやる」
「ひゃあっ!」そんなところを。確かに、前にちょっとそこを舐められたことはあるけれど、そんなところを――課長! 「や、駄目そんな、きたな……」
なにも言わずきつく吸い続ける。おかしなことに――吸われ続けるうちに、おかしな倒錯感がわたしのなかに芽生えてくる。この穴に、もっと、欲しい、と……。
なに考えているのよわたし! と、理性的なほうの自分が否定にかかるのだが、でも、大部分を結局本能に支配されている。――課長。わたしの恥丘をとんとんと刺激するおまけつきで――ああもう。止まらない。
「大分、やーらかくなってきたね……莉子……」喜びをはらんだ声でわたしのヒップを撫でる課長は、「そろそろ……おれのことが欲しくなっただろ? 莉子……」
「や、そんな……」
「だってすごいきみ、濡れてるよ」
「ひゃあん……っ」
「ああすごい。……待って。そこにタオルあるから、ちょっと敷かせて」
「は、い……」
課長が戻るのを待つ間、わたしは、猫みたいに、お尻だけ突き出した体勢で。……シーツに当たる乳首が痛いほどに張っている。舐められるだけで……あんなところを、舐められるだけで……恐ろしく濡れる女に、なってしまった。淫猥な自分と向き合う時間となる。
「お待たせ。莉子……」一旦わたしのからだをどけて、セッティングした彼は、寝そべるわたしの前に、あるものを見せつける。じゃ、じゃーん、と。
「初めてだから、挿れやすくするアイテムだよ。……どう。使ってみる?」
「い……や、課長、でもわたし……ひっ」
冷たいなにかを垂らされる。そして、ぱきぱきぱき。あの独特の開封音を鳴らされ、否が応でも期待は高まる。ごくん、と自分の唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。
「ナマでもいいんだけど」じれじれと、じれったい手つきでわたしのお尻を撫でる課長は、「最初だからね。やさしく行くよ。……どれ、莉子の穴は……どこかなあ?」
つるん、と違う穴をペニスで探られ、わたしは悲鳴をあげていた。「違います課長! お願い……わたし、挿れて……」
未知の体験なのに。どうしようもなく惹かれてしまう自分がいる。だってさっき、課長の舌がそこに入り込んだときに、気絶しそうな快楽を感じたのだ。わたしを骨抜きにした課長は、
「よくできました」と教師のように褒める。「それじゃあ莉子……新しい世界へようこそ」
わたしの前方に伸ばした手に、課長は上から手を重ねると迷いなく――わたしのなかに、入り込んだ。
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