(――違う違う! ガードレールにボンネットが接触したっ!!)
いつもと違う見慣れない景色――あまりに急なことが目の前で起きたせいで、橋本は現実を飲み込めないでいた。自分がハンドルを握るインプがガードレールに向かっているのに、ガードレールが車に向かってくる錯覚に陥ったせいだった。
ぶつかったあとの衝撃に耐えようと、ハンドルを放して肩を竦める。両目を閉じたからか、アスファルトに飛び散ったヘッドライトの音をはっきりと聞いた。
「くっ、止まれ止まれぇっ!!」
橋本が手放したハンドルを操作する宮本を前にして、ブレーキを踏むのが精一杯だった。衝突した衝撃をそのままに、勢いよくスピンを続けるインプを、下から上ってくる対向車のライトが明るく照らし出す。
「マジかよ……」
まるでスポットライトのように、自分たちを明るく照らしたライトを受けながら、絶望を口にした橋本。カチッという聞き慣れた小さな音が、耳に飛び込んできた。
「おまっ!?」
気がついたときにはバケットシートごと、苦しいくらいに躰を抱きしめられていた。シートベルトを外した宮本が上半身を使って、いきなり覆いかぶさってきたことに驚きを隠せない。
「陽さん、こんなことしかできなくてごめんなさい」
「雅輝っ!」
橋本は側面衝突を予測して、宮本の躰に両腕を強く巻きつけた。シートベルトを外している以上、車外に飛ばされる恐れがある。
抱き合うふたりを祝福するように、近づいてくる対向車のライトが煌めきを増して光輝いた。
真っ白な光に包まれながら覚悟を決めたそのとき、対向車がぶつかる衝撃に備えるべく奥歯をぎゅっと噛みしめながら、渾身の力を両腕に込めた。するとそれに呼応するように、自分を抱きしめる宮本の腕の力も増していく。
苦しいはずなのに心地よさを感じた次の瞬間、大きな衝撃を感じて躰をぶるりと震わせた。
「わっ!!」
声をあげながら目を見開くと、そこは事故ったインプの車内ではなく、あたたかい宮本の胸の中だった。しかも大きな躰が覆いかぶさった状態という思いっきり潰された状態で、ベッドの上にて横たわっていた。
「ゆ、夢だとわかっていたのに、やけにリアルだった……」
安堵のため息を吐きながら、宮本の躰に縋りつく自分の両腕を解こうとしたら、苦しいくらいに抱きしめられる。
「おーい雅輝。寝ぼけてないで、俺の上からさっさと退いてくれ。圧迫死しちまう」
「むぅ?」
声をかけると宮本は亀のように頭だけ上げて、眠そうな表情のまま辺りをゆっくり見渡した。
「ここって俺の部屋?」
「ああ。おはよ」
「おはよぅござぃます……。無事でなによりでした」
そう言って、ふたたび橋本の躰を抱きしめる。しかも頬擦りつき。鼻をすんすん鳴らしながら、橋本の無事を確かめるように、何度も背中を撫で擦る。
何気に無精ひげが当たってチクチクしたが、宮本の気持ちを考えて我慢する。
「無事っておまえ――」
「夢の中で、陽さんと入れ替わった話をしたでしょ。あれの続きを見たんです」
「そりゃ奇遇だな。俺も雅輝と入れ替わった夢を見たぞ」
宮本の耳元で囁いたら、躰に絡んでいた両腕を外すなり、まじまじと顔を覗き込んできた。
「もしかして一緒にブランチしたり、洋服を見に行って――」
「三笠山のインパクトブルーのバトル、結構面白かったな」
ププッと吹き出した橋本を見て、同じように宮本も笑いだした。
「どうして、同じ夢を見たんでしょうね。しかもふたりそろって入れ替わったものを見るなんて、すごいとしか言いようがない!」
「雅輝になって、はじめてわかったことがたくさんあった。まずはこれから、もう少しゆっくり歩くことにする」
「陽さん……」
目の前にある、優しげな宮本の眼差しが嬉しそうに細められたのに、ほんのちょっとの隙間から見える瞳が潤んだ感じに、橋本の目に映った。
「だけどもうスリリングすぎる、無茶振りな運転は体験したくない。安全運転でよろしくな。あとは変なヤツに絡まれても頭にくるだろうが、完全スルーすること」
「はい、気をつけます。それとですね陽さん、むうぅっ……」
コソッと右手の甲で素早く目元を拭ってから、言いにくそうに言葉を濁す。
「俺になってみたからこそ、いろいろ思うところがあるんだろ。何か言いたいことがあるなら、遠慮なく吐けって」
わしわしと荒々しく宮本の頭を撫でると、またしても躰をぎゅっと抱きしめられた。
「このあとブランチの予定ですけど、その前に陽さんをいただきたいんですが、大事なところは大丈夫かなぁって」
「(〃°Д°〃)だっ、大事なところって――」
「昨夜も今朝もしたのに、夢の中から無事に生還したからという理由だけで抱き合いたいなんて、俺の我儘じゃないですか。だけど陽さんの躰を、インプ以上にいたわってあげなきゃだし。ねぇ……」
橋本の顔をチラチラ窺いながら、自分の気持ちを告白する宮本の頬を、両手で挟み込んだ。
「ランエボに勝利した祝いをしなきゃだろ。それに俺の躰がどうなってるか、雅輝自身で確かめてみたらどうだ?」
両腕に力を入れて宮本の顔を引き寄せ、しっとりと唇を押しつけた。
互いに入れ替わったことにより、わかったことが多々ありすぎて、必要以上に気を遣う不器用なふたりは、このあと夢の中よりもイチャイチャしながら過ごしましたとさ。
愛でたし愛でたし(*´ -`)(´- `*)ぴとっ♪
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