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#役者パロ
1,200
322
文スト×ヒロアカ 4
「昨日ヤバかったなー。」
「それでも休校にしない雄英ってさ……。」
朝の教室には、生徒たちの話し声が飛び交っていた。
昨日のUSJ襲撃事件。
本物の敵〈ヴィラン〉による襲撃。
そして、それを食い止めたプロヒーローたち。
たった一日しか経っていないにもかかわらず、まるで何週間も前の出来事のように感じられる。
「ていうか普通休みになるだろ。」
「だよねぇ。」
上鳴と芦戸がうんうんと頷く。
そんな中――
「皆ー!! 朝のHRが始まる席につけー!」
元気よく叫んだのは飯田天哉だった。
だが。
「ついてるよ。」
耳郎が即座に返す。
「ついてないのおめーだけだ。」
上鳴の追撃。
飯田は固まった。
教室を見回す。確かに全員席についていた。
「……む。」
気まずそうな沈黙。
そんなやり取りに教室が笑いに包まれた、その時だった。
ガラガラ――
教室の扉が開く。
自然と全員の視線が向く。
そして、
「お早う。」
教室が静まり返った。
そこに立っていたのは相澤消太。
……ただし。
全身包帯まみれだった。
顔も腕も首も、見えている部分の方が少ない。昨日の負傷の凄まじさを物語っている。
数秒の沈黙。
そして、
「「「相澤先生復帰早えええ!!!!」」」
A組の絶叫が綺麗に揃った。
相澤は眉ひとつ動かさない。
「そうか?」
「そうかじゃねぇですよ!?」
上鳴が叫ぶ。
「いやいやいや!昨日あんな怪我してたじゃないですか!」
「ご無事だったんですね!」
緑谷も思わず立ち上がる。
だが、
「あれ無事っていうんかね?」
瀬呂の冷静なツッコミに、数人が頷いた。
見た目だけなら重傷者そのものである。
相澤はため息を吐いた。
「ヒーローは多少怪我してても働く。」
「多少じゃないと思うんですけど。」
耳郎がぼそりと言った。
正論だった。
教室に再び笑いが起こる。
だが、その空気も少しずつ落ち着き始めた頃。
ふと、切島が周囲を見回した。
「あれ?」
首を傾げる。
「そういや先生。」
「なんだ。」
「中原がいねぇんですけど。」
その一言で教室中の視線が空席へ向いた。
確かに。
いつも窓際に座っている少女の姿がない。
昨日のUSJでは大活躍だっただけに気になる。
緑谷も不安そうに言った。
「もしかして怪我とか……?」
相澤は一瞬だけ沈黙した。
そして。
「……来る。」
短く答える。
「少し野暮用があってな。」
その言い方が妙だった。珍しく歯切れが悪い。相澤らしくない。
生徒たちが首を傾げた、その時――
廊下の向こうから騒がしい声が聞こえてきた。
「あーあ、これだから蛞蝓は!」
聞き覚えのない少年の声。
やたら楽しそうだ。
「僕は朝ごはんはご飯派なんだけど~。本当に気遣いが足りてない。」
教室が静まり返る。
誰だ?
すると続けて、
「僕の狗なくせに飼い主の好みを知らないなんて!」
という爆弾発言が飛び出した。
次の瞬間。
「知っとるわ!!」
今度は聞き覚えのある声。
中也だった。
「あとあそこは家じゃねぇんだよ!玄米なんてもんがあるもんか!」
怒鳴り声が近付いてくる。
「文句を俺に言うんじゃねぇ!」
そして。
「つうか俺はお前の狗じゃねぇ!!」
完全にいつもの中也だった。
しかし内容は全くいつもではなかった。
教室内に妙な沈黙が落ちる。
(狗?)
(飼い主?)
(何の話?)
誰も理解できない。相澤は額を押さえた。
そして諦めたように口を開く。
「……転校生を紹介する。」
生徒たちがざわつく。
転校生?このタイミングで?
「入れ。」
ガラガラ――
扉が開く。
そして、
教室に入ってきたのは、
転校生……と、その襟首を掴んでいる中也だった。
いや、正確には、互いの服を掴み合いながら教室へ転がり込んできた。
完全にとっくみ合いである。
「離してよこの蛞蝓!」
「そっちが先に離せ青鯖!」
朝から元気だった。
教室中が唖然とする。
そして、その少年が何事もなかったかのように手を振った。
「はぁ~い。」
にっこり。
やたら整った顔立ち。包帯を巻いた片目。軽薄そうな笑顔。
「ヒーローの卵の諸君、昨日ぶりだね!」
昨日ぶり。
その言葉で何人かが思い出した。
USJにいた。
中也と抱き合っていた、あの男だ。
少年は胸に手を当てた。
「僕は太宰治。」
そして隣の中也を指差す。
「この駄犬の飼い主だよ。」
教室が静まり返った。
直後。
「誰が犬だよドアホが!!」
中也の怒号が炸裂する。太宰は涼しい顔だった。
「犬じゃないよ。」
優しく訂正する。
「狗でしょ?」
「変わんねぇよ!!」
「君は僕の。」
当然のように続ける。
「当たり前のことを忘れるなんて、だから君は駄犬なんだよ。」
中也の額に青筋が浮いた。
「飼い主の僕の面子を汚さないでよね。」
「俺がこの手で汚してやろうか……?」
拳が鳴った。
物理的な意味で。
教室の空気が震える。
太宰は笑顔。
中也は殺気。
完全に戦争である。
そんな二人を前にA組の心は綺麗に一つになった。
((((カオスだ……))))
誰一人として異論はなかった。
「……と言うわけで、太宰が編入生としてうちのクラスの生徒になる。」
相澤の一言で教室が静まり返った。
数秒、
誰も反応できない。いや、正確には――情報処理が追いついていなかった。
昨日、USJで敵〈ヴィラン〉と共に現れた少年。
中也と再会して抱き合った少年。
ヴィラン連合にいた少年。
その少年が、今日。
編入生になるらしい。意味が分からない。
そんな空気の中、最初に動いたのは飯田天哉だった。
「待ってください先生!!」
ビシッ!
勢いよく手が挙がる。
学級委員長らしい反応だった。
「彼はヴィラン連合の一員だったはずではありませんか!?」
教室中が頷く。
それが当然の疑問だ。
飯田は続けた。
「確かに昨日は我々を助けてくれました!」
「うむうむ。」
太宰が頷く。
誰も聞いていない。
「しかし、いきなり編入とはどういうことなのでしょうか!?」
もっともな質問だった。
生徒たちの視線が一斉に相澤へ向く。
教師として説明するべき場面である。
だが、
「……。」
相澤は沈黙した。
そして、
「……俺は寝る。」
そう言った。
「……は?」
飯田が固まる。相澤は続けた。
「あとは中原に聞け。」
そのまま寝袋を取り出した。
教室中が絶叫する。
「「「いやいやいやいや!!!」」」
ツッコミの大合唱だった。
だが時既に遅し。
相澤は寝袋へ潜り込んでいる。
完全に。
本当に完全に寝る気だった。
「先生ぇぇぇぇぇぇぇ!!」
上鳴が叫ぶ。
反応はない。
「逃げた!?」
「逃げたね!」
「絶対逃げたよ!」
芦戸と耳郎が断言した。
その間にも相澤は微動だにしない。
プロである。
責任放棄のプロだった。
そして。
自然と、教室中の視線が前方へ集まる。
中也と太宰…問題の二人へ。
「……。」
中也のこめかみに青筋が浮かんだ。
「あのクソ先公め……。」
小さな声で呟く。
「説明ぶん投げやがって……。」
完全に本音だった。
そんな中、
「ちょっと待って。」
太宰が言った。
「流石にギブ。」
苦しそうな声だった。
「苦しいって。」
教室が首を傾げる。
「ねぇ中也ってば。」
太宰が中也を見る。
「ねぇ。」
そして。
「首。」
中也も視線を落とした。
自分の手を見る。
太宰の首を見る。
数秒、
「あ。」
どうやら無意識だったらしい。
取っ組み合いの流れで太宰の首を掴んだままになっていた。
しかも結構しっかり。
「悪りぃ。」
ぱっと手を離す。
太宰は咳き込みながら首を押さえた。
「いやぁ、危うく転校初日に死ぬところだったよ。」
「死なねぇだろ。」
「君は僕をなんだと思ってるの?」
「しぶといゴキブリ。」
「ひっど〜い。」
即答だった。
教室が微妙な空気になる。
なんだろう。
仲が良いのか悪いのか分からない。
そんな二人のやり取りを見ていた麗日が恐る恐る口を開いた。
「えっと……。」
中也が振り返る。
「説明してもらっても、いいかな?」
「あぁ。」
中也は頭を掻いた。
説明役を押し付けられたことにまだ納得していない顔である。
「えーと。」
どう説明したものか。数秒考えたものの、結局ストレートに話すことにした。
「こいつはな。」
親指で太宰を指す。
「ちっせぇ頃にヴィラン連合に誘拐された。」
教室が静まり返る。
「それで十年以上軟禁生活。」
誰も言葉を発しない。
中也は続けた。
「だからヴィラン連合にいたのは本人の意思じゃねぇ。強制的にそこにいただけだ。」
空気が変わった。
先程まであった警戒心が、一瞬で別の感情へ変わる。
驚き、困惑。そして…同情。
「……。」
太宰は黙っていた。珍しく茶化さない。中也は肩を竦めた。
「まあ、色々あって編入に至ったってわけだ。」
説明終了。
あまりにも雑だった。
だが。
十分だった。
教室中が静まり返る。
誰もすぐには言葉を発せなかった。
誘拐、十年以上の監禁…
それは想像以上に重い話だったからだ。
やがて。
誰かが小さく息を呑いた。
(そんな……。)
(めっちゃ被害者じゃん……。)
(十年以上……?)
(私なら耐えられない……。)
(精神的なダメージとか残ってそう……。)
視線が太宰へ向く。
包帯の巻かれた少年。
昨日までヴィラン側にいた人物。
だが今聞いた話では――被害者だった。
そして。
ちらり、
中也を見る。その肩へ当然のようにもたれ掛かっている太宰。
距離が近い。
近すぎる。
しかし今なら分かる。
なるほど、そういうことか。
(知り合いに甘えちゃうのも仕方ないよね……。)
(むしろ十年以上も一人だったんだし……。)
(不安なんだろうな……。)
(環境変わったばっかりだし……。)
(((なるべくサポートしてあげよう)))
A組の心が一つになる。
優しい子たちだった。
本当に。
心の底から優しい子たちだった。
だからこそ。
誰一人として気付かなかった。
当の太宰が。
その視線を浴びながら。
にこにこしていることに。
そして。
その様子を見た中也だけが。
妙な違和感を覚えていた。
(なんだろう。)
嫌な予感がする。
非常に嫌な予感がする。
(太宰のことが盛大に勘違いされてる気がする……。)
正解だった。大正解だった。
だが、
残念ながら、この時のA組はまだ知らない。
自分たちが保護対象だと思っている少年が。
実際には、とんでもない問題児であることを。
そして、
その勘違いが、一日も保たずに粉々に砕け散ることになることを――。
ーーーーー
教室に漂っていた微妙な空気を、最初にぶち壊したのは太宰だった。
「はい! 堅苦しい話おしまーい!」
ぱん、と手を叩く。
……ただし、その体勢は全く変わっていない。
中也の肩に腕を回し、後ろから抱きしめるような格好のまま、顎をぽすりと彼女の頭へ乗せている。
本人たちは自然体だったが、周囲から見ればどう考えても距離感がおかしい。
「さて諸君! 質問コーナーでも開こうではないか!」
太宰は楽しそうに教室を見渡した。
そして不意に、ある人物を指差す。
「特にそこのもじゃもじゃ頭の君!」
「ふぇ!?」
突然指名された緑谷出久が飛び上がった。
「ぼ、僕!?」
「そ!」
太宰は満面の笑みで頷く。
「緑谷出久君。さっきからブツブツと何やら唱えていたでしょ?」
緑谷の肩がびくりと震えた。図星だった。
「今なら出血大サービス! なんでも答えてあげる。」
屈託のない笑顔。
まるで友達と雑談でもしているかのような軽さだった。
だが。
緑谷は別の部分が気になった。
(あれ……?)
首を傾げる。
(僕たち自己紹介したっけ……?)
冷静に考えるとおかしい。
転校してきたばかりのはずだ。
昨日はUSJで顔を合わせたものの、名前を名乗り合うような状況ではなかった。
なのに。
なぜ自分の名前を知っているのだろう。
その疑問を察したのか。
太宰はにっこり笑った。
「驚かせたかい?」
そう言いながら、中也の頭を撫でる。
中也は無言で肘を入れた。
「ぐぇ。」
だが太宰は全く気にしない。
「一応このクラス全員の名前と個性はしっかり把握させてもらったよ。」
教室がざわつく。
「え?」
「マジで?」
「いつの間に……?」
だが太宰は続けた。
「あとついでに好きな異性のタイプも。」
沈黙。
一瞬だった。
本当に一瞬。
その後。
「……は?」
上鳴電気が固まった。
ぽかん、と口を開けている。
「好きな異性のタイプ⁈」
耳郎響香が眉をひそめる。
「何でそんな情報まで知ってんの⁈」
当然の疑問だった。
むしろ全員が聞きたい。
しかし太宰は爽やかに微笑む。
「企業秘密だよ。」
「答えになってねぇ!!」
瀬呂範太が即座にツッコんだ。
教室中が頷く。
その通りだった。
「いや待って、ちょっとたんま!」
今度は芦戸三奈が勢いよく机から身を乗り出した。
「私のも知ってるってこと!?」
「もちろん。」
即答だった。
迷いもない。
躊躇もない。
当然のような顔だった。
芦戸の顔色が変わる。
「え、ちょ――」
「ちなみに芦戸さんは――」
「待った!!」
悲鳴のような声だった。
芦戸が両手をぶんぶん振る。
「言わなくていい! 言わなくていいから!!」
「えー。」
太宰が露骨に不満そうな顔をする。
「面白いのに。」
「面白くないってば!!」
教室中から笑いが漏れる。
「じゃあ緑谷君。」
太宰がにっこりと笑う。
包帯の巻かれた片目を細め、まるで司会者のような調子で手を差し出した。
「何が聞きたい?」
「えっ、えっと……」
突然話を振られた緑谷は慌てた。
聞きたいことは山ほどある。
ヴィラン連合のこと。
十三年間の監禁生活のこと。
あの特殊な個性のこと。
昨日のUSJで見せた戦い方のこと。
そして――
中也との関係。
だが多すぎて逆にまとまらない。
「えーっと、その……」
言葉を探している緑谷を見て、太宰は楽しそうに笑った。
「一個ずつね。」
そして。
「ちなみに今一番気になってるのは僕と中也の関係でしょ?」
緑谷が固まった。
完全に図星だった。
「え、えっと、その、あのって、その……!」
顔がみるみる赤くなる。
焦りすぎて言葉が迷子になっていた。
「当たってるじゃねぇか。」
中也が呆れたように言う。
「だって気になるだろう?」
太宰は悪びれもなく返した。
「知らねぇよ。」
「気になるよね?」
今度はクラス全体へ振る。
すると、
「まぁ……」
「そりゃ二人見てたらねぇ……」
「正直気になる。」
あちこちから同意の声が上がった。
当然である。
朝から抱きついている。
距離感がおかしい。
互いに遠慮がない。
喧嘩するのに離れない。
気にならない方がおかしかった。
「よし!」
太宰は満足そうに手を叩いた。
ぱんっ!
やたらいい音が響く。
「では発表しよう!」
きらきらした笑顔だった。
まるで重大発表をするアイドルである。
嫌な予感しかしなかった。
そして案の定、
「僕らは運命の二人!」
胸に手を当てる。
「最強の双黒!」
なぜかポーズを決める。
「相棒なのだよ!」
どや顔だった。
教室が静まり返る。
数秒後。
(((相棒ってどういうこと!?)))
A組の心が綺麗に揃った。
運命?双黒?
何だそれは…聞きたいことが増えただけである。
そんな中、生徒たちの視線は自然と中也へ向いた。
普段なら、
『変なこと言うんじゃねぇ青鯖!』
くらいは言うはずだった。
だが。
「……」
中也は何も言わなかった。
むしろ。
肩へ乗せられた太宰の頭をぽんぽんと撫でている。
まるで大型犬でもあやすように。
すると太宰が、
「ふへへ。」
とろけそうな顔になった。
ものすごく幸せそうだった。
教室が再び静まり返る。
(イチャイチャすんなや……)
峰田実の心の叫びは、おそらくその場にいた全員の総意だった。
誰も口には出さなかったが。
全員思った。
絶対思った。
そんな空気の中、
「質問失礼致しますわ。」
凛とした声が響いた。
手を挙げていたのは八百万百だった。
太宰が嬉しそうに指を向ける。
「どうぞ、八百万百さん。」
「ありがとうございます。」
八百万は一度頷いてから続けた。
「お二人は相棒、とのことですが。」
教室の空気が少し引き締まる。
「関わりがあったのはいつでしょうか?」
鋭い質問だった。
「少なくとも十年以上監禁状態だったのであれば、面識があったとしても五歳か六歳頃までのはず。」
八百万は冷静に分析する。
「それで相棒という関係になるには、少々無理がありますわ。」
沈黙。
(((確かに……!)))
全員が納得した。
言われてみればその通りだった。
むしろ今まで気付かなかったのが不思議なくらいだ。
太宰が少しだけ目を細める。
中也も内心で舌打ちした。
(流石に百だな。)
かなり核心に近い。
そして何より――前世の話に繋がりかねない。
(前世のことは言いたかねぇからな……)
中也はそう考える。
一方の太宰は、
「それはねぇ、僕らが――」
普通に話し始めた。
(おい)
中也の額に青筋が浮かぶ。
「――ごふっ」
次の瞬間。
太宰の脇腹に肘がめり込んだ。
綺麗に入った。
見事な一撃だった。
「太宰。」
中也が笑顔で言う。
怖かった。
「余計なこと喋んな。」
「はい……」
太宰がしおしおになる。
教室の誰もツッコまなかった。
ツッコめなかった。
そして中也は改めて八百万を見る。
「そこに関してはノーコメントだ。」
短く告げる。
「……だが。」
一瞬だけ口元を緩めた。
「さすが百だな。鋭い指摘だ。」
八百万が固まった。
「……!」
そして。
ぽっ。
顔が赤くなる。
「そ、そうでしょうか……」
少し嬉しそうだった。
そんな様子を見ていた太宰の目が細くなる。
嫌な予感しかしなかった。
「あー!」
突然叫ぶ。
教室中がびくっとした。
「中也が浮気しようとしてる!」
「は?」
中也が真顔になる。
「僕のことは遊びだったわけー?」
太宰はわざとらしく目元を押さえる。
「最低!蛞蝓め!」
指を突き付ける。
「阿呆中也!」
完全に茶番だった。
だが本人だけは大真面目な顔をしている。
中也は数秒黙った。
そして。
「お前の目と耳が腐ってるだけなんじゃねぇか?」
冷静に返す。
「あと。」
拳を握る。
「後でお前をマントルの核まで沈めてやるよ。」
中也の周囲の空気が微かに揺らぐ。
赤黒い光が足元から滲み出し始めた。
髪がふわりと浮く。
床がみしり、と嫌な音を立てた。
教室にいた何人かが思わず息を呑む。
昨日のUSJで見た、あの圧倒的な力の片鱗だ。
そして何より――
中也本人がニッコニコの笑顔だった。
かなり本気で太宰を沈める気でいる。
(やばい。)
(話題変えなきゃ。)
(今すぐ。)
A組の危機回避能力が一斉に発動した。
そして、
「あっ、あのさ!」
上鳴が勢いよく手を挙げる。
「太宰って個性何!?」
教室中が一瞬静まった。
(((ナイス!! 上鳴!!)))
心の声が綺麗に揃う。
中也の拳が飛ぶ前に話題が逸れた。
まさにファインプレーだった。
「僕の個性?」
太宰が首を傾げる。
「ああ、あれね。」
そして。
何の躊躇いもなく。
異能を発動している中也の肩へ手を置いた。
「あっ――」
誰かが息を呑む。
「あ、危ねぇ!」
瀬呂が反射的に叫びそうになる。
だが、
その必要はなかった。
触れた瞬間。
ふっ、と。
中也を包んでいた赤黒い光が消えた。
浮いていた髪が元に戻る。
軋んでいた床も静かになる。
まるで最初から何も起きていなかったかのように、そこには普通に立つ中也しかいなかった。
「……」
教室が静まり返る。
太宰はにこりと笑った。
「分かったかな?」
中也の肩に手を置いたまま説明を始める。
「僕の個性は“人間失格”。」
一拍。
「いわば個性無効化だね。」
ざわり、と教室が揺れる。
「僕自身はどんな能力の攻撃も受けない。」
さらりと言う。
「それから、発動中の個性能力者に触れれば、その個性を止められる。」
中也の肩をぽんぽん叩く。
「ただし。」
人差し指を立てる。
「相澤先生と違って、触れないと無効化できない。」
そして少し考えるように視線を上げた。
「つまり。」
「僕は目じゃなくて接触型。」
納得したような声があちこちから漏れる。
個性無効化。
それは世界的に見ても極めて希少な能力だ。
現在確認されている代表例は、担任であるイレイザーヘッド。
その能力と同系統。
いや、条件は違うが、それに匹敵する能力。
(確かに……)
(狙われてもおかしくない。)
(ヴィラン連合が欲しがる理由も分かる。)
(めちゃくちゃ厄介な個性だ。)
A組はそれぞれ納得していた。
太宰は満足そうに頷く。
「他に質問はあるかい?」
「ハイハイ!」
今度は元気な声が響いた。
太宰が即座に反応する。
「葉隠透さん、どうぞ。」
「えへへ!」
透明な少女の声が弾む。
「二人はお互いのこと、どう思ってるの!?」
教室がざわついた。
今度は関係性ではない。感情面だ。
好きなのか。
嫌いなのか。
それとも別の何かなのか。
全員が気になっていた部分だった。
そして。
太宰と中也は顔を見合わせることもなく。
まるで決まり文句のように。
「「大っ嫌い。」」
即答した。
教室が静まり返る。
数秒後。
「「「「え?」」」」
見事に声が揃った。
あまりにも迷いのない即答だった。
だが。
二人は続ける。
「でもね。」
太宰が口を開く。
その瞬間。
「でも。」
中也の声が重なった。
そして。
珍しく。
中也の方が先に言葉を続けた。
教室中の視線が集まる。
中也は少しだけ目を伏せた。
それから。
当たり前の事実を告げるように言う。
「コイツは。」
一拍。
「俺の世界にとって、誰よりも大切な存在だ。」
静寂。
誰も声を出せなかった。
太宰ですら。
「……え。」
ぽかん、としている。
完全に予想外だったらしい。
中也がこんな風に言葉にすることなど滅多にない。
だからこそ。
その一言の重みが分かった。
太宰はしばらく固まっていた。
だがやがて。
ふっと笑う。
いつもの軽薄な笑みではない。
どこか柔らかな。
本当に嬉しそうな笑顔だった。
「……そうだね。」
静かな声だった。
「中也のことは大っ嫌い。」
中也が眉をひそめる。
だが遮らない。
太宰は続けた。
「だけど。」
一瞬だけ中也を見る。
その視線は驚くほど真っ直ぐだった。
「この世界で一番愛してるから。」
教室が固まる。
太宰は構わず続ける。
「嫌いなのと同じくらい――ね。」
にこり。
そう笑った。
沈黙。
長い沈黙。
A組の脳が全力で処理を始める。
嫌い・大切・愛してる・嫌い・愛してる・大切・嫌い・愛してる…
処理中。
処理中。
処理中――
(((いや結局好きなのか嫌いなのかどっちなんだよ!!!)))
心の叫びが教室中で完全一致した。
誰も理解できなかった。
ただ一つだけ分かったことがある。
この二人の関係を普通の言葉で説明しようとすること自体が、そもそも間違いなのだということだけは。
ーーーーー
キーンコーンカーンコーン。
教室に鳴り響いたチャイムが、やけに軽い音だった。
「っと、質問タイムはこれにてシューリョー。良いよね、相澤センセ?」
明るすぎる声が空気を切り替えるように響く。
視線の先、太宰治は相変わらずだった。 中也の肩に腕を回し、後ろから抱きつくような体勢のまま、何一つ悪びれた様子もない。
「……ああ」
寝袋の隙間から顔だけを出した相澤消太が、短く返事をする。
その瞬間だった。
「「「いや先生起きてたんかい!!!」」」
A組のツッコミが綺麗に揃う。
上鳴が机を叩き、芦戸が笑いながら指を突きつける。
「絶対寝てたでしょ!」 「今の完全に寝てた人の反応だったよね!?」
「お前らなぁ」
相澤はゆっくりと寝袋から上半身を起こした。
「俺は教師だぞ? 教師がホームルーム無視して寝るわけないだろ」
「「「アンタさっき堂々と寝てたけどな!!!」」」
即座に返される総ツッコミ。
間。
「……」
相澤は数秒黙ると、ため息を一つ吐いた。
「面白いな〜このクラス」
完全に流した。
「流すな!!」
瀬呂の叫びが空しく響く中、教室はもう笑いの渦に飲まれていた。
その中心で、太宰はケラケラと肩を揺らして笑っている。
「ふふっ、いいねぇこのクラス。実に騒がしくて平和だ」
「お前が言うな」
隣で中也が即座に切り捨てる。
だがその声にも、いつものような鋭さは少し薄い。 呆れと諦めが混ざった、慣れの感情だった。
そんな二人に視線を向けたまま、相澤が口を開く。
「えー、太宰の席は……中原の隣だ」
一瞬、空気が止まった。
「はーい」
太宰は即答だった。 まるで最初からそれ以外ありえないとでも言うように。
その一言で、教室が爆発する。
「「「待て待て待て!!!」」」
椅子が鳴り、机が揺れ、上鳴が両手を振り回す。
「いやなんで当然みたいに決まってんの!?」 「席替えじゃなくて運命で決めてる!?」 「相澤先生説明!!説明して!!」
皆口々に疑問の声が飛び交う。しかし、
「そりゃあだって、もう交渉済みだもの。」
当たり前じゃんとでも言いたげな顔で答える太宰。
固まるA組。声も出ない。そんな様子を見ても仲良いんだね、このクラス〜と笑う太宰が宇宙人なのかと疑いたくなる。
「昨日のうちに根津校長と交渉したらしい。こちらとしても、どうせ席離したところで休み時間とかで中原の席に行くだろうし、こっちの方が合理的ってことで許可した。」
相澤の疲れ切った声。
「確か、教師の一日分の事務作業と引き換えに…だったかな。」
太宰のまるで昨日の夕飯を話すかのような口調。
数秒の沈黙。そして…
「「「え???」」」
教室が静まり返った。
数秒。
誰も理解できなかった。
一日分の事務作業?
教師の?
あの?
地獄と名高い?
「待て待て待て待て。」
最初に復活したのは瀬呂だった。
「今なんて?」
「だから。」
太宰は不思議そうに首を傾げる。
「教師一日分の事務作業。」
「いや聞こえてる。」
瀬呂は頭を抱えた。
「聞こえてるけど意味が分からねぇ。」
八百万が手を挙げる。
「お聞きいたしますが、ちなみにそれは誰の分の事務作業ですの?」
無言で前を見つめる太宰。そこに立っていたのは相澤であった。
「…おそらく俺だ。朝一で校長に君の分の仕事が一日分減ったって言われた。」
「「「怖っ!!」」」
恐怖すぎる。
「な〜に、百三十七枚の書類のついでだからあってないようなものだよ。実際二十分も掛からなかったし。」
「待て待て、百三十七枚ってなんだよ、初出しの情報だよそれ!!!」
「まぁそんなことどうでも良いじゃあないか〜」
そう言いながら中也を連れて席へ座る太宰。
「お前書類作業大っ嫌いのくせに」
「うん、大っ嫌い。しなしなになったコーンフレークぐらい嫌い。」
(((嫌いなのにそんな短時間で終わらせたのか…!!)))
後単純に例えが変。
「でも、お安い御用だったよ。中也の隣の席と同室をゲットするためならね。まさか追加で二百十六枚書類が追加されて徹夜になるとは思ってなかったけど。あの時は流石に安吾を恨んだ。」
「ああ俺が夜食作ってきた時に呻き声あげてた時か。」
(((太宰の言ってる言葉も怖いけどナチュラルに夜食作ってる中原も同じくらい怖い。突っ込みたい)))
しかしそんな気力はなかった。
「…お前ら全員席につけ。そろそろ流石に授業を始める…。」
こうして、新たなメンバーを一年A組は、これからくる怒涛の日常に覚悟を決めたのであった…
ーーーーー
「…皆、昨日の戦いも迅速な判断とオールマイトのおかげでことなきを得たが、戦いはまだ終わっていない…。」
ギロリとした目で生徒たちを見つめる相澤。なんとなく深刻そうな雰囲気が伝わってくる。
「戦い…だと?」
「ま、まさか…」
「まだ敵がー⁈」
数刻の沈黙。そして、
「雄英体育祭が迫っている!」
「「「クソ学校っぽいの来たーーーー!!!」」」
相澤の深刻な空気はなんだったのか、一斉に湧いた生徒に、これを初めて見る太宰はぴくり、と肩を震わせ耳を塞いだ。
「いつもこんななの?鼓膜やられた…」 「慣れだ。仲のいい証拠だろ」 「え~」
顔を顰める太宰に苦笑する。
「ま、案外悪くねえぞ」
にかり、と笑った中也に、太宰も笑みをこぼした。
「で、でも、昨日あんなことがあったのに…?」
体育祭、そう聞いた瞬間嬉しそうに生徒達の声が揃った。だが心配する言葉もちらほらあった。
「逆に開催することで雄英の危機管理体制が磐石だと示す…って考えらしい、警備は例年の5倍に強化するそうだ。何より雄英の体育祭は…最大のチャンス。敵ごときで中止していい催しじゃねぇ。ウチの体育祭は日本ビックイベントの1つ!嘗てオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂した、今は知っての通り規模も人口も縮小し、形骸化した。そして日本に於いて今“かつてのオリンピック”に代わるののが雄英体育祭だ。」
「おお!それは凄いねぇ!」
声を響かせたのは太宰であった。
「懐かしいな〜オリンピック!日本の総メダル数とかニュースで毎日のようにやってたりしてね。それに代わるとは、思ったよりもこの学校は凄いところなようだ!」
雄英高校の体育祭、それは日本国民、否、世界中でも知らない人の方が少ない行事である。だがしかし、監禁され外の情報をほとんど知らずに生きてきた太宰ならば、この反応が正しい…のかも知れないが…
「オリンピックって、今から何十年か前に無くなったんだぜ?なんで太宰は見たことあるみたいな言い方なんだよ?」
中也はチラリと横の男を見た。案の定…
(コイツ!わざとかけやがったな!)
ニマニマとした顔で笑っている。わざと中也を困らせるために鎌をかけてきたのだ。
中也のこめかみに青筋が浮かぶ。
(この青鯖……!)
わざとだ。絶対にわざとだ。
前世の記憶があることを知っているのは、この場では太宰と中也だけ。
だからこそ、こんな話題を振ってきたのだ。
太宰はわざとらしく首を傾げた。
「ん?」
「何か変なこと言ったかい?」
「言っただろうが。」
即答だった。
「思いっきり言っただろ。」
「そうかなぁ。」
にこにこしている。腹立つくらいに。
中也は深く息を吐いた。そして、
「……本で見たんだろ。」
教室中へ向けて言った。
「あ?」
上鳴が首を傾げる。中也は肩を竦めた。
「オリンピックなんざ歴史の授業で必ず出てくる。」
「昔の映像だって残ってるしな。それ見たんだろ。」
太宰は数秒だけ黙った。
そして。
「なるほど!」
ぽんっ、と手を打つ。
「そうだった!」
白々しかった。ものすごく白々しかった。
(殴っていいか?いいよな?誰も文句言わねぇよな?)
中也の額の血管がぴくりと動く。
「ゴッホンッ」
一人の咳払いが教室内に響く。
「…話を戻すぞ。」
「すみませーん」「すんません」
二人が全く反省してないかのような声で答える。
「…体育祭はスカウト目的に大勢のプロヒーローがやってくる。当然名のある事務所に入った方が経験値も話題性も高くなる。時間は有限、プロに見込まれればその場で将来が拓ける訳だ。年に1回、計3回だけのチャンス、ヒーロー志なら絶対に外せないイベントだ!」
グッと、引き締まる空気が流れた。
そんな中、一人の少女だけは隣の少年を見つめる。
「太宰、太宰」
「なぁに中也」
そこからは二人だけしかわからない指文字での会話であった。
『俺たちが、この学校に編入した目的の一つは“体育祭で目立ってまだ見つかってない転生者を見つけること”だ。分かってるな?』
『分かってるさ。ちゃぁんと目立つ方法だって考えてあるよ。』
パチンッと鳴るようなウインクを見せてきた。
『信用ならねーな』
『僕のこと一番分かって信用してくれているのは君のくせに』
数秒固まる中也。だがすぐにそっぽを向いた。しかしその耳は真っ赤に染まっている。
(可愛いねぇ、中也は…)
五月蝿いとか、違うとかも言わず無言なところも、前世と比べてなかなか素直になったもんだと思う。
そんなことを考えていた太宰とは裏腹に、相澤の話はなかなか進んでいたらしい。
「…さて。」
相澤が教壇を見渡した。
「体育祭については以上だ。」
そして一拍置く。
「お前ら。」
教室が静まる。
「今年は例年以上に注目度が高い。」
誰も口を挟まない。
「USJ襲撃事件の件で世間の目も集まってる。」
それは生徒たちも理解していた。
昨日の事件は既にニュースになっている。
隠しようがない。
「つまり。」
相澤の視線が一人一人へ向く。
「良くも悪くも、お前らは見られている。」
空気が少しだけ張り詰めた。
「それと、太宰と中原…後で職員室に来い。」
「げー、拒否権は〜」
「無い」
「ちぇー。」
太宰が心底不満そうな声を漏らす。
「お前の場合、職員室呼び出しで済んでるだけありがたく思え。」
中也が即座に返した。
「何でだい?」
「昨日来たばっかで既に教師連中の胃を痛めてるからだ。」
「心外だなぁ。」
「事実だ。」
即答だった。
教室のあちこちから、
(否定できねぇ……)
という空気が漂う。
太宰は不服そうだったが、中也は一切取り合わない。
その様子を見ていた相澤は深いため息を吐いた。
「……とにかく後で来い。」
「はーい。」
「了解。」
今度は比較的まともな返事だった。
比較的。
あくまで比較的である。
「じゃあホームルームは以上だ。次は――」
生徒たちが慌ただしく教科書を取り出し始める。
そんな中、
「中也。」
太宰が小声で呼んだ。
「なんだ。」
「職員室呼び出しの件だけど。これぜーたい面倒なやつだよね。」
「当たり前だろ。」
中也は机へ頬杖をつく。
「体育祭の話だろ。」
「だろうねぇ。」
太宰も頬杖をついた。
「教師側も転生者探しをどこまで把握してるか確認したいだろうし。」
「俺もそう思う。」
昨日の尋問で全てを話したわけではない。
前世の話。
転生者の存在。
そして今も探し続けている仲間たち。
異能特務課や森、安吾は知っている。
だが雄英側はまだ断片的な情報しか持っていない。
「まぁ。」
太宰が小さく笑う。
「どうせそのうち全部バレる。」
「隠す気ねぇだろお前。」
「無い。」
即答だった。
中也は呆れて眉を押さえる。
「知ってた。」
その時。
教室前方から、
「じゃあ授業始めるぞー。」
という声が響いた。
担当教師が入ってきたらしい。生徒たちは慌てて席へ着く。太宰も前を向いた。
だが数秒後、
机の下で“ちょん”
指先が触れた。
中也だった。太宰は一瞬だけ目を瞬かせる。
中也の顔は頑張って普段の顔と変わらぬ表情を保っている…かのように見えるものの、顔の赤みと目の潤みは、太宰にはお見通しであった。
それでもなお、机の下では、指先だけが自分の手にほんの少しだけ触れている。
離れない。
太宰は思わず笑いそうになった。
(本当に君はさぁ。)
さっきまで、
「信用ならねぇ。」
とか言っていたくせに。
結局こういうところで全部台無しにする。
言葉では嫌い。
態度では大好き。
前世から何一つ変わっていない。
だから。
(いつの間にこんな乙女になっちゃったのさ)
太宰も何も言わなかった。
ただ。
そっと指を絡める。
中也の肩がぴくりと震えた。
けれど引っ込めない。
そのまま。
授業が始まる。
誰にも気付かれない机の下で、
百年ぶりに再会した相棒たちは、当たり前のように隣にいた。
そして――
教壇の上では教師が授業を始めているというのに、二人の頭の片隅には同じことがあった。
雄英体育祭、目立つこと、そして…まだどこかにいるはずの自分たちと同じ記憶を持つ者たち。
太宰は薄く笑う。
(さて。誰が見つかるかな。)
その横で中也も静かに目を細めた。
体育祭は、ただの学校行事ではない。
二人にとっては、百年越しに散り散りになった仲間たちを探すための、大きな舞台でもあった。
ーーーーー
「お前たちを呼び出したのは他でも無い…」
職員室というのは大勢の教師がいるもので、
(…視線が痛い)
と、中也が感じるのも無理がないほど、教師たちは二人に注目していた。
「残念だがお前達2人は体育祭、1種目だけしか出られなくなった。」
「まぁそうでしょうね。」
相澤の言葉に、数秒も差をつけずに即答する太宰。
「お前達2人の強さは他の生徒たちとはレベルが違う、本当は体育祭自体出さないと言う案もあったがそれだとお前達を見て貰えなくなるわけだ。」
悪いな、と付け足す相澤だったが、正直こちらとしても予想していたことであるため、二人は特別動揺はしなかった。
「まぁ妥当な判断だわな。出る種目はなんだ?」
「…理解が早くて助かる。お前たちには一種目の障害物競走のみに出てもらう。」
そこで初めて二人が顔を顰める。
「障害物競走か〜…確か予選のやつでしょ?トーナメントの方が目立てたんだけどな〜」
「まぁ、むしろ能力を上手く見せればこっちの方がいい…のか?」
「何言っちゃってんの?参謀役は僕なのに。脳筋は黙っててよ。」
「あ”?ヒョロヒョロもやしが何いいやがる」
「チビがなんか騒いでるんですけどー」
「表でろや」
(何故だろう、コイツらは何故こうもすぐ喧嘩するのだろう)
相澤は虚無を見つめる。
「ゴッホンッ。だ、太宰少年と中原少女…これは異能特務課の要請なんだ。異能者、また異能の存在を必要以上に世間に出さないために…との事だよ。」
オールマイトが気まずそうな顔しながら話しかける。
「目立て…って言うくせに目立つななんて…無理を言うわ、特務課の輩はよぉ。」
「つまり、異能力を使わずに目立てばいいわけだ!いや〜どうしようかな〜」
ギョッとした目で太宰を見つめる中也。
「なんか嫌な予感がするんだが…」
「その予感は間違ってないよ。体育祭を二人で破茶滅茶にしよう。」
キラキラとした目を見せる太宰に中也以外のその場にいたものが固まった。
「…これだけは約束してくれ。①会場を壊さない②観客席にロボットを投げるな③喧嘩するな…分かったな?」
「「善処する/よ」」
その場にいたもの全員が思った。
((信用できねー!!))
「きっと今頃教授眼鏡は連勤すぎてぶっ倒れているところだろうよ。」
「面白いねぇ!帰りに顔でも拝んで行こうか」
「手前仮にも友人だろうが、数少ない。」
「中也だって少ないくせに。」
「あん⁈」
先ほどの③が不安になってくる。
(絶対破るな)
今から胃が痛い。
「参考までに聞くけど、太宰君の考える”面白い障害物競走”って何かしら?」
いつの間にか自分の作業机からこちらに来ていたミッドナイトが質問する。
するとニマァァ…と音がしそうなくらい不気味な笑顔で太宰は答えた。
「な・い・しょ♡」
ミッドナイトの背筋にぞわりと悪寒が走った。
「その顔やめなさい。」
即答だった。
「えー。」
「絶対ろくでもないこと考えてる顔よ、それ。」
「心外だなぁ。」
太宰は胸に手を当てる。
「僕は常に皆の笑顔を考えている善良な一般生徒だよ?」
職員室が静まり返った。
数秒。
そして。
「「「「嘘つけ」」」」
教師陣の声が綺麗に揃った。
中也まで頷いている。
「お前は善良でも一般でもねぇ。」
「酷くない?」
「事実だ。」
即答だった。
太宰は不満そうに頬を膨らませた。
そんな太宰を無視するが如く話始める中也。
「まぁ、何がどうであれ楽しみだな、体育祭。久々に任務以外の場で全力で出せるぜ。んで、何処までやっていいんだ?」
ワクワクが表情から窺える。そんな可愛らしい顔で『何処まで』とは?
「…中原、何処までとはどう言う意味だ?」
相澤の問いに、中也はきょとんとした顔をした。
「そのまんまの意味だよ。会場を壊すな…とは言うが、競技のフィールド内ならどうだ?」
「…どの程度だ?」
「地面をえぐ…」
「ダメに決まってるだろう!」
言い切らずに止められてしまった。
「ならロボットはどうだ?同時に全てのロボットの内部を爆発させる。」
((そんなことが可能なのかよ))
「そしてそれを演出に使おう!」
太宰がウインクしながら言う。
「却下だ‼︎」
相澤の声が響いた。いつもアンニュイな雰囲気を出している相澤がたった二人の生徒相手にここまで声を上げたことがあったであろうか。
「チェッ、堅苦しィな雄英高校は。」
「違うよ、君が脳筋でぶっ飛んでるだけさ。」
「ブラジルまで送ってやろうか最短距離で。」
「さすがの僕もマントルで溶けちゃう。」
「俺は優しいからな、その前に圧死させてやるからよ。」
「優しい要素がみつかんないや〜。というか僕には君の異能力効かないからね。」
また喧嘩を始めている。もう教師たちにツッコむ気力は残ってなかった。
「ともかく!ともかく、その異能力とやらを全国放送の雄英体育祭でアピールして探し人を探すんだろう?だとしてもやりすぎるな、常識の範囲内だ。分かったな?」
「「善処する/よ」」
その日、教師陣はある教訓を得た…。
“太宰治と中原中也は、二人揃って問題児である”と…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
番外編
緑谷出久side
「だから、次の手で中也がここをこう突入してやれば一番効率いいんだよ。ハンバーグ。」
「それだと怪我人が多く出るだろうが。だから人員はこっちに配置した方がいい。目玉焼き。」
…
「あれはなんだい?緑谷君。」
「僕に聞かれても困るよ…」
今はお昼時。雄英高校ではランチラッシュの作るランチを、ここ、食堂で毎日食べることができる。のだが…、
目の前にいたのは、クラスメイトの中原中也さんと今日転入してきた太宰治君が数枚の資料を机の上に置き、食事をしている様子。しかしながら、その様子はよくあるものとは一変したものであった。
「だから、最終的な目で見てよ。僕の立案で間違ってたことは?唐揚げ」
「ねぇよ。でも、手前は今の組織のことなんもわかってねぇだろうが。ハッシュドポテト。」
聞いてる限り、なかなかに真面目な話のようなのに、どうしても気になってしまう。
「あの二人、バリバリあーんしてるし、バリバリ間接キスしてるよね…!」
「「それは言っちゃダメなんじゃ無いかな」」
麗日さんの発言に飯田君と二人で止めた。今僕らが座ってるのは彼らの真横なのだ。たとえ小さな声であっても、食堂の騒がしい空気の中でも、聞こえる可能性はあるのだから…
「手前ら、聞こえてんぞ。」
「「「!!!」」」
三人ともに肩を跳ねさせた。
「悪いねぇ、僕らは耳がいいもんで。」
手をヒラヒラと振る太宰君。今の、話が中断している時なら聞けるかもしれない…!
「あっあのさ、なんでその、話しながら一つのプレートを分け合ってるの??」
そう、彼らは今、一つのプレート(おそらくお子様プレートだろう)を二人で一つの箸を使いながら分け合っているのである。しかも会議をしながら。
「ああ、これか。これは単純に、効率的な作戦会議の実行ってだけだぞ?」
「そそ、会議をしながらご飯を食べる…これぞ一石二鳥!」
???
時短したいのはわかった…二人が忙しいのもわかる、だがしかし、それでこの状況になるものなのだろうか???
「馬鹿と天才は紙一重…」
麗日さん、心の声出てるよ…なんてツッコめもせず、固まる。
「ま、待ってくれ、効率に食事と会議を済ませたいのは分かった。」
普通一緒にやろうとは思わないと思うけど。
「なんで一つのお子様ランチなんだ…??」
そもそも、ランチラッシュのメニューにお子様ランチがあったことなど、今知った。
「ああ、コイツは太宰が勝手に注文しやがったんだよ。」
「お子様ランチには夢と希望が詰まってるのさ」
「そーかよ」
先ほどからナチュラルに食べさせている中原さんと、ナチュラルに食べている太宰君。その距離感は友人、相棒の尺度では測れないように思えるけど…
「はいポテト」
「ん」
ずっと食べさせてもらっていた太宰君が次は中原さんにポテトを食べさせてあげている。そしてそれを当然のように受け止める中原さん…
「ケチャップついてんぞ」
そう言いながら中原さんは、太宰君の口元についたケチャップを親指で拭って、
ペロッ
自分の口に運んで舐めた。
…
(((これで付き合ってないっておかしすぎるでしょ‼︎‼︎)))
きっと、この場にいる僕たち三人(自分、飯田、麗日)は同じ気持ちになったに違いない。と言うか確実にそうである。
「んで、作戦に戻るが、やっぱりこっちの配置にした方がいいんじゃねぇか?黒蜥蜴とかも最近はそっちが主流だ。ハンバーグ。」
「とは言っても、やっぱり想定外の火力を敵が持ってた時の対応が遅れるから、さっきの案にこれを付け足して…、オニオン。」
また、真面目な会議?に戻っていく二人。
「なぁなぁ、デクくん?」
耳打ちするように麗日が言う。
「これってさ。」
「う、うん。」
「会議してるんよね?」
「多分……。」
「恋人ちゃうんよね?」
「多分……。」
「相棒なんだよな?」
「た、多分……。」
だんだん自信がなくなっていく。
飯田が眼鏡を押し上げた。
「いやしかし! 相棒という関係にも様々な形がある!」
「飯田君、それ自分でも苦しくない?」
耳郎のツッコミが飛んだ。
いつの間にか周囲のクラスメイトも集まってきていたらしい。
一方その頃。
当の二人は。
全く気付いていなかった。
いや、正確には――気付いているけど気にしていなかった。
「…じゃあそれで行くってことでいいか?コーングリンピース。」
「大筋はこれで、変更する場合は作戦コードでやり取りだね。クリームコロッケ。」
最後のクリームコロッケを食べ終えたと同時に会議も終わったらしい。
「んで?お前らは俺たちに何か聞きたいことでもあんのか?」
チラチラと見ているつもりだったけど、しっかりバレていたらしい。
「「「あります!!!」」」
「元気がいいねぇ〜」
僕らの声が揃った。
「じゃあ、第二回目質問コーナーと行こうか!」
「じゃっ、私から‼︎」
芦田さんが腕をまっすぐあげて、身を乗り出している。
「はいはい芦戸さんどうぞ〜」
太宰君は上機嫌で手を振る。
そして、芦戸さんは満面の笑みで言った。
「二人って付き合ってるの!?」
食堂が静まり返った。
あまりにも直球。あまりにもストレート。
しかし誰も止めなかった。
むしろ全員聞きたかった。
「芦戸君!」
飯田君が慌てる。
「いやでも聞きたいじゃん!」
「それはそうだが!」
「それはそうなんだ。」
飯田君まで頷いた。飯田君も気になってたんだ…!
そんな中、当事者二人はというと――
「付き合ってない。」
「付き合ってはいないね。」
即答だった。
食堂中が静まり返る。
数秒。
誰も動かない。誰も何も発せなかった。
そして――
「「「いや嘘だろ!!!」」」
A組のツッコミが食堂に響いた。
「嘘じゃないよ?」
太宰君は心底不思議そうに首を傾げる。いや、こっちがそうしたい気分なのだけど…
「本当に付き合ってない。」
「そうだぞ。」
中原さんも頷く。
「付き合ってねぇ。」
だが、それが余計に説得力を失わせていた。
ついさっきまで、同じ皿で飯を食い、同じ箸を使い、互いに食べさせ合い、口元を拭き………会話のテンポまで噛み合っていたのである。
誰が信じるのか。否、信じるものなどこの場にはいない。
「いやいやいやいや!」
上鳴君が机を叩く。
「無理あるって!」
「そうだよ!」
芦戸さんも身を乗り出す。
「今の見て付き合ってないは無理!」
「そう?」
太宰君はきょとんとした。
本気で分かっていない顔だった。
そして。
少しだけ考えるように顎へ手を当てる。
「まぁ確かに。」
一拍。
「中也のことは世界で一番愛してるよ?」
食堂が凍った。
「だけど。」
太宰君は続ける。
その声は妙に自然で、あまりにも当たり前の事実を話しているようだった。
「好きなんて生やさしい軽い気持ちじゃないんだ。」
誰も口を挟めない。
「だから。」
太宰君は笑う。穏やかに。真っ直ぐに。
「恋人なんて枠には僕らは収まらない。」
静寂。
食堂中が耳を傾けていた。
「強いて言うなら――」
そして。
爆弾を投下する。
「籍を入れるしかないけど。」
ぱちり。
片目を閉じる。
「まだ僕らの年齢じゃ無理だからね。」
沈黙。
長い沈黙。
A組の脳が停止した。誰一人動かない。
ぽかん。
という効果音が見えそうだった。
隣では麗日が口を開けたまま固まっている。
飯田に至っては眼鏡がずれていた。
「そんなこと大っぴらの前で言うな青鯖ァァァァァ!!」
中也の怒号が炸裂した。
食堂が揺れる。
太宰はケラケラ笑った。
「えー。」
「えーじゃねぇ!!」
「本当のことだろう?」
「言うなって言ってんだ!!」
中原さんの顔は真っ赤だった。耳まで真っ赤だった。
しかし、
誰もが気付いた。
今の発言。
否定していない。
一切否定していない。
「…………」
「…………」
A組がゆっくり顔を見合わせる。
そして。
(((否定しろよ!!!)))
心の声が綺麗に揃った。
「これは認めたってことなのかな?」
「つまり二人は恋人って言葉では表せないほどの深い仲ってこと?」
コソコソと話す。
「お前らバッチリ聞こえてんぞ」
中也が低い声でそう言った瞬間だった。
太宰がふと中也の顔を見た。
「ん。」
じーっと見つめる。中也が嫌そうな顔をした。
「なんだよ。」
「いや。」
太宰は少し身を乗り出した。
「ケチャップ。」
「は?」
「ついてる。」
中也は反射的に口元を拭う。
だが。
「違う違う。」
太宰は笑った。
「そこじゃない。」
「どこだよ。」
「ここ。」
そう言って。
太宰が中也へ顔を近付けた。
近い。
近すぎる。
A組の空気が凍る。
「おい。」
中也が眉をひそめる。
「太宰?」
嫌な予感しかしない。
本能が警鐘を鳴らしていた。
だが。
一歩遅かった。
「取ってあげる。」
太宰が。
ひょい。
と中也の顎を持ち上げた。
「な――」
中也が言葉を発するより早く。
太宰は顔を寄せる。
そして。
ぺろり。
太宰が中也の唇へ軽く触れた。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だった。
食堂が停止した。
誰も動かない。
誰も理解できない。
数秒。
完全なる沈黙。
そして。
「――――。」
中也も固まった。
目を見開いている。
脳が処理を拒否していた。
太宰は何事もなかったように離れる。
「うん。」
満足そうに頷いた。
「取れた。」
食堂全体が凍り付く。
その瞬間。
ぶちっ。
という音が聞こえた気がした。
中也の中で何かが切れた。
「青鯖ァァァァァァァァァァァァ!!!!」
轟音だった。
床が震える。
食堂の窓ガラスがびりびりと揺れた。
赤黒い光が爆発する。
椅子が浮く。
トレーが浮く。
スプーンが浮く。
上鳴が浮く。
「なんで俺まで!?」
誰も答えない。
それどころではない。
中也の周囲には重力が渦巻いていた。
髪がふわりと浮く。
制服が揺れる。
その姿は。
可愛らしく赤面する少女などでは断じてなかった。
鬼だった。
怒りに燃える鬼だった。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
拳が飛ぶ。
太宰の顔面目掛けて。
しかし。
「おっと。」
ひょい。
避けた。
「避けるなァ!!」
「無茶言わないでおくれよ!」
ひょい。
ひょい。
ひょい。
連続で回避。
そのたびに周囲から悲鳴が上がる。
「机がぁぁぁ!!」
「食堂の床が抉れてる!!」
「誰か止めろ!!」
「無理!!」
誰も近寄れない。
近寄ったら巻き込まれる。
そんな中。
太宰はなぜか楽しそうだった。
「中也ってば。」
ひらりと後ろへ下がる。
「そんなに照れなくても――」
「照れてねぇ!!!」
轟音。
床が砕けた。
「殺意しか感じない!」
緑谷が叫ぶ。
その通りだった。
一ミリも照れた雰囲気がない。
純度百パーセントの怒りである。ただただ鬼の形相をした中也が立っているだけである。
食堂の空気がまだ完全に戻っていない。
床のひび割れ、浮かされたままのスプーン、天井付近でようやく落ち着いた上鳴──それら全部が今のが現実だったと証明していた。
「……はぁ?」
最初に正気へ戻りかけたのは瀬呂だった。
「いや今の何!? ケチャップ取る流れじゃなかった!?」 「取る流れではあったけど!!」 耳郎が即ツッコミを入れる。 「方法が終わってる!!」
その中心で、太宰はひらひらと手を振っていた。
「いやぁ、ちゃんと取れたでしょ?」 「取れたとかの問題じゃねぇ!!」
中也はというと。
「…………」
完全に停止していた。
顔は真っ赤を通り越して、逆に無表情になっている。処理が追いついていないタイプの静止だ。
その沈黙を、太宰は容赦なく踏み抜く。
「中也ってば、そんなんだからモテないんだよ」 「は?」 「短気で口が悪くておまけに可愛げがない」 「おい」 「非モテの中也〜」
教室の空気が「やめろそれ以上言うな」に傾きかけた、その瞬間だった。
中也が、ぽつりと言った。
「……手前以外にモテる必要あんのか?」
──空気が死んだ。
一秒前まで騒がしかった食堂が、完全に停止する。
「…………」 「…………」
誰も息をしていない。
緑谷出久は心の中で叫んでいた。
(え、え、え???)
芦戸は口を押さえたまま固まっている。 飯田はメガネを押し上げる途中で止まっている。 上鳴はまだ空中から降りていない。
そして。
太宰も。
「…………」
固まった。
完全にフリーズしていた。
数秒後。
「…………え?」
さっきの太宰の声だけが、やけに間抜けに響く。
その数秒後だった。
がたん、と椅子が鳴る。
「……中也、」
声を出したのは太宰君だった。
いつもの余裕は、きれいに剥がれている。
「もう一回言って」
「……は?」
返したのは中原中也。
だがその声は、すでに普段の切れ味を失っていた。
太宰は一歩、いや半歩だけ前に出る。
「くっそ……こんな時に限って盗聴忘れてた……!」
「は!? 盗聴器!?」
緑谷の心が裏返った。
周囲も一斉にざわつく。
「いやそこ!?」 「なんで今そこ!?」
太宰はそんな声を全部無視する。
というより、耳に入っていない。
「お願いもう一回」
その顔は、誰も見たことがないものだった。
いつものふざけた笑みでも、計算された微笑でもない。
焦りと、動揺と、それを必死で隠しきれていない“素”の顔。
「……今の、もう一回……」
声が少しだけ震えている。
教室の誰もが思った。
(え、太宰って……こんな顔するんだ……)
一方の中也は、数秒前の自分の発言を脳内で再生した。
『……手前以外にモテる必要あんのか?』
沈黙。
再生。
沈黙。
もう一回再生。
『……手前以外にモテる必要あんのか?』
――――。
「…………」
顔が赤くなる。
「…………」
さらに赤くなる。
「…………」
耳まで赤くなる。
そして。
「――あ。」
ようやく理解した。
自分が何を言ったのかを。
「うわぁ。」
ぽつりと漏れた声は、自分でも聞いたことがないくらい弱々しかった。
次の瞬間。
ふわっ。
中也の身体が浮いた。
「え?」
麗日の声。
ふわっ。
さらに浮く。
「お、おい中原?」
瀬呂が呼ぶ。
だが反応はない。
ふわっ。
ふわっ。
中也はそのまま体操座りになった。
膝を抱える。
顔を埋める。
重力操作で自分の身体だけ軽くしたらしい。
そのままゆっくり。
ゆっくり。
食堂の天井近くまで上昇していった。
「えぇぇぇぇぇ!?」
上鳴が叫ぶ。
さっき回収されたばかりなのにまた叫んでいる。
「浮いた!」
「浮いてる!」
「なんで体操座り!?」
「可愛いとか言ったら殺されそう!」
「絶対殺される!」
食堂中がざわつく。
しかし。
中也は降りてこない。
顔を両手で覆っている。
隠しているつもりなのだろう。
だが。
耳。
首。
頬。
全部真っ赤だった。
全く隠せていない。
むしろバレバレだった。
「…………」
その場にいた全員が思った。
(帰ろう。)
誰も口には出さなかった。
だが不思議なことに、全員の意思は完全に一致していた。
「えーっと……」
最初に動いたのは麗日だった。
「デクくん。」
「う、うん。」
「お昼休み、終わりそうやね。」
まだ十五分以上残っていた。
明らかな嘘だった。
だが緑谷は即座に頷く。
「そ、そうだね!」
「行こう!」
「うん!」
立ち上がった。
飯田も反射的に立ち上がる。
「そ、そうだな! 午後の授業へ向けて予習を――」
していなかった。
だが言い切った。
「急ごう!」
「うん!」
三人はその場から離脱した。
早かった。
避難訓練レベルで早かった。
しかし。
問題は。
A組全員が同じことを考えていたことである。
「俺も飲み物買ってくる。」
瀬呂が立つ。
「俺も。」
上鳴も立つ。
「私も。」
耳郎も立つ。
「奇遇だな。」
切島も立つ。
「皆で行こうぜ!」
誰も飲み物など欲しくなかった。
ただ。
ここにいてはいけない気がした。
なんとなく。
本能的に。
生物として。
「あれ?」
芦戸が首を傾げる。
「なんかみんな帰る流れ?」
「違う。」
耳郎が即答した。
「ただの偶然。」
「なるほど!」
なるほどではなかった。
数十秒後。
食堂の一角からA組が綺麗に消えていた。
残されたのは。
太宰と。
天井付近で膝を抱える中也だけだった。
本当に二人きりになった。
静かだった。
さっきまでの騒ぎが嘘みたいに。
中也はまだ天井近くで丸くなっている。
降りてこない。
顔も見せない。
太宰はそんな中也を見上げた。
数秒。
黙っていた。
そして。
「中也。」
返事はない。
「ねぇ。」
返事はない。
「蛞蝓。」
反応なし。
「チビ。」
反応なし。
「中也。」
今度は少しだけ優しい声だった。
すると。
天井から小さな声が落ちてくる。
「……なんだよ。」
声が死んでいた。
太宰は思わず笑いそうになる。
だが今笑ったら本当に殴られる。
だから必死に堪えた。
「降りておいで。」
「嫌だ。」
即答。
「なんで。」
「顔見せたくねぇ。」
「可愛い。」
「殺すぞ。」
反射だった。
だがいつもより圧倒的に迫力がない。
むしろ弱い。
太宰は口元を押さえた。
危ない。
笑うな。
今笑ったら終わる。
(でも可愛いんだもの、ニヤケが止まらない)
中也の体が傾いた。
重力操作は感情に引っ張られる。
集中が切れ始める。
ふらり。
「あ。」
中也が目を見開く。
次の瞬間。
ふっ。
それを見逃す太宰ではない。
太宰が手を伸ばした。
人間失格。
能力が解除される。
「――っ!?」
浮力を失った中也が落ちる。
「太宰ィィィ――」
叫び終わる前に。
太宰がしっかり受け止めた。
横抱き。いわゆる。お姫様抱っこ。
「…………。」
中也停止。
「捕まえた。」
太宰満面の笑み。
「降ろせ。」
即答。
「嫌だ。」
即答。
「降ろせ。」
「嫌だ。」
「降ろせ。」
「今のもう一回言ったら。」
「降ろせ。」
「言って。」
「降ろせ。」
「中也。」
「降ろせ。」
「一生のお願い。」
「知らねぇ。」
太宰は。
しばらく黙った。
それから。
腕の中の中也を見下ろす。
そして。
少しだけ。
本当に少しだけ。
優しく笑った。
「……参ったな。」
中也は顔を上げない。
真っ赤なまま。
太宰の制服をぎゅっと掴んでいた。
無意識に、離れないように、落ちないように。
その手を見た太宰は。
また少しだけ笑う。
「まぁ。」
静かな声だった。
「聞けただけでも十分か。」
中也は返事をしない。
できない。
顔が熱すぎて。
心臓がうるさすぎて。
だから。
代わりに。
太宰の胸ぐらを掴んだまま。
小さく。
本当に小さく。
離れるなとでも言うように。
服を引っ張った。
そして太宰は。
それを見なかったことにしてやるほど。
優しい男ではなかった。
「中也。」
呼ぶ。
返事はない。
「ねぇ。」
「……。」
「前言撤回。」
ぴくり。
腕の中の身体が反応した。
太宰は見逃さない。
「やっぱり、もう一回聞きたい。」
「……嫌だ。」
「なんで。」
「恥ずかしい。」
即答だった。
太宰が固まる。
今。
中也は、恥ずかしいと言った。あの中也が。
「……中也。」
「うるせぇ。」
「もう一回。」
「嫌だ。」
「お願い。」
「嫌だ。」
「一生のお願い。」
「何回使うんだその一生。」
太宰は少し笑った。
けれど引かなかった。
珍しく。
本当に珍しく。
しつこかった。
「中也。」
「……。」
「聞きたい。」
静かな声だった。
ふざけてもいない。
からかってもいない。
ただ真っ直ぐだった。
その声に。
中也は観念したように目を閉じる。
逃げられない。
というより。
本当は最初から逃げる気なんてなかったのかもしれない。
長い沈黙の後。
中也はゆっくり顔を上げた。
目元まで赤い。
今にもどこかへ飛んで行きそうな顔だった。
「……一回だけだぞ。」
太宰の心臓が跳ねる。
「うん。」
中也は視線を逸らした。
太宰を見ない。
見られない。
だから。
本当に小さな声で。
消えそうな声で。
ぽつりと呟いた。
「……好き。」
沈黙。
時間が止まる。
太宰も止まる。
中也は顔を覆った。
「もう終わりだ。」
「中也。」
「聞いただろ。」
「中也。」
「聞いただろうが。」
「中也。」
「だから聞いただろって――」
そこで言葉が止まった。
太宰が笑っていた。
いつもの笑い方じゃない。
意地悪な笑みでもない。
勝ち誇った顔でもない。
ただ。
どうしようもなく嬉しそうだった。
それを見た瞬間。
中也は少しだけ後悔した。
言うんじゃなかった。
絶対調子に乗る。
絶対一生擦られる。
間違いない。
そう思ったのに。
なぜか嫌じゃなかった。
太宰はそっと中也の頬へ手を添える。
中也は反射的に身を強張らせた。
逃げようと思えば逃げられる。
けれど――逃げなかった。
太宰はそんな中也を見つめる。
本当に珍しく。
何も企んでいない顔で。
何も茶化さない顔で。
ただ、愛おしいものを見るように。
「……中也。」
「なんだよ。」
「ありがとう。」
中也が眉をひそめる。
「何が。」
「全部。」
曖昧な言葉だった。
けれど太宰にとってはそれで十分だった。
前世から。
死ぬ瞬間まで。
再会してからも。
何度突き放しても隣にいて。
何度振り回されても見捨てず。
何度喧嘩しても戻ってきて。
そして今も。
こうして腕の中にいる。
太宰は少しだけ目を伏せた。
(これは…誰にも聞かせられないな)
そして――
そっと。
中也の頭へ顔を寄せる。
「おい。」
警戒した声。
だがもう遅い。
ふわり。
太宰の唇が中也のつむじへ触れた。
ほんの一瞬。
羽が落ちるみたいに軽いキスだった。
静寂。
中也の思考が停止する。
数秒。
完全停止。
そして。
「…………。」
顔が赤くなる。
「…………。」
さらに赤くなる。
「…………。」
耳まで真っ赤になる。
太宰は満足そうだった。
「うん。」
「うんじゃねぇ。」
「うん。」
「だからうんじゃねぇ!」
中也がようやく復活した。
拳が飛ぶ。
だが威力は皆無だった。
胸を軽く叩く程度。
太宰は避けない。
むしろ嬉しそうだった。
「暴力反対だよ。」
「今のは手前が悪い。」
「そうかな。」
「そうだ。」
即答。
太宰は笑う。
中也は睨む。
だが。
その睨みも普段より圧倒的に弱かった。
太宰は知っている。
今の中也は怒っているんじゃない。
ただ恥ずかしいだけだ。
だから。
「中也。」
「なんだ。」
「愛してるよ。」
「っ!!」
再起動したばかりの中也の脳が再び爆発した。
「手前ほんとそういうとこだぞ!!」
「どこだい?」
「全部だ!!」
太宰はケラケラ笑う。
中也は顔を覆う。
だが。
太宰の制服だけは離さない。
ぎゅっと掴んだまま。
その様子を見て。
太宰の笑みが少しだけ柔らかくなった。
コメント
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もうもうもう、第5話も最高でした……!太宰くんが編入してきて、いきなり中也さんとの距離感でA組を大混乱に巻き込む展開、笑いっぱなしでした。特に「大っ嫌い」「でも愛してる」の並列構造には痺れましたね。あの言葉の裏にある長い時間と信頼が感じられて、ただの喧嘩じゃないんだなと。食堂での「好き」まで、あの流れは反則ですよ。二人の関係性が、読んでるこっちまであったかい気持ちにさせてくれました。次話も楽しみにしてます!