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治療が始まって、急に意識を失った俺が目を覚ますと、奇跡が起こっていた。
右肩の痛みがなくなっているのだ。
あれだけの激痛が、一瞬で消えてしまうなんてことがあるのだろうか?
これまでも、大きな怪我を何度も経験してきたが、痛みは、回復と共に徐々に和らぐことはあっても、突然消えることなんてなかった。
俺は、治療が始まる時はうつ伏せだったのに、いつの間にか仰向けに寝かされているので、急いで上半身を起こした。
起こした上半身がいつもよりも軽い。
左に顔を向けると、白川先生が笑顔でこっちを見ている。
「どんな感じだい?」と聞かれたので、正直な感想を吐き出した。
「スゲエよ!何の痛みも感じないんですけど…
最初、学割で一万円って聞いた時は、ぼったくりだと思ったけど、これなら二万円でも安いくらいだよ」
俺の軽口に白川先生が笑い声を上げた。
しかし、俺が治療用のベッドから降りようとすると、笑顔を引っ込めてこう言ったのだ。
「まだ治療は終わってないよ」
俺が、驚いた顔を向けると白川先生が、「僕の体内には、植村君の邪気が浄化されずに残っている」と、気持ちの悪いことを言い出した。
困った俺が、「どうすれば良いんだよ?」と聞くと、その質問を完全に無視した白川先生が、「僕と少し話をしよう」と言ったので、俺は、何だか訳の分からないまま頷いた。
すると、優しい声音で白川先生が喋り始める。
「僕は、植村君が中学生時代に、障害を抱えた上田君をイジメから守る為、赤城君や織部君、田中君に振るった暴力はアリだと思っている。
大人だと許されなくても、子供だと許されることもあるんだよ。
それに、高校生時代のバイク事故も、盗難にあった友人のバイクを取り返そうとして起こした事故で、君だけが悪いわけじゃない。
だから、植村君のお父さんが君に吐いた暴言は間違っている。
君のお母さんの死と、君の行いには何の因果関係もないんだよ。
でも、大人の世界は正しいとか、間違っているとか、そんな単純な物差しだけでは測れない。
もっと複雑なんだ。
お父さんは、悲しくて、寂しくて、その感情に押し潰されそうになったから、君に八つ当たりしただけなんだよ。
大人は、君が思っているほど強くはない。
だから、お父さんを許してあげて欲しいんだ」
俺は、無性に感動していた。
白川先生が、俺の普段の行いを擁護(ようご)してくれたからではない。
俺しか知らない情報を、スラスラと何の衒いもなく喋り始めたからだ。
まるで、世間話をするみたいに…
この人は本物なのだ。
金儲けの為に芸を売る霊能者とは、根本的にモノが違う。
そんなことは子供の俺にだって分かる。
しかし白川先生は、そんな俺の感動をよそに喋り続けていた。
「その代わりに、君の願いを叶えてあげるよ。
植村君の行った廃墟ホテルみたいに、死者と会話が出来る訳じゃないけど、お母さんの気持ちを、君に伝えることなら出来ると思う」
俺は我を忘れて、「どうやって?」と聞いてしまう。
「実は、僕が植村君の邪気を取り込んだといっても、邪気だけを取り込んでいる訳じゃないんだ。
邪気と一緒に、聖気のカケラや、身体の内部にこびり付いていた思念なんかも一緒に取り込んでしまう。
そこに、植村君のお母さんの思念もくっ付いていたんだよ。
通常、母親の思念は誰の体にも残っている。
それは、妊娠中に母親の体内に居るのだから当たり前なんだけど、君の場合は母親から輸血をされていたから、比較的新しい思念が残っていたんだよ。
聞いてみたいかい?」
俺は恥も外聞もなく、クシャクシャの泣き顔で頷いた。
白川先生は、優しい微笑みを浮かべながら静かに喋り始める。
「お母さんは、勇吾を恥ずかしいと思ったことなんて一度もないわ。
勇吾は、私が気付いてないと思っているけど、お母さんはちゃんと知っているのよ。
障害を抱えた上田君をイジメから守るために、暴力を振るったってことを…
そして、理由を言えば自分の罪が軽くなると分かっていたのに、上田君や親御さんのことを考えて、あえて理由を言わなかった。
お母さんは、アナタのことを誇りに思っている。
誰が何と言おうと、アナタはお母さんにとって自慢の息子よ。
だから、アナタの行いが負担になってお母さんが死んだなんて絶対に思わないで。
お母さんの死は最初から決まっていたの。
アナタを妊娠した時も、お医者さんから産むのを止められたくらいだから…
でも、どうしても産みたかった。
アナタには話してなかったけど、お母さんは孤児だったの。
施設で育った私にとって、血を分けた本物の家族を持つことが小さい頃からの夢だった。
七夕もクリスマスも願い事は一つ。
家族をください。だった…
たとえ、自分の命と引き換えにしてもアナタを産もうと決心したのよ。
だってアナタは、お母さんの生きる希望だったから…
勇吾、生まれてきてくれてありがとう。
お母さんは、勇吾の母親で凄く幸せだったわ。
本当に、本当にありがとうね」
俺は、その言葉を聞いたとたん、自分の中で何かが弾けたことを感じとっていた。
まるで、石膏像に弾丸が命中して、粉々に砕け散るみたいに…
そして俺は、子供みたいに声を上げて泣き始める。
「母ちゃん俺、寂しいんだよ。
いつも、朝起きると母ちゃんの笑い声が聞こえてくるんだ。
勇吾、起きなさいって…
だから、朝起きるといつも一人で泣いていた。
母ちゃんに会いたくて、会いたくて…
母ちゃんに、もう一度だけ会いたいよ」
俺は、口を目いっぱい開けて、今まで封印していた思いをそこから全部吐き出した。
最後は、意味不明な絶叫になっても涙は止まらない。
しかし、その涙が俺の硬い殻を徐々に洗い流して、少しずつ自分が癒されていくのを感じていた。