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「ちょっと!待合室の長椅子に寝っ転がって漫画を読むの止めなさいよ。
ここは、アンタん家(ち)のリビングじゃあないのよ」
私が、掃除機の吸引ノズルで植村勇吾のお尻を叩くと、モゾモゾと起き上がった勇吾が、ブリブリと不満の声を上げる。
「何だよ。患者なんて誰もいないだろう。
誰の邪魔になってるっていうんだよ」
私は、腰に手を当てながら勇吾を睨み付ける。
「十分、私の掃除の邪魔になっているわよ。
だいたいアンタ、何で学校が終わると毎日ここに遊びに来るのよ。
家に帰って勉強しなさい。
こっちは仕事してるんだからね」
そこに、間仕切りカーテンから顔を覗かせた白川先生が、「まあまあ、姉弟喧嘩はそれくらいにして…」と言うので、私と勇吾が同時に、「誰が姉弟だよ!」と抗議の声を上げる。
すると、白川先生が笑顔のままで勇吾に話し掛けてきた。
「毎日、勇吾が晩ご飯を作っているんだろう。
早く帰らなくても大丈夫なのか?」
勇吾は、屈託のない笑顔で頷いている。
「うん。あと一時間でスーパーのタイムセールが始まるから、それまでココで時間を潰してるんだよ」
それを聞いた私が切ない溜息を吐くと、白川先生が柔らかな微笑みを投げかけてくる。
誰もが、悲しい事情を抱えながら一生懸命に生きているのだ。
私が感傷に浸っていると、玄関に人の気配を感じた。
目を向けると、黒っぽい着物を着た女性のシルエットが浮かび上がっている。
私が、急いでガラス引戸を開けると、その女性が、ちょっと驚いてから、微笑みながら深々と頭を下げてきた。
黒地の着物に、鮮やかな紫の桔梗が咲き誇っている。
「わたくし、白川時雨の母親で白川京子と申します」
この言葉に私が焦ってしまい、「あわ、あわ…」と慌てていると、長椅子から起き上がった勇吾まで、驚いて直立不動になってしまう。
そこで初めて白川先生が口を開いて、「かあさま…」と呟いたので私は二度驚いた。
「か、かあさまって、江戸時代ですか…」と思わず呟いてしまう。
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