テラーノベル
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二人は、そんな冷たい喬一さんに慣れているようで、『やっぱ駄目かあ』とさっさと帰ってしまった。
嘆息する喬一さんは、それでも一応ちゃんと電車に乗れたのか目で少しだけ追っていた。
優しいのに、それを全く感じさせない対応で、どんな言葉をかけようか迷う。
「喬一さん」
おずおずと声をかけると、冷ややかだった顔に急に表情が乗る。
私の方を見ながら、ふっと小さく笑った。
「今日は寒いな。鼻が真っ赤だ」
「えー、嘘」
鼻を押さえると、手袋を外して右手で摘ままれた。
温かい彼の指先に、笑う。私の冷たい手も掴むと自分のコートのポケットに入れてくれた。
そのまま一緒に歩き出す彼を見上げる。先ほどの面影はない。
「さっき、クールで冷たい外科医の古舘先生を見ました」
「見られたか。妻がいるのにデートに誘う酔っ払いは、質が悪い」
「喬一さん、うちの家とか私の前では優しいのになんであんなに仏頂面なんですか」
「仏頂面か。うーん。別にさっきの会話に愛想笑いが必要じゃなかったから」
苦笑しつつ私の荷物を持とうと手を差し出してきた。自分の方が出張帰りでカバンの中身が重たいのに。私の荷物は、喬一さんへのプレゼントなので、大丈夫だからと不自然にならないように後ろに隠す。
「えー、私と家族の前では愛想笑いなんですか」
「いや、素だけど。愛想笑いしてもいいことがないと、親戚づきあいで嫌というほど知っているからさ。それに俺の仕事は緊張感をもってやる仕事だし、普段は顔を引き締めてるのかも」
「確かにそうですね」
喬一さんが言いにくそうに言うので、それ以上は聞かなかった。彼の中では親戚というものは、余程煩わしいものらしい。
駅を出て、喬一さんのコートのポケットに入れていた手を自然に出すと、手を握られる。
その様子がショーウインドウに映ると、クリスマス前の街中で違和感なく恋人のように見える。この前まで、恋愛を諦めていて、ゲームに夢中だった私が、街に溶け込んでいる。
喬一さんもさきほどの顔とは打って変わり、にこやかだ。そんな彼の隣に並ぶのが少しだけ誇らしかった。夫婦になったんだから、大人な彼にもっと近づけるように頑張ろうと思えた。
タクシーに乗って五分ぐらい行くと、オフィスビルに案内された。
そこの二階に、オランダ料理の店があるらしい。絶対に一見さんじゃ見つからない場所。
レトロな木でできたドアを開けると、中には賑やかな洋楽が流れ、八席あるカウンターは満員で、終始笑い声が聞こえてくる。
クリスマス前日だからクリスマス仕様かと思ったら、オランダはクリスマスは12月の始めにあるらしく、イベントは全部終わってしまっていたらしい。レジに小さなクリスマスツリーがあるのみだった。
「こっち」
喬一さんがオーナーに『妻です』と説明した瞬間、真っ赤になって頭を下げるのが精いっぱいだった。オーナーの白石さんは喬一さんと同い年で顎鬚の似合う、豪快に笑う人だった。
そして更に二階に上がって予約席と書かれた席に案内してくれた。観葉植物を背に夜景が見えるカウンター席で隣り合わせで座る。隣の席とも観葉植物で隔てていて、十分にスペースがあり半個室に近い。
こちらは、二階の笑い声を遠くに聞きながらしっとりしたクラシックが流れる大人な雰囲気で、壁にはいろんな船の白黒写真が飾られている。オーナーの白石さんのおじいさんが乗っていた、オランダと日本をつないでいた貿易船の写真らしい。
「ああ。恥ずかしい。いまだに妻と奥さんって言われると照れます」
まだ熱い頬を押さえると、コートをかけていた喬一さんがクスっと小さく笑う。
「可愛いから、一生慣れなくていいよ」
「うわ。甘い。旦那さんが今日も甘やかしてくる」
「甘やかしてないでしょ。毎日これだから、これが基本」
つまり私に毎日砂糖を塊ごとゴリゴリ食べろということらしい。
食べるけども! 沢山食べるけども。
「……そんな旦那さんは、どんなことで喜んでくれるんでしょうか」
兄の家庭教師だった人。私にはいつも優しかった人。
けれど、冷たくクールだと周りに印象付けるように、壁がある人。
私が知らないような苦労をしてきただろうに、私には極上に甘い人。
「紗矢の言動ならなんでも嬉しいけどね。その荷物、こっちに置きなよ」
「あ、いや、これは」
明日貴方に渡したいものです、と言えるわけもなく挙動不審になってしまった。
「ん?」
駄目だ。私、明日まで誤魔化せる器用さがない。前日なのは申し訳ないけど、徐に紙袋を差し出してしまった。中身を出した方がいいんだろうけど、でも恥ずかしくてそのままテーブルに乗せて喬一さんの方へ押した。
#両片思い
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