錆びきった鉄条網を超えると、細く直線的な石畳の一本道があり、両脇には腰の高さまである巨大なたんぽぽが一面に広がっていた。黄色い花の絨毯は、そよ風が吹くたびに生命の輝きをもって海面のよう激しくに躍動し、複雑に攪拌された光の円舞が私の眼を刺した。私は《遺跡》に探検に出掛けたきり帰らない村の子供たちを呼び戻すために遣わされたのだった。
しばらく歩くと澄んだ小川に辿り着いた。じっと見つめていると、喉が乾いていることに気がついた。思わずひざまずいて、清流を掬った。透明なはずの水のレンズを通して掌が赤く染まっていた。口に含んだ水は、鉄の味がした。
すぐさま水を吐き出すと、すでに私は表現し難い恐怖に駆り立てられていた。吐き出した水をかぶった一輪のたんぽぽが首を折って赤黒く染まっていた。
小川に沿って小高い丘を登り切ると、視界が開けて、延々と続くたんぽぽの黄色と小川の源流に位置するコンクリートで覆われた《遺跡》とが一斉に眼に飛び込んだ。小川はほとんど真っ直ぐ《遺跡》に向かって伸びてい、《遺跡》と私を結ぶ線分の丁度中間の点に黒いひとかたまりの影が見えた。近づいてゆくと一つだった影は徐々に様々な形に分裂し、次第にその輪郭を明瞭にした。しかしそれらのすぐ目の前まで近づいても、小川の岸に打ち上げられるように広がり、或いは淀みを作って半ば浮き、半ば沈んでは流れに押されて緩慢に揺れ動くそれらが何なのか、私はすぐには理解できなかった。
それらが血に塗れた十人ほどの子供たちの屍体であると気がついた瞬間、いやに背の高い周囲のたんぽぽが微かな気配とともに一斉に枯れ始めた。そうして、それらはすぐさま白髪にも似た柔らかな綿毛をつけ、そよ風に揺られて無数の種子を飛ばすのだった。
跪いて、子供たちを見つめていると、頭より高いたんぽぽの群れが私を世界から匿してしまうように思われた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!