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マードック司教様の案内で、私たちは懺悔室のある場所まで到着した。開放時間ではないので周辺にいる人はまばらだ。
懺悔室は祭壇から向かって右側の廊下に設置されていた。部屋は中央に置かれた窓付きの衝立で仕切られていて、小部屋がふたつ繋がっているような造りをしている。それぞれのスペースは人がひとり入れるくらいの大きさだ。
「想像以上に狭いね。小柄な大人ならギリふたり入れるかもってとこか。レナードやルーイ先生みたいにデカいと、ひとりでもキツいかもね」
「そもそも複数人で入ることを想定してないだろうからね。司祭と信徒の一対一が基本でしょ」
「こちらの部屋に司祭……そしてこちらには告白をする信徒が入る。この間に置かれた衝立がお互いの姿を隠してくれるのですね」
私たちは懺悔室に入ってみることにした。ニコラさんの行動を実際に辿ってみる事で、新たな気づきを得られかもしれないからだ。
「かなりしっかりした衝立だな。壁とほぼ変わらない。部屋の天井スレスレまでの高さがあるし、この小窓もステンドグラスで向こう側が見えなくなってる。それでも窓の下にあるこの細い通気口のおかげで声は通るから、会話は問題なく行えるな」
ルーイ様は狭い室内をじっくりと観察している。私も彼に倣って後ろから中を覗いてみたものの……部屋には椅子くらいしかなく、何かを発見することはできなかった。
「マードック。ちょっとお前、そっちの部屋に入ってどんな感じで告白を聞くのかやってみて。俺が懺悔する信徒の役やるから」
「えっ……ちょっ、いきなりそんな……。しかもルーイ様が信徒の役など……」
ルーイ様は困惑する司教様をなかば強引に懺悔室の中に押し込んだ。そして、自分は司教様と反対側の部屋に入り込む。本来なら使用中は入り口の扉は閉じられるはずだけど、今回は検証のためなのでどちらの扉も開いたままである。
それにしても、さすがルーイ様だ。こんなところでも私たちを驚かせてくれる。まさか司教様を巻き込んで擬似懺悔を行うなんて……
「それでどうやるのこれ。入ったら勝手に喋っていいの?」
「小窓の横に簡単な作法が記された張り紙が貼ってありますので、それを参考にして下さい」
「張り紙ね……あっ、これか。えーっと……なになに。クレハたち、俺とマードックが告白の様子を実際に再現するから、気づいた事があったら遠慮なく言ってね」
「あの……素朴な疑問なんですけど、ルーイ様に懺悔する事なんてあるのですか?」
『神様なのに……』と続けて言おうとしたのを慌てて飲み込んだ。彼は懺悔を聞いて赦しを与える側だろう。
「クレハよ、俺にだって後悔してること……やってしまったことへの罪悪感で悩む時だってあるの。まあ、今から俺が話すのは懺悔というよりは失敗談だけどね。雰囲気を再現するだけだから、細かいことは気にしないの」
ルーイ様は神の力を奪われて人間の世界に落とされた。あっという間に周囲と打ち解けた風に見えていたが、心の内側では不安や気苦労を抱えていたに違いない。さすがに皆が聞いているこの場で深刻な話はしないだろうけど、ルーイ様にだって悩みくらいあって当然だ。
「はい。それでは……神に心を開き、貴方の罪を告白して下さい」
細かいことは気にするな……ルーイ様がそう仰ったので、司教様も吹っ切れたようだ。私たちの目の前でルーイ様の懺悔が始まってしまった。彼は何を語るつもりだろうか。
『あ、あの……ほんとに誰にも言わないでくれるんですよね。秘密は絶対に守って貰えるのですかっ……!?』
「ぶはっ……!」
いきなり口調が変わったルーイ様を見て、ルイスさんが我慢できずに吹き出してしまった。こんな扉全開な状態で秘密もクソもない。なんでちょっと小芝居入ってるんだ。一気に茶番感が増したな。
『もちろんです。貴方が行った告白が第三者に漏れることはありません。安心してお話し下さい』
司教様は律儀にルーイ様に付き合ってあげている。それでも脱力感は否めないのか、表情は虚ろとしていた。
『はい。私、ある人にとても申し訳ないことをしてしまったのです。謝らなければと分かっているのですが、どうしても言えなくて……。その方の事を想うと……毎日が苦しくてたまらないのです』
作り話だろうか。演技をしているせいで嘘くさく聞こえる。失敗談とも言っていたから多少ぼかしが入っていても、内容自体はルーイ様の実体験なのかもしれない。
『……大丈夫ですよ。貴方は己の行いを後悔してここにやって来たのでしょう。女神は悔い改めようとしている信徒を決して見捨てはしません。さあ、勇気を出して話してごらんなさい』
『はい……』
いま司教様がやっている役を子供にやらせていたんだよね。相手の状況によって違うのだろうけど、結構しっかり信徒と会話をするんだな。やはり軽々しく代理など立ててはいけない重要な仕事だ。
『実は……服を借りたんですけど、駄目にしてしまったんです。それで、いまだに返せていなくて』
『駄目と言われますと、汚したり破いたりしてしまったという意味ですか?』
『はい。盛大に汚しました』
ルーイ様に服を貸した人というと、該当するのは3人だ。ひとり目は『アルバビリス』を貸したジェラール陛下。しかし、アルバビリスは特別な衣装なため、使用後すぐに返却したとルーイ様が言っていた。そうなると……私は隣にいるレナードさんへ視線を向けた。彼もルーイ様に服を一式貸していたはずだ。駄目になったというのはレナードさんの服か。私はそう予想した。ところが、レナードさんは小声で『私のじゃないですよ』と言って、首を横に振ったのだ。レナードさんではないとすると……
『その服を貸してくれたのは、実は……私の想い人なんです』
『はあっ!?』
司教様は告白を聞いている最中だというのに、声を上げてしまった。フェリスさんも司教様と同様に驚いたようで目を丸くしている。
ルーイ様の想い人……私とクラヴェル兄弟はきっと同じ人物を想像しているだろう。彼に服を貸したという条件で、陛下でもレナードさんでもないとすると……もう、ひとりしかいない。
以前からそうではないかと思っていたので、そこまで衝撃を受けていない。どちらかというと、ルーイ様が明言したことに驚いた。曖昧でぼかしたような表現ではなく『想い人』なのだとはっきりと――――
セドリック・オードランさん。レオンのお目付け役で『とまり木』の隊長。彼が……ルーイ様の好きな人だ。
まさか懺悔室を調べに来て、ルーイ様の告白を聞くことになるとは思わなかった。