朝、目を覚ますと外からはザーッという雨の音が響いていた。
窓に雫が弾ける音、屋根に溜まっている音。
様々な音が私の耳へと届く。
憂鬱な気分になりつつもいつも通り私は支度をした。
家を出る時にお気に入りの傘を手にし空中へと開く。
バサッという音が雨の音に負けないくらいに大きな音でびくついてしまう。
傘の中に身を入れ歩幅を狭くし一歩足を出した。
傘からはみ出したローファーを雨が濡らす。
ローファーに当たり跳ね返った雫の先を見ると奏汰が立っていた。
ビニールの傘を右手に持っている。
「陽菜、おはよう」
平然と私に挨拶を交わす彼。
まるで昨日の事など無かったかのよう。
「おはよう」
そう素っ気なく返して彼の横を通り過ぎようとするといつの間にか私の右腕は彼の左手に掴まれていた。
振り向くと彼は切なそうな顔をして私の瞳を真っ直ぐと見ていた。
今にも泣き出しそうなつぶらな瞳に胸が痛くなる。
振り払おうにも男子高校生の握力に勝てるわけが無い。
「陽菜、好きだ。」
すると彼は思わぬことを口にした。
彼の眼差しは真剣そのもので私はなんと答えれば良いのか分からなかった。
「…、なにそれ、やめてよ」
私の耳にはうるさく響く雨の音は聞こえなかった。
ただ彼の目から大量に溢れる涙が私の心を揺さぶる。
そんなふうに泣かないで。
君に好きだと伝えられたらどれほど良かったのだろう。
気づけば私の頬に涙がつたっている。
そんな私を見た彼は必死に何かを発している。
「もう、死にたいだなんて言わないでよ。」
彼は何故、私の心の内を知っているのだろうか。
「勝手なこと言わないで!」
不意に口から漏れた言葉は思ってもいない言い訳だった。
見苦しくて気持ち悪くてこんな自分が心底嫌になる。
だから私は「私」が大嫌いだ。
好きな人に好きと言って貰えたのに私は本当の答えなど言えないまま。
変わりたいだなんて思うことすらも諦めてしまっている。
奏汰が好きだと彼の目を見てきちんと話したい。
私も貴方が好きだよと。
珍しい夏の雨が私の心を移しているようでそのまま私は海へと一直線に走った。
彼は私の跡を追わずにそのまま呆然と立ち尽くしている。
彼の姿が見えなくなったところで私の意識は途絶えた。
次にふと意識が戻ったのは水の中。
また、苦しくもがいて死ななければならない。
実質は死んだという肩書きだけ。
本当の死をいつ迎えられるのか私は幾度となくこの世界をさまよっている。
誰かここから連れ出して。
そんなことを願ったところで助けてくれる人などいないことはとうの昔に分かっていた。
ただ、淡い期待を抱きたいだけ。
そんな期待も枯れ果てて無くなってしまう。
私はこんなちっぽけな世界でいったい何をしているのだろうか。
そんな疑問だけがぐるぐると頭の中を駆け巡る。
そのまま私は何度目かも分からない水の中で海の底へと沈んで行った。
一瞬指先がぴくりと動いて手を開いた感覚がして必死にもう片方の手で食い止めた。
期待をしたところでどうせ裏切られるのだから。
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