「葵、もう寝ちゃった?」
「ね、ねね、寝られるわけないじゃん! 無理だってば!!」
「いや、一緒に寝ようって言ってきたのは葵なんだけど……」
どうやら返す言葉もないみたいで、葵は少し視線を上げ、真っ赤な顔のままで僕の胸を軽くとんと叩いた。
今、僕達二人は抱き合いながら、葵のベッドで同じ布団に入って眠りにつこうとしていた。しかし、どうしてなのか。お互いが少し動くたびに聞こえる衣擦れの音や、掛け時計の秒針が進む音。今夜はそれらがやけに大きく感じる。
それに、『僕と葵しか存在しない世界』だと感じていたものが、僕の中で大きく認識が変わった。
ここは、二人だけの世界じゃない。
お互いの心が溶け合った、僕と葵しかいない『一人の世界』だと。
今日の夕方――初めてお互いの気持ちを確かめ合ってから、つまりは恋人同士になって初めて抱き合った後から、葵が『寂しいから』と言ってきたからこのような状況になった。
けど、冷静さをギリギリ保ってはいるけど、実は僕も全く眠れなかった。
理性の針が、静かに限界を越えようとしているから。
が、葵の方がどうやら僕以上に限界みたいだ。さっきから僕の胸の中に頭を沈めながら、やたらと息を荒くしている。
「ね、眠れないけど……」
「けど?」
「でも、それでもいいやって思い始めてるの。だって憂くん、すっごく温かいんだもん」
だから、ずっとこのままでいたい、と。葵は胸中を吐露してくれた。
「――そうだね」
僕も同じように思っていた。伝わってくる、温かくて優しい、葵の体温。それが僕の体全身を包み込んでくれているように感じていた。
このままずっと時間が止まってしまえばいいのに。葵と心を一つにしたままで。
でも、それはそれで怖いんだ。
今のこの時間が幸せすぎて。
(……ん?)
何だろう。
葵の温もりとは違う、温かい別の『何か』が僕の胸の辺りに広がっていった。
そして、その答えはすぐに分かった。
「葵――」
「ひっ……ひっぐ……」
僕の胸に感じた別のそれは、葵が流した涙だった。一粒や二粒じゃない。とめどなく流れる葵の涙は着ていたTシャツにどんどんと広がっていった。
「ど、どうしたの葵!?」
「こ、怖い……」
「怖いって、何が? もしかして、僕のこと?」
葵は頭を振り、それを否定した。
「――違うの。幸せだから、怖いの」
僕と全く同じだ。
「私ね。ずっと、ずっと、憂くんとこうやって二人でいたいって思ってたの。夢だったの。でも、それが叶っちゃったら、今度はそれが、いつか壊れちゃうんじゃないかって。怖くて、怖くて、幸せなの」
僕の服をギュッと強く握り締めながら、葵は涙を流し続けた。
そっか。葵も僕と同じように感じてくれてたんだ。
幸せだからこそ、幸福だからこそ、それを失った時のことを考えてしまうんだ。
(結局、僕も葵も似た者同士ってことか)
「ゆ、憂くん?」
僕は優しく葵の頭を撫でてあげた。涙が止まるまで。安心できるまで。いつまでも撫でてあげようと思えた。
「落ち着く……」
「良かった」
「ずっと、このままがいい」
僕は何も言わないまま、葵の頭をそっと抱き寄せた。
何故だろう。さっきまで僕も葵と同じように怖いと感じていたはずなのに、今は完全にそれが消えている。
やっぱり僕と葵は、もう『一人』なんだ。葵が落ち着けば、僕も落ち着く。
恋人になるってこういうことなんだと、初めて気付かされたよ。
「ねえ、葵。よくさ、形あるものはいつか壊れるって言うじゃん?」
「……うん。そうだね」
「でもさ、思うんだ。好きだとか、恋してるとか、そういう感情って、そんな簡単に壊れちゃうものなのかな? 想いに形がないからってわけじゃなくてさ」
胸に頭を埋めながら、葵は黙ったまま僕の話を聞いてくれた。
「僕は違うんじゃないかって思うんだ。きっと、壊れない。、そう簡単には。だってさ、僕達ってそれこそ何年もずっと繋がってたんじゃん。心を重ねてきたんじゃん。長い間、ずっと。それって、そう簡単に壊れちゃうものだとは思えないんだ」
「そう、なのかな……」
「うん。だと思う。僕も初めてだから偉そうなことは言えないんだけど。でも、きっとそうだと思う」
葵の心の時計の音が、そこで途切れた気がした。壊れたわけでも、止まったわけでもない。きっと、何かが振り切れたんだと思う。
葵の心の中で。
「――憂くん」
「どうしたの、葵」
葵は僕の胸から離れ、そして僕の目をしっかりと見つめた。涙目のままで。
そして――
「憂くん。私に、勇気をください」
薄暗い部屋の中にそう言葉を残して、葵は僕に顔を近付けて、僕の唇にそっと重ね合わせた。
あの時の夜とは違う感覚を覚えた。
柔らかくて、温かくて、優しい葵の唇。だけど今の葵からはそれだけじゃなく、別の感情が心に染み込んでくる。
葵の、『一欠片の勇気』が。
小さな小さな一欠片だったとしても、それらをたくさん一緒に集めていけば、それはきっと大きな勇気よりも、ずっと強くて壊れないものになる気がする。
それを想いで伝えよう。
言葉ではなく、重ね合った僕の唇から。
『第20話 一人の世界』
終わり
【作者より】
いつもお読みくださりありがとうございます!
ちょっとここ数話、ずっとこんな感じだったので、少なくとも次話はコメディ調に戻そうと思います。単純に、僕がコメディ調を強めたものを書きたいだけかもしれませんが(笑)。
今後とも、『幼馴染の陽向葵はポジティブがすぎる』をよろしくお願いします!






